第39話 悪酔いした寂しがりはいつも以上にグイグイくる
「真理音。真理音」
店を出て真理音に呼びかけるも返事は「ん~ん~」しかなく、無理に起こせば機嫌が悪くなるんじゃないかと思えた。
どこかで真理音が起きるまで時間を潰せればいいけど……そうなると朝帰りコース確定だし、もしマンションの誰かに見られでもしたら変な噂を立てられかねない。
「よっと」
うん、思ってた以上に軽い。これなら、なんとかおんぶしたままで帰れる。
真理音を背にしょって歩き出した。
……しかし、あれだな。太ることを気にしてたようだけどそんなこと絶対にないな。見た目だけでも、予想してた通り軽るすぎる。実際に背負うことでそれを余計に感じる。
でも、女の子だし色々あるんだろう。スタイル維持とか一度ついた脂肪を落とすことが難しいって話はよく聞く話だし。
「ん~まなとくん……?」
「気づいたか」
「えへへ~まなとくんのにおいだぁ~」
どうやら、真理音は酔うと口調も変わるらしい。新鮮味があっていいが、より子どもっぽさが増した気がする。
「すき~」
すると、真理音は頭に顔を埋めるような形ですりすりとすり寄ってきた。しかも、首にしっかりと腕を回してより密着状態。背中に真理音の全然子どもっぽくない柔らかい部分がぎゅうぎゅうと押しつけられる。
「ま、真理音。背中にその……当たってるんだが」
「あー、まなとくんのえっちだー」
とか、言いつつよく分かっていないのかもっと押しつけてくる。
これはあかんやつ。これはあかんやつ。これはあかんやつ。
思ってた以上に大きい。柔らかい。気持ちいい。ありがとうございます! ……じゃなくてだな! 考えないようにしないと真理音のことを変な目で見てしまうことになる。こういう時はなんだっけ……そうだ、素数を数えればいいんだ。
……素数ってなんだっけ? ダメだ。心臓の音がうるさすぎてまともに考え事が出来ない。
俺が苦悩しているのをまるで気にすることなく、真理音はもう一度眠りについていた。
「着いたぞ、真理音」
理性を振り絞って無事に帰ってくることが出来た。
「ん~、ありがとうございます」
背中から下ろされた真理音はおぼつかない足取りでフラフラしながら鍵を取り出す。
「きょうはありがとうございましたぁ!」
無駄に元気な声で壁に向かって頭を下げる。ほんとに大丈夫かと心配になるくらいにいつもの真理音はいなかった。
「あれ~、まなとくんなんだかかたいです。えいえい!」
「おーい、俺はこっちだぞ」
ペシペシと壁を叩く真理音。
どれだけ見ていても飽きる気はしないが、いつまでも放置しておく訳にもいかない。
「ほら、鍵開けて。中に入って」
玄関に真理音を入れて別れを告げる。一言、お小言を添えて。
「鍵をかけたらすぐに寝にいくんだぞ」
「はぁーい」
「ほんとに分かってんのかよ……じゃあ、俺は帰るからな」
「おやすみなさぁーい」
元気に返事はしていたけど、一応様子を見ておこう。
という訳で、すぐ近くで真理音の様子を伺っていたのだが。
「嘘だろ……人って酔うとここまで馬鹿になるのか?」
真理音は扉を閉めることも、もちろん鍵をかけることもなくその場に立ち尽くしたままぼーっとしていた。当てもなく、宙を見ている姿は軽く恐怖すら覚える。
「真理音。話し聞いて――」
俺がひょこっと顔を見せるとパアッ輝きながら名を呼んで手を掴んでくる。
「まなとくんまなとくん。いっしょにいて。ひとりにしないで。さびしい!」
「えー……それは、不味いだろ。色々と」
「おねがい……さびしいよ……」
まるで、フラれたばかりの女の人のように甘ったるい声で訴えかけてくる。これ、ほっといたら何しでかすか分からないよな。それに、俺以外の誰か危ない人にやる可能性もあるわけだし……。
「なら、まだ、俺の方がましか。俺なら耐えられる。さっきだって耐えたんだ。大丈夫大丈夫。変な気は起こさない」
「ぶつぶついってないであいてして~」
腕を引っ張られ、俺は可愛い妹のことを思い出す。
妹は今年七歳になる。つまり、真理音も七歳という訳で……ランドセル背負わせて、写真に残しておくといいからかい武器になっただろう。
「ん~まなとくん~!」
さて、そろそろ相手してあげよう。ずっと、ぐいぐい引っ張ってくるし相手してあげないと可哀想だ。
「はいはい、真理音ちゃん」
「わーい。あ、はい、はいっかいだよ!」
そこは、ちゃんとしてるのね。呆れながらしっかり施錠し、真理音をベッドまで連れていく。
そして、真理音を横にさせると催眠術でもかけるように暗示をかける。
「目を閉じて、ひつじが一匹ひつじが二匹と数えるんだ」
「ひつじがいっぴき。ひつじがにひき」
素直に言うことをきく真理音。今なら、何を言っても答えてくれるんじゃないかと考えた俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。
「なぁ、真理音。真理音はどうして俺と仲良くなりたいって思ってくれたんだ?」
俺はひとりが好きで真理音は男が苦手。なのに、真理音はどうしてか俺は苦手ではないらしく、しかも仲良くなりたいと思ってくれている。
今は、その気持ちがありがたいことだとは思える。でも、そう思ってくれていることが不思議だ。俺は真理音に特別何かをしてやれている訳じゃない。ひとりが寂しくて一緒にいてほしいと言われるからいるだけ。それ以外には何もしてやれることがない。
だからこそ、真理音のことが気になる。
「って、寝てんのかーい……」
いつの間にか気持ち良さそうに寝ていた真理音。何度呼んでも起きる気配がない。無理に起こすのもこの幸せそうな寝顔を見れば気が引ける。
「ま、いいか。いつか、聞ける時がくればその時にでも聞けば。……それよりも、ほんと無防備というか危機感がないというか。俺のこと、過大評価し過ぎだろ」
今なら、真理音に何をしてもいい。誘ってきたのも真理音。寝てしまったのも真理音。責任は真理音の方にある。
けど、それは、真理音との関係を引き裂くことになる。
出会った頃なら、それで良かった。
でも、今は――
「嫌だ……って、思っちまうんだよな」
だから、手を出さない。どれだけ魅力的で誘惑しているように見えても修行僧のごとき精神で――
「んんっ……」
ダメだ。艶かしい声にどこかへ誘われそうになる。
ここにいない方がいいと思い静かに離れようとするといつの間にか真理音に掴まれていたことに気づいた。寝ているはずなのに、しっかりと掴んでいる。
そして――
「お母さん……」
と、消えいりそうな声で呟いた。
「耐えた……耐えたぞ。俺は耐えたんだ。よくやった」
外から小鳥のさえずりが聞こえてくる中、邪な気持ちに耐えきった自分を褒めていた。
「んん……あれ、真人くん……?」
「おはよう、真理音」
「おはよう、ございます……私、また寝ぼけているんでしょうか?」
「いや、寝ぼけてないぞ。昨日のこと、覚えてないか?」
「昨日……は、そうです。昨日は真人くんと串カツ屋さんに行ってお酒を飲んで……あれ、それからどうしたんでしたっけ?」
「覚えてないならいい」
「私、何か迷惑をかけてしまいましたか?」
「大丈夫だから心配するな」
多分、教えたら恥ずかしさで居たたまれなくなるだろう。迷惑では、なかった。燃え尽きかけたけど、迷惑ではなかった。これも、普段の恩返しのひとつと考えたらだけど。
「あれ、真人くんの頬っぺた……赤く腫れています」
「あー、自分との葛藤に勝った証だ」
「よく分かりませんが痛そうです」
「……だからって、さすってくれる必要ないんだが」
当たり前のように手を伸ばし、頬に触れてくる。
俺はものすごく我慢したってのに……。
「痛いの痛いのとんでいけ、ですよ」
「俺は幼稚園児か」
ツッコミを入れたがニコッと微笑む真理音の顔を見ていたら大抵の痛みはとんでいきそうだなと思った。
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