第120話:閑話-祝い3

「それでは、いってらっしゃいませルークエイン様」

「……あ、あぁ」


 ルークエイン様の誕生日まであと二日。今日を入れても準備期間に三日しかございません。

 ということで、本日からルークエイン様には遠出をして貰うことになりました。


「といっても、魔導転送でトロンスタの王都見学でございますけどね」

「酵母の購入で王都に向かった時には、結局城下町に行けませんでしたから、ちょうど良かったでしょう」


 そう言って騎士団隊長のシャテルドン殿がやって来た。


「おや、そうだったのですか。では今日明日、明後日は楽しまれることでしょう」

「その間にパーティーの準備をしませんとな」

「えぇ、その通りです」

「ではさっそく、何からしましょう」


 まずはルークエイン様の誕生日の事を島民に知らせて貰いましょう。

 それから会場準備です。

 木材がたんまり残っていますから、あれを使って立食用のテーブルを作らねばなりますまい。


 本来騎士の仕事はこんなことではないのですが、幸いにもここの騎士団の方々は嫌な顔ひとつせずに手伝ってくださいます。

 本当にありがたいことです。


 さて、赤いカーペットの準備でもしますかね。

 来賓が訪れた時用にと仕入れていたカーペットですが、一番初めの出番がルークエイン様の誕生日を祝う日でよかった。


 昼前まで掛かってカーペットのサイズを測り、それに合わせて裁断作業も完成。

 実際に敷くのは明日にしましょう。


『ンペェー』

「おや、あの声は」


 屋敷の玄関から角シープーの声がして見に行くと、子シープーの中で一番大きなボリス君の姿が。


「どうしました? ルークエイン様はお出掛けをしていらっしゃいませんが」

『ンペー』

「困りましたね……シアさんもルークエイン様と一緒ですし……」


 通訳してくれる方がいないと、不便ですねぇ。


『ンペペェ』

「わっ、こら。わたしは忙しいのですよ」


 ボリス君に袖を噛まれ、そのままひっぱられる。

 わたしをどこかに連れて行こうとしている?

 はて、何故でしょう。


 外に出ると、そこには少し小さな子シープーたちの姿も。


『ンッペー』

『ペェェ~』

「分かった。分かりました。一緒に行けばいいのでしょう?」

『ペ』


 そうだと言わんばかりにボリス君が頷き、ようやく袖を噛むのを止めてくれた。

 あとで洗濯をしなければ……。


 子シープーに囲まれて向かったのは森の中。


「あの、モンスターとか出ませんかね?」

『ペ』


 その返事は「大丈夫」なのかそうじゃないのか……。


『ンベェー』

『ンペェー』

「おや、ボス殿もいらしておりましたか。なら安心ですね」


 わたしの知識では、角シープーは穏やかで人に飼育されることを嫌がらないモンスターとしかありません。

 しかし角シープーは実は、強力な攻撃手段を持つモンスターであることを、この島に来て知りました。

 実際目にはしていませんが、騎士らの話では船に大穴をいとも簡単に開けると。

 実家の近くの牧場で、角シープーが飼われていましたが……わたしの記憶にある角シープーよりも、ボス殿は大きいような気がするのですよね。


「それで、わたしをどこへ連れて行こうと?」

『ベ』


 あっちだ、ボス殿はそう言っているかのように、森の奥を顎で指した。


「確かドドリアン園のあるほうでは?」

『ベェー』


 ついて来いと言わんばかりにボス殿が歩き出すので、仕方なくその後を追う。

 暫く進むとバサバサというモズラカイコの羽音が聞こえてきた。

 いくらルークエイン様が手懐けたとはいえ、相手はモンスター。さすがに少し怖いですね。


『モモモモ』

『ンベー』

『ズモモォ』


 あ、あれがモズラカイコ?

 ふわっふわした毛に覆われた体に、大きな蝶の羽。カイコなので蛾に分類されるのでしょうか?

 しかし見た目は蝶のような、華やかさがありますね。

 あれは……なかなか可愛い。

 ルークエイン様が手懐けようとされたのも納得です。


 モズラカイコたちはいつの間にか集まって来て、その数は三十匹近くになるだろうか。


『モモッ』

『ズモモッ』

『モモノモモ』


 彼らの会話が聞こえる中、一匹がボス殿の背に糸を吐き始めた。

 その糸は、木洩れ日を反射して輝いている。


「おぉ、なんと美しい糸でしょう」

『ンペッ。ンペペェー、ペペェー』

「ボリス君? すみません、シアさんがいらっしゃらないので、君の言葉は分からないのです」

『ンペェェ』


 悲しそうに鳴くボリス君。ボリス君はそのまま森を走っていってしまいました。


「悪いことをしたでしょうか……」

『ベェ』


 ボス殿の言葉も分からない。

 しかし、モズラカイコたちは入れ代わり立ち代わり、糸を吐き続けていますが……私にどうしろと?

 

 暫く糸吐きの光景を見せられていると、ボリス君が戻って来た。


『ンペーッ』

『ボク来たよぉー』

「おぉ、ゴン太君?」


 ボリス君の背中にゴン太君が。


『あのね、そのキラキラの糸ね。その糸でルークにお洋服を作ってあげて欲しいって言ってるの』

「なんと!? その為にモズラカイコたちにわざわざ?」

『ボリスがね、モズラカイコに頼んだって』

「そうだったのですか……ありがとうございます、ボリス君。ゴン太君もわざわざ通訳をしに来てくださって、ありがとうございます」


 ボス殿の上に糸を吐いているのは、汚さないためだそうで。

 この輝く糸はモズラカイコたちの中でも最高級の絹糸。丈夫で、且つ火の耐性を持つ優れモノだとか。


『ズモモモォ』

『終わりーって』

「あぁ、ありがとうございますモズラカイコたち。さっそくこの糸を錬成して貰って──では、ルークエイン様にバレてしまう……」

『ンベー。ベェベベベェー』

『ボスおじちゃんたちが使うから、布に錬成してくれって頼めばいい。だって』


 ではそのようにしますか。

 夜にでもシャテルドン殿に頼んで、ルークエイン様のところへ持って行って貰いましょうかね。


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