第38話 寂しがりは危険な大冒険に一歩踏み出し惨敗する
「着きました。ここです」
「あー、先ずはお疲れさん」
真理音の案内により、店に到着した。
……のだが。
「でだ。ここ、居酒屋じゃなくてどう見ても串カツ屋なんだけど?」
「そうですね」
すましたまま答える真理音。
えーっと、真理音は居酒屋と串カツ屋も分からないようなお馬鹿さんだったのだろうか。いや、そんなことはない。きっと、真理音なりのジョークだ。この後にちゃんと居酒屋に連れていってくれるはず。
「情報を見ているとここが美味しいと書いてありました。お酒もあるらしいので」
「真理音がいいんならいいんだけどさ、初めての居酒屋って豚貴族とか七剣伝辺りだと思うわけよ」
「豚貴族? 七剣伝?」
あ、これは、完全に知らない顔だわ。真理音って家族で外食とかしないのかな。道歩いてたら結構見かけると思うんだけど。
「ま、俺はここでいいから入るか。腹減ったし」
「そうですね」
串カツの香ばしい匂いが充満している店内は決して広くはないが、客で賑わっていた。それだけで、評価は高いことが分かった。
たまたま空いていた二人席に通され座る。
こういう雰囲気が珍しいのか真理音はきょろきょろと首を動かしながら興味深そうに見渡していた。
そんな姿が可愛く可笑しく、気づかれないように小さく笑った。
「うーん、どれがいいんでしょう?」
「無難に果物のチューハイがいいと思うぞ。比較的、初心者でも飲みやすい」
「そうなんですね。でも、子どもっぽくないですか?」
「そんなん気にしてたらきりないからな。俺だってそれ以外はあんま飲めないし」
「悩みます」
「冒険するなら止めないけど」
メニュー表を見ながら唸る真理音をよそに俺は店内を見渡していた。客のほとんどが美味しそうに串カツを頬張っている。その顔はとても幸せそうで見ているだけで胃が疼く。早く、摂取しろと急かしてくる。
「決めました。ビールにします」
「お、おお……大冒険だな。じゃ、俺は巨峰のチューハイにしよ」
注文を済ませ、しばらく待つ。
「真人くんはどうしてバイトを始めようと思ったんですか?」
「なんだよ、急に」
「気になりまして。やっぱり、小説のためにですか?」
「そうだな~、特に理由はないけど将来のための経験としてかな。本屋に決めたのはおまけとして本を安く買えるから」
「真人くんらしいですね」
「そういう真理音はどうなんだ?」
「私は真人くんに雇ってもらっていますので」
「今までは?」
「したことないです。ちょっと、色々ありますので……」
ぎこちない笑みを浮かべる真理音。それは、いつも笑っている真理音がたまに見せる別の顔のやつだった。
「なんか、悪い……」
暗くなった空気を吹き飛ばすかのように店員のおねえさんが注文したものを運んできてくれた。
ありがとう、とおねえさんに感謝して空気を変えるようにコップを持つ。
「とりあえず、乾杯しとくか。真理音のお酒デビューってことで」
コップを真理音の方に差し出すと真理音もコップを持って小さく当ててきた。
「乾杯」
「乾杯です」
チューハイを喉に通しながらビールを飲もうとする真理音のことを見る。意を決したように、ぐびっとビールを含んだかと思うと苦虫を潰したように舌を出した。
「ううぅ……苦いです」
こうなることはなんとなく予想してたけど、真理音ってやっぱり裏切らないな。だから、一緒にいて楽しいんだけど。
「だから、言っただろ」
「ううぅ……真人くんの言うことを信じれば良かったです」
「はぁ……しょうがないな。ん」
「その手はなんですか?」
「交換だよ交換」
「わ、悪いです。頑張って飲みきります」
「いいから、ほら。真理音はこっち飲んでろ」
少々、無理にビールを奪って一気に飲み干す。
うっ、真理音ほどじゃないけどビールはやっぱり苦手だ。まだ、これを美味しいとは思えない。いつか、美味しいと思える日が俺にもくるんだろうか。
「ん、どうした?」
気づけば真理音がぼーっとしたままこちらを見ていた。
「な、なんでも、ありません! あつっ!」
急いで訂正して、串カツを口に入れようとする真理音。だが、思ってた以上に熱かったのだろう。涙目になりながらふーふーと息を吹いていた。それから、小さな口で小さく串カツを咀嚼する。
「美味しいです……」
「そこに、アルコールも追加すると美味しさ膨れ上がるぞ」
軽くオススメしただけのつもりだったが真理音はびくっとさせてこちらを向いてきた。そんなに、変なこと言っただろうか?
そんな真理音を見ていると「ちょ、挑戦します」と言ってコップに口をつけていた。
「お、美味しいですね。これなら、私も沢山飲めそうです」
早速、アルコールが回ってきているのかその頬は少し赤みを帯びていて、色っぽい。
「あんまり飲むと酔うかもだからほどほどにな」
しかし、忠告したにも関わらず真理音は次から次へと味を代えてチューハイを注文しては飲み干し続けた。まるで、何かを忘れたいかのように飲み続ける。
そんな、真理音はすっかり出来上がっていた。顔を赤くして、呂律ははっきりとしていない。
「まなとくんはずるいです。さりげないやさしさがかっこいいんです」
うん、なんで褒められてるのに頭を叩かれてるんだろう。しかも、褒め方が意味分からないし。真理音って悪酔いするタイプだったんだな。
「真理音。早く座らないと邪魔だぞ」
一番端の席だからそんなに邪魔にはなってないだろうけど、周りからの微笑ましい視線が凄い。
「ん~~、まなとくんがそういうのでそうします」
ほっ。良かった。酔ってても素直で。この間に水でも貰っとこう。
「すいませ――」
声をかけようとして、真理音がいきなり座ってきた。親が赤ちゃんを膝の上に乗せるような感じで座ってきたのだ。
真理音の頭が超目の前にきて、さらさらふわふわが顔に触れる。
「ま、真理音。何、して」
「すーすー。すーすー」
身体のあちこちに柔らかいのが触れて不味い。だからといって、寝ている真理音をひっぺがえすことも出来ない。したら多分、大泣きする。
「どーすんだよ、これ……」
そこへ、呼びかけたおねえさんが来てくれた。
「はーい、どうし……ました?」
おねえさんも苦笑いを浮かべている。
そりゃ、そうだろう。端から見れば、店内でイチャイチャしているだけの迷惑な客だろう。本当に申し訳ない。
「お会計、いいですか?」
ここにいるのも居たたまれなくなったため、出ることを決めた。
この後、どうやって連れて帰ろう……。
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