第192話:もふ堕ち

「地下二十階に転送できるけど、どうっすかね?」

「あ、間に合っているんでいいです」


 翌朝、ダンジョンに戻って地下二階へと降りると、そう声を掛けてくる奴らがいた。

 ちょっと露骨すぎないか?

 確かに昨日の二人組とは違うが、シアとボリスが「一階で後をついて来ていた奴の匂い」だと教えてくれる。

 もちろん、自称転送屋が近づいてくる前にそう教えてくれた。


「そ、そこをなんとか。ほら、ダンジョンに入って来る冒険者が減ってさぁ、稼ぎが少なくなって困ってんだ」

「ニ十階に下りれるような実力もないんで、いきなり二十階に放りだされても困るんだ」

「……今日食う物にも困ってる奴を助けてやろうって気はないのかよぉ」


 五月蠅いので銀貨を一枚投げてやった。


「それで何日分かの飯代になるだろ? はい、お終い。じゃあな」

「え、あ……いや……あの、マジで転送させてくんね?」

「……そこまで必死になるって、露骨だろ?」

「いや、そう言われても……俺も金貰ってるし」


 ん?

 誰かに雇われてやってるのか?


「ふぅん。誰から金を貰ってやってんだよ」

「い、いやそれは……」


 視線を逸らす男に、俺はボリスをけしかけた。


「いけっボリス! もふもふ攻撃だ!!」

『おぉー!』






「ぁっ……も……もふ……もふもふ」

『ねぇ凄い? 僕の毛、凄い?』

「しゅごい。しゅごいよ君の毛」


 転送屋の男は、ボリスのもふもふ攻撃で堕ちる寸前だ。


「それで、誰に雇われたんだ?」

「し、知らない奴……ぉ、ぉほっ」

「はぁ? 知らない奴に金を貰ったのかよ」

「貰ったっていうか、握らされて……ぁ、ここも気持ちいいなぁ」

『そこ僕の尻尾ぉ』


 知らない奴に無理やり金を握らせられ、角シープーを連れた男女二人組の冒険者を地下二十階に転移させろ。

 そう言われたようだ。

 断れば、


「ここから出られると思うなよって、そう脅されたんだよ」

「脅されたって……それこそ転移魔法で地上に出ればいいじゃん」

「地上は位置情報を記憶してないんだ。地下一階の階段からちょっと逸れた所にしかさ」


 その逸れた所──が、昨日の二人組を見かけた場所のようだ。

 つまりあいつらは彼が逃げないように見張りも兼ねていたということか。


 で、自分たちが失敗したから、この男に次の手を打たせていた──と。

 

 身元を証明する冒険者カードも見せてもらい、シアもこの男が嘘を言っているようには見えないというので解放してやる。


「うあぁぁ……ゲロっちまったぁ。もふもふに屈してしまったぁぁ」

「まぁ無事に地上に出たいんなら、俺が連れ出してやるよ」

「え? ど、どうやって? あいつら、暗殺者だぞ絶対」

「暗殺者?」

「ウーク、誰か来ぅよ」


 奴らかも?

 ひとまず男を連れて走って、ある程度距離を稼いだら転移石を使って宿に戻った。


 それから男を連れて冒険者ギルドへ。

 男がそうしてくれと頼むから。


 で、ここのギルドマスターを交えて話しを聞くことになった。


「五日ぐらい前から、妙な連中が出入りするようになってはいたんだ」

「冒険者を装って入るけど、あいつら絶対暗殺者だぜ」


 転送屋の名前はモリスンという。

 地下一階と地下二十階への転移魔法を持っており、冒険者を地下二十階に送り届けたり、または一階まで戻してやったりしている転送屋だ。

 ギルドマスターもその事実を知っている。


「四日目に、酒場で飯を食ってたら声を掛けて来た連中がいてさ。地下ニ十階に送って欲しいってよ」

「それで送ったのか?」


 ギルドマスターの質問にモリスンが頷く。


「けどね、ここは初めてだからまずは様子をみたいって。んで一度引き返して、準備整えてからまた送って欲しいって言うんですよ」

「死んじまったダンジョンで、準備も何もないだろう」

「酔ってたもんで、そこまで頭まわんなくってさぁ」

「馬鹿タレが」


 そして地下二十階に送る為に一緒にダンジョンへと行くと、そこには──


「二十人ぐらいいたんだよ」

「……多いな」

「そう。ここで俺は怪しいって思って、酒もすぐに抜けちまったよ」


 二十人に囲まれては逃げようもない。

 転移魔法を使うためには呪文の詠唱がいるし、唱え始めた瞬間に妨害されるだろう。


「短剣を突き付けられたけど、その刃の色が濁ってたんだ。ありゃー毒を染み込ませまくった濁りだ」

「毒使いってこと?」

「毒を使うのは暗殺者の十八番だ。五日前から町に来てる妙な連中をうちの者に調べさせようと追跡させたが、あっさり撒かれたのも頷ける」


 その暗殺者を派遣する組織があるという噂があるけど、知っている者はいない。


「しかし、なんでそんな奴らに命を狙われるんだ、お前ェは」

「そ、それは……」


 ギルドマスターが鋭い視線を向けてくる。


「暗殺者に目をつけられるってのはまぁ……どこぞの貴族のお坊ちゃんがお忍びで出歩いてるとかぁ?」

「貴族がお忍びで……そうか!」


 なるほど。そういうことにすればいいのか。

 いや、まさにそういうことじゃないか!


「実は俺──」


 トロンスタ王国で島の領主をしています──そう自己紹介をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る