第37話 寂しがりはサシ飲みしたいお年頃

「真人くん、居酒屋行きたいです」


 唐突に。なんの前触れもなく、真理音が言い出した。


 土曜日の昼下がり、そろそろクーラーが本格的に活躍しようとしているなかでのことだった。


「行けばいいじゃん」


「真人くんはついてきてくれないんですか?」


「昨日も言ったけど、今日バイト。行くなら、斑目でも誘ってくれ。晩飯はどうにかするから」


「九々瑠ちゃん、まだ十九歳です。私のせいで九々瑠ちゃんを犯罪者には出来ません」


「あー、店によっちゃうるさいからな」


「はい」


「てか、なんで急に居酒屋?」


「お酒、挑戦してみようと思いまして」


「そっか。もう、二十歳だもんな」


「そうですよ。今なら、真人くんとさしのみ?というのが出来るそうなので」


 今なら、というよりこれから、が正解なんだけどそこはまだ知らないのな。


 しかし、サシ飲みか。俺もしたことないんだよな。だいたい、そういうのしにいく友達なんていないし。


『おい、言ってくれたら俺が付き合うのに!』


 なんか、翔の声が聞こえたような気がしたけど気のせいだろう。と、関係ないやつはほっといて、サシ飲み……ちょっとだけ、興味ある。折角、二十歳になったのに今まで大抵はお酒買ってきて家で飲むしかなかったし、やってみたい。


「じゃあ、行くか?」


「はい」


「バイト終われば連絡するから待ち合わせは店でいいか?」


「いえ、一緒に行きたいのでお隣のカフェで待っています」


「了解。店はどうする? って、言っても俺も聞いたことあるような有名な店しか知らないけど」


「私が調べていてもいいですか?」


「いいよ」


「では、真人くんを待っている間に調べておきますね」


「あいよ。あと、学生証忘れるなよ」


「どうしてですか?」


 不思議そうに首を傾げる真理音。

 気づいていないのだろう。自分が周りから二十歳に見られていないということに。まぁ、見られていない、というよりは見えないという方が正しいだろうけど。


 子どもっぽく見えると大人っぽく見えるとではどっちの方が傷つかないんだろう。


「店でややこしくならないためにだよ」


「そうですか」


 素直に納得してくれて良かった。どっちを言っても「私、真人くんと同い年ですから!」とか意味分からんこと言われそうだし。


 そういう訳で今日は真理音とサシ飲みをすることになった。



 真理音と予定があると思うと自然とバイトも頑張れた。店長からは「いつもより気合い入ってるね」と言われたが適当にあしらっておいた。


 バイトを終え、真理音と合流しようと店を出て足が止まった。思わず、時が止まったんじゃないかと勘違いするほどフリーズしてしまう。


 ったく、カフェで待ってるんじゃなかったのかよ……。


 夜の街を照らす明かりの下、昼間とは違い少しおしゃれした真理音が小さなカバンを両手で持ちながら立っていた。


 それは、さながら天から女神様でも降臨したかのような演出で思わず見惚れてしまったのだ。


「あ、真人くん!」


 そんな俺に気づいた真理音が微笑みながら駆けてくる。


「お疲れ様です」


 無邪気な笑顔を浮かべる真理音。

 デートとかそういうのじゃないのに変な思い込みをしてしまう。


「カフェで待ってるんじゃなかったのか?」


「待っていましたよ。でも、なんだかそろそろ真人くんが出てきそうな予感がしたので外で待っていたんです」


 楽しそうに笑いながら真理音は「真人くんレーダー、予感的中ですね」と付け加えた。


「真人くんレーダーってなんだよ。怖いわ」


「ふふ。私の頭の中にあるんですよ。真人くんが近くにいるとピコンピコンって反応してくれるんです」


「あー、だから、ちょっとだけてっぺんの髪の毛はねてるのか」


「え、は、はねてますか?」


「うん。綺麗に直立してる」


 手で確認する真理音。気づいてなかったくせによくもまぁレーダーなんて言えたものだ。


「わわわわ。ほんとです。あの、真人くん。整えてくれますか?」


「なんで!?」


「自分だとよく分かりません」


「嘘だろ? 鏡でも見れば分かるだろ」


「真人くんに反応してこうなったんだから責任は真人くんにあると思います」


「なんて、理不尽な……」


「お願いします」


 会釈をする形で頭を向けてくる。


「上手くなんて出来ないぞ……」


 一応、ぐちゃぐちゃになった時のための保険をかけてはねてる部分に触れた。そのまま、頭皮を傷つけないよう気をつけながら流していく。

 真理音の髪はいつ触ってもサラサラで心地が良い。


「ほら、終わったぞ」


「ありがとうございます。完璧ですね」


「そうか? 全然、そうは思えないけど」


「大丈夫です。真人くんがしてくれたんですしこれでいいです」


「そうですか。で、店は調べたのか?」


「はい。案内します」


 真理音はスマホの地図を頼りに案内する。ながらスマホは危ないのでしっかりと真理音に危険が及ばないよう周囲を見張る。


「きょろきょろしてどうしたんですか?」


「危ないものがないか見てる。真理音が事故ったりしないように。あと、この前みたいにはぐれたりしないようにな」


「うっ……その節は本当に迷惑をかけました」


 謝りながらそっと袖を掴んでくる。


「えっと、なんだ?」


「真人くんとはぐれないようにです。こうしていると安心ですから」


「ま、そうだな」


 これだと、まるで、俺がすぐに迷子になってしまう子どもみたいじゃないか。けど、真理音はスマホを見ては前を向き、また道確認するを繰り返しててそんなつもりなさそうだしまぁいいか。はぐれるよりはましだ。


 俺は真理音の歩幅に合わせ、少しだけ近くに寄った。肩と肩が触れそうになる度少しだけ意識しながら歩き続けた。

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