第40話 強がりの隣に座るのは寂しがりと決まっている

 真理音の意外な(悪酔いするとああなること)一面を知り、関係が変わったかといえば、まったくもってそうではない。日々、これまでと変わらずの関係が平穏に流れている。


 しかし、現在進行で真理音は隣にいない。今日は一緒に講義を受ける日だが、真理音は後からやってくるのだ。

 そのため、俺はいつもの席を陣取りひとりでのんびりとしていた。


 夏ってのはどうしてこう暑いんだろう。


 冷房によりガンガンに冷えた教室。にもかかわらず、人口密度のせいで蒸し暑い。常にサウナ状態みたいだ。


 落ちてくる汗を拭いつつ、ふうと息を吐く。

 早く、夏休みにならないかな。

 と、そんなことを考えていると。


「やほー、星宮くん。こんちは!」


 一瞬、誰に声をかけられたのか分からなかった。普段、声をかけてくるのは八割方真理音で残りの二割は斑目と翔で一割ずつである。だからこそ、声をかけてきた相手――同じゼミのスイーツ話を一緒にしていた女の子だと気づけなかった。


「どうも、衛藤えとうさん」


 軽く会釈して答える。

 ふっふっふ。俺は成長した。この二ヶ月の間で衛藤さんの名前を覚えた。名字だけだがいい成長ぶりだろう。なお、他の人のことはあまり覚えていないことには口を出さないでほしい。


「ねね、隣いい?」


「……なんで?」


「そう嫌な顔しないでよ。実はさ、今日友達サボるらしくてひとりなんだ。だから、一緒に受けてほしいなって思って。ひとりだと寂しいでしょ?」


 ……あー、この子もこの口か。もう、慣れた。はいはい、みんなひとりは寂しいのね。うん、よく分かったよ。俺以外はみんなそう思ってるってことが。


「失礼しまーす」


「あ、ちょっ……」


 断る前に座られてしまった。そこは、真理音の席なんだ。真理音が座る場所がなくなってひとりで受けることになったら悲しませてしまうんだ。だから、ごめん。退いてくれるかな?

 ……って、言ったら退いてはくれるだろうけど、確実に変な誤解を与えてしまう。付き合ってるの? とか、言われて真理音と本当に付き合うようなことになれば、多分今まで通りじゃいられなくなる。

 だから、勘違いされないように退いてもらわないといけない。


「ねぇねぇ、最近何か美味しいスイーツ食べた?」


 この子、本当にスイーツ好きだな。ゼミで話しかけてくる時も大概スイーツの話だし。俺は砂糖ドバーって口から吐いてしまうような甘いものが好きであってスイーツはそこまでなんだよ。


「食べてない」


「私ねーこの前、友達とタピオカ飲みに行ったんだー。美味しかったよー」


 そして、相変わらず会話が成立しない。悪気はないんだろうけど、もうちょい会話のキャッチボールを意識しようよ。


「あー、タピオカねタピオカ。タピオカ、好きだよね女の子って」


「うん、そうなんだよ。列に並んで買ったんだけどね、女の子ばかりだったんだ。仲にはカップルの姿もあったけど」


「へぇー」


「ああいうの見ると彼氏欲しくなっちゃうよねー」


「ふーん」


 適当に返事していると真理音が近くにまで来た。そして、想定していた通り、驚いたような表情をして固まった。


「二条さん、どうしたの?」


 何も知らない衛藤さんが訪ねる。

 対して、真理音はちゃんと頭が回っていないようで小声で「い、いえ」と口にしている。


「え、急につめてきてどうしたの?」


 俺は衛藤さんとの間に空いていた席に移動した。


「ん、一緒に受ける約束してたから。座るだろ?」


 真理音に確認するように言うと恥ずかしいのを抑えるように小さく頷き、後ろを回って隣にすとんと座った。


「へー、星宮くんと二条さんって仲良いんだね」


「……友達、だからな」


「ふぅーん、そっかー」


「そのにやにや顔はやめてくれ。そういうんじゃない」


「あはは。二条さん、今日はごめんね? 次からは違う友達の所いくから今日は許してね」


「べ、別に衛藤さんがどこに座ろうと衛藤さんの自由ですし私にどうこう言える権利はありませんし……」


「ふーん。なら、これからもひとりの時は星宮くんの隣、座っちゃおうかなー」


「そ、それは……」


「ん? いいんだよね?」


「……それは、困ります。嫌です」


 真理音って俺以外にだとほんと弱いな。衛藤さんの手のひらの上をころころ転がされてるじゃないか。

 つーか、俺を挟んで勝手に決めるの止めてくれる? 端から見れば二股かけてる男みたいじゃないか。二股なんて最低な行為、大っ嫌いなんだ。


「あはは。冗談だよ冗談。だから、安心していいよ」


 なんでだろう……告ってもないのにフラれた気分だ。


 頬を赤く染めて俯く真理音。方や、楽しそうにあははと笑う衛藤さん。美女二人に囲まれて俺はハーレム状態。


 こんなの、ラブコメの主人公にでもなったかのように思っちゃうじゃないか。



 講義中、どういう訳かずっと真理音に服を掴まれていた。いや、ずっとじゃないな。真理音は右利き。だから、物を書く時以外が正確にはだ。

 誰にも見られないように小さく掴んでくる。


 そういえば、親睦会の時もこんなことあったなぁ。あの時は俺の気のせいだって押しきられたけど、今日は気のせいじゃないよな。何度も何度も掴んでくるし。


 ふと、真理音のことを見ると目が合った。

 その瞬間、あわただしく真理音は目をあっちへやったりこっちへやったりと泳がせる。そんな姿を苦笑を浮かべながら見ていると真理音が消ゴムを落とした。どうも、わざと落としたように見えたのは気のせいだろうか。


 俺の方に転がってきた消ゴムを拾うために屈む。同じように真理音も屈んでいて机の下で目が合った。


 くすりと微笑みかけてくる真理音。

 そして――


「ありがとう……ございます」


 と、耳元で誰にも聞こえないように囁いた。

 俺は思わず立ち上がろうとしてしまいおもいきり机に頭をぶつけてしまった。イテェ。


「すごい音したけど大丈夫……って、どうしたの?」


「消ゴム、落としたらしくて」


「消ゴム……あ、あったよ。はい」


 衛藤さんの近くまで転がっていた消ゴムを渡してもらう。


「ありがとう」


「どういたしまして。あれ、星宮くん。耳、真っ赤だけどどうしたの? あ、机に頭ぶつけたから恥ずかしいんだね」


 全然、違うが勘違いしてくれているようなのでそっとしておく。


 隣で真理音は口元を隠しながらクスクス笑っていた。

 ったくに誰のせいだと思ってんだか。

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