第286話:船長さん、超特急でお願いします

[ウォオオォォォォォォォ……ン]

[オォォォォォ……ン]


 遠くでローエンたちの遠吠えが聞こえる。

 銀狼族の仲間を呼ぶための遠吠えだ。


 木を引き抜く作業と地ならしが終わり、ローエン宅が完成した状態だ。

 明日はオルロエンさん宅の建設に取り掛かる。


「シア、あれってなんか言葉を伝えてたりするのか?」

「うん。安全に暮らせう場所があうから、みんなで里を造ろう。一緒に暮らそうって言ってうよ」

「ふぅーん。それで、呼びかけに応える声はありそう?」

「んー、もし他の銀狼族がずっと遠くにいたら、ここからじゃ聞こえないぉ」


 あぁ、そっか。

 そもそも西側に他の銀狼族がいるかも分からないし。


「だから春先になったら、山を登って東側にも声を届かせうんだってローエン言ってたぉ」

「そりゃあ銀狼族の遠吠えも、届く距離に限界あるもんなぁ」

「うん。それに山が邪魔になって、東のほうまで届かないの」


 山かぁ……。

 ローエンとオルロエンさんは、東の山を少しだけ登って遠吠えしている。

 山頂まで行こうと思ったら、狼バージョンであっても何日も掛かるそうだ。

 身重の奥さん残して、何日も家を空けてられないもんな。


 ゴン蔵やク美が遠吠え出来れば、海から空から呼びかけられ──


「あ、ゴン蔵かク美に頼めばいいんじゃないか?」

「ゴン蔵とク美に?」

「そう。誰かひとり乗せて貰ってさ、それで呼べばいいじゃん」


 ゴン蔵も今だとゴン太のことがあるから、あまり遠出したくないだろう。

 でもあいつなら半日あれば二、三カ国回るのだって難しくはない。

 ク美に頼むなら海上から呼びかければいい。

 もともと人間の暮らす港町とかにはいないだろうなら、そういう所を避けて人目に付きにくい場所で遠吠えすれば耳にする銀狼族がいるかもしれない。


「そんでさ、いつどこどこで待つってことも遠吠えで伝えるんだ。場所は海岸がいい」

「お船で迎えにいくぉね!」

「そうだ。そうすればあの険しい山を登らなくても済む。フェンぐらいの年の子はいいけど、ルエナだと厳しかったって言ってたしな」

「うん。移動してきたのが夏だったって言ってたから、なんとか登れたっていうてたね」


 今はフェンたちの仮住まいになっている船を使えば、一度に何十人と運べる。

 ク美なら一日で二往復は出来るだろうし、地上を行くよりも早い。


 よし、そうと決まったらさっそくゴン蔵とク美に頼みに行こう。






『ふむ。まぁ奥方たちが卵を見ていてくれるなら、一日ぐらい付き合ってやってもいいぞ』

『大丈夫よゴン蔵さん。ゴン太ちゃんは私たちが見てるわ』

『僕も!』

『ボリスはゴン太ちゃんを転がして遊ぼうとするからダメよ』

『ンペェー……』


 おいボリス。お友達を転がすのは止めような。


『私も大丈夫です。船の件も任せてください。その間、クラ助とケン助の面倒をお願いできれば』

「もちろんだよク美。ボリス、お前はクラ助とケン助と一緒に遊んでやるんだぞ。キャスバルもな」

『うんっ。お兄ちゃんの面倒もボクが見るッペ』


 頼もしいなキャスバルは。


『フェンくんたちも一緒に遊ぶでしゅ』

『みんなを小さい方のお船に乗せて、引っ張って遊ぶんでちゅよ』

「なんか楽しそうだな」

『じゃあルークしゃんも一緒にいくでしゅか?』


 ちょうどフェンとルエナが村に到着したようで、さっそく俺も乗船させて貰った。

 ボートには日本のロープが結わえられ、それをクラ助ケン助が握っている。

 そして後悔した。


 村から海へと出るまではよかった。遊覧船のように、ゆるやかに進んで行ったから。

 だが海に出た時だ。


「船長さん、超特急でお願いします」


 フェンがヤバそうな呪文を唱えた。


『いくでしゅよ』

『しっかり掴まるでちゅ』


 この時、俺は死んだと思った。

 船を引っ張るクラ助ケン助が突然加速し、ボートが浮いた。


 飛んでる!

 この船飛んでると!?


「ああああぁぁぁぁぁっ」

「ウークちゃんと掴まってぉー」

「あははははははははは」

「きゃーっ。もっともっとぉ」

『ンペー。ンッペー』



 止めて、もう止めてあげてっ。

 俺のHPはゼロよ!


 そういやシアの奴も、絶叫マシン系得意そうだったよな。

 ボスの背中に乗って崖を飛び降りた時も、ゴン蔵の背中でもケラケラ笑っていたし。

 銀狼族ってそういう種族なの?


「あれ? ルーク兄ちゃんどうしたの?」

「ふ、船酔いです」

「わぁ、大変。船長さん、お客様が船酔いだそうです」

『それは大変でしゅ』

『すぐお医者しゃまの所へ行くでちゅよ』


 ほんと、早く地面の上に連れて行って。


 ケン助の「すぐ」という言葉の通り、さっきよりも勢いを増したボートで浜辺へと戻って来た。

 勢い余って砂の上をズサァーっと滑っていくボート。

 そのまま村まで行くなんて、普通考えないだろ?

 だけど行くんだぜ、このまま。


 更に村の中でもボートを引っ張っていくクラーケン兄弟。

 村の人たちが和やかな雰囲気でこっち見てる。


「まぁ楽しそうですねぇ」

「新しいお友達が出来て、よかったわねぇ」

『ンッペ。もっといっぱいお友達増えるといいな』

『『ねぇー』』


 たのしく……な……い……げふっ。


「ウークおうち行く?」

「いぐ……」

「じゃあ船長さん、ウークのおうちまでお願いしまーす」

『『かしこまりましたでしゅ』でちゅ』


 もう絶対この船長が操舵する船になんか乗るもんか!


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