第4話 寂しがりは脅迫したことを笑い事で済ます
「星宮くんも参加してくれて嬉しいです」
嬉しそうに口にする二条さんは驚くほどに笑顔だ。その理由は親睦会に俺が参加することにしたから、とは違うと信じたい。
「……よくそう言えるな。ほぼ、強制的に参加せざるを得なかった俺に対して」
「うっ……確かに、方法は少しズルい気もしていますが」
「少しじゃねぇ。少しも反論の余地がなかった反則技だ」
「でも、星宮くんは参加してくれました。本当に嫌なら断っても良かったはずなのに……優しいですね」
「優しくなんてない。脅迫に負けただけだ」
「ふふ、脅迫だなんて」
「いや、笑い事じゃないからな?」
ったく……本当なら今頃は家でゴロゴロしてたってのに。
俺を脅迫した張本人である二条さんは楽しそうに口を手で隠しながら笑っている。誰が見ても可愛らしいその笑顔。だが、俺には悪魔がケタケタと笑っているようにしか見えなかった。
俺が親睦会に参加するように決めた(決めさせられた)のは三日前のことだ。ひとりで席に座っていると二条さんが来た。
『親睦会、ゼミ終わりの金曜日に決まったそうです』
『あっそう』
『星宮くんはどうしますか? 予定、入りました?』
金曜日はバイトもないし予定なんてない。けど、行く気もない。俺がいてもいなくても関係ないだろうし。断ろう。
俺なんかと仲良くしたいって言ってくれた二条さんにはちょっとだけ……ほんの少しだけ申し訳ないけど。
『予定はないけど、やっぱ俺はいいよ。ああいうのに付き合っても疲れるだけだし』
『そうですか……』
『だから、二条さんは気にせず楽しんでくればいいよ』
『いえ、星宮くんが参加しないなら私も参加しません』
『は?』
この子は何を言ってんだ?
『いやいや、みんなと仲良くなりたいんだろ?』
『はい。でも、星宮くんがいないと意味がありません。だって、星宮くんも含めてみんなって意味になりますから』
じいっと淀みのない瞳で見られると何も悪いことなんてしてないのに罪悪感に襲われる。
それに、その真剣な視線から何を言っても譲らないという意思が伝わってきて、まるで早く折れないといけないように錯覚してしまう。
『どうして、そこまでして俺が参加しないとならないんだ?』
『私が星宮くんと仲良くなりたいからです。それ以外に理由なんてないです』
俺には彼女がどうしてそこまで俺にこだわるのかがまったく理解できなかった。
けど、こんなにもはっきりと、しかも二回も言われて断ろうとも思えなかった。
『分かった。参加するよ』
『本当ですかっ?』
『参加しないと二条さんも参加しないんだろ?』
『はい。じゃあ、先生に伝えておきますね。では、金曜日に』
ペコリと頭を下げてどこかへ行ってしまった二条さん。上げた顔には笑みが浮かんでいるように見えたのは気のせいだろう。きっと、そうだ――。
正直、参加すると決めたのは俺だ。でも、二条さんがいなければ、絶対ここにいない。だから、彼女のせいにしたい。少しでも、俺が変わったと思いたくないから。
「言っとくけど、俺は別に仲良くなりたいとかは思ってないからな。晩ご飯を食べにきただけ。それだけだ」
「はい。星宮くんがいてくれるだけで私嬉しいです。……あ、ち、違いますよ? 星宮くんがいてくれて嬉しいってのは言葉のあやで。いえ、星宮くんがいてくれて嬉しいんですけど……みんなと仲良くなれるかもしれないのが嬉しいってだけで……その、とにかくありがとうございます!」
てんやわんやになりながら早口で言う二条さんの言葉は半分以上聞き取れなかった。だが、最後の部分だけはよく聞こえた。
「別に、俺は晩ご飯食べにきただけだから礼言われる筋合いなんてない」
「ふふ、そうですね」
二条さんは俺が照れているのを見透かしているかのように優しく微笑む。俺はこれ以上見透かされたくなくて逃げるようにそっぽを向いた。
「なに、笑ってんだよ」
「なんでもありませんよ」
と、クスクス笑い続ける二条さん。
そんな彼女の姿を少しだけ気づかれないように盗み見ていた。
親睦会にて二度目の自己紹介が行われていた。初めは言い出しっぺから始まり、名前と年齢、趣味程度を発表する流れとなっている。
「二条真理音です。十九です」
へぇ、まだ誕生日迎えてないんだ。まぁ、まだ五月入って間もない頃だし二十歳の方が少ないか。
「趣味はこれといって特にありませんが料理することが好きです。よろしくお願いします」
拍手が終わり、次は隣に座る俺の番となった。はぁ、嫌だなぁ。自己紹介、苦手なんだよ。
「星宮真人。二十歳。趣味は――」
何て言おう……カップルがイチャイチャしてる姿を観察するのが好き、ってのは流石にアウトだし。だからって、小説書いてることも言いたくないし。ここは、無難に……って、二条さん聞き入りすぎじゃないか?
「読書とかゲーム。あとは、甘いもの巡り。よろしく」
口を閉じるとまばらな拍手が起こった。左隣からは一番大きな音が聞こえてくる。二条さんだ。二条さんがまるではじめてのおつかいを完遂した子供を褒めるような勢いで早く大きく手を叩いていた。
いったい、俺のこと何歳だと思ってるんだか。
呆れた様子で思ってると二条さんと目が合った。ふんわりとした笑みを向けられ、よく出来ましたねとでも言われているみたいだ。
俺の方が今んところ年上ってこと分かってんのか?
言いたいことはある。けど、その笑みを向けられて悪い気はしなかった。
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