第36話 うさぎが寂しくなって死ぬのは嘘だが寂しがりは本当らしい

 合コンが終わるとすぐに直帰した。

 スマホを確認すると真理音から無視しないでください、というメッセージとうさぎが貧弱そうにぴくぴくしているスタンプがこれでもかというほど送られてきていた。


 真理音に会わないといけないという口実を理由に彼女の家のチャイムを鳴らす。


「はい……」


 と、弱々しい返事が届く。


「俺、星宮だけど。言われた通り来たぞ」


 真理音が呼び出したから。真理音が話があるといったから。

 だから、真理音に会いに来た。

 けど、本当は一目でも真理音の姿を見たかった。俺も会いたいと思っていた。


 どうしてか、合コン中ずっとそんなことばかり頭に浮かんでいたのだ。


 扉が開き、真理音が出てくる。頬はぷくっと膨らませているがどこか弱々しく見えるようにうなだれている。まるで、元の真理音に戻ったかのような。


「何を笑っているんですか?」


「いや、すごく不機嫌そうだなと思って」


 少しほっとした。真理音に会えて心の中にあったモヤッとしたものが抜けていく気がした。


「分かっているなら中にどうぞ。お説教です」


「説教されることしてないと思うんだけどなぁ」


「うるさいです。さっさとどうぞ」


 口ではこう言いつつもちゃんと迎え入れてくれるんだよなぁ。扉、完全オープンだし。本当に怒ってるのか、それとも演技して俺に罪悪感を埋めつけたいのか謎だ。


 中に入ると真理音から正座してください、と言われたので正座する。対面する形で真理音が腕を組んで仁王立ちしていた。迫力はびっくりするほどに皆無。


「どうして正座させられているか分かりますか?」


「そりゃ、真理音が怒ってるか拗ねてるかいじけてるか、だからだろ?」


「正解です。では、どうして私がそうなっているのだと思いますか?」


「ひとりでご飯を食べてって言ったから?」


「違います」


「食材が無駄になったから?」


「違います」


「合コンに行ったから、か……?」


「……違います」


 うん、どうやらこれらしい。


「悪かった。いや、悪いであってるのか分からんけど合コンに行って悪かった」


「べ、別に真人くんが合コンに行こうと私には関係ないですし。怒ってないですし。謝られても困りますし」


「そんなに頬っぺた膨らませといて何言ってんだよ」


 そっぽを向きながらむむむとかも言ってるくせに怒ってないと。無視されたって怒ってた時もそんな感じだったし確定だな、これ。


「違います。私は寂しかったんです。今日も真人くんとご飯を食べれると思っていたのに急にひとりになったから寂しかったんです」


「それに関しては悪いと思ってるよ」


「うさぎって寂しくなると死んでしまうんですよ。知ってますか?」


「真理音の方こそ知ってるか? それ、嘘だってこと」


「そ、それくらい寂しかったってことです。私はそうなってしまうってことです。私が死んでしまうと真人くんも困りますよね」


「まあ、困るな」


「ですよね。そうですよね。なら、真人くんがすることはひとつです。真人くんは私が寂しくならないように気をつけてくださればいいんです!」


 近っ。めっちゃ、近い。俺の背中どうなってるか見て……ないな。反ってる。エビみたいに反ってて痛いんだ。気づいてくれ。


「聞いてますか?」


「聞いてるよ。てか、今日はいつも以上にグイグイくるな」


「宣言しましたから。真人くんの中を私でいっぱいにするって」


「そうですか……」


「それで、返事はないんですか? ちゃんと、聞きたいです。真人くんの口から言ってほしいです」


 それを、言ってしまえばこれまで以上に真理音との関係を意識するようになってしまうんじゃないか。このままの関係が変わる時がきてしまうんじゃないか。

 不安だ。変わって、琴夏の時のようになるんじゃないかと思うと怖くなる。でも、真理音は何故か俺にしかこんな風に接することが出来ないらしい。


 なら、そう簡単には裏切られたりしない……よな。


「分かった。約束するよ。これからは、極力真理音が寂しくならないようにする。これでいいか?」


 真理音を見ると崩壊するレベルで笑顔を浮かべていた。それはもう、思わず見ているこっちの方が驚くくらいに。


「満足しました。大満足です。胸がいっぱいです」


「そうか」


 ま、何かとんでもない約束をしてしまった気がするけど、合コンから話も逸らすことも出来たしよかったよかった。そろそろ、足も痺れてきたし楽に座って――


「――それで、合コンは楽しかったんですか?」


 ――ええっ。まだ、振り返すのかよ。流石に、足が限界だ。しかも、やっぱり、怒ってるし。


 とびっきりの笑顔から背筋が凍るかのような笑顔に変わり、その笑顔を見た瞬間に自然と背筋がぴんと伸びた。


「実はさ、偶然元カノもいて楽しむ余裕なんてなかったよ」


 真理音の機嫌を損なわないように笑いながら話す。

 すると、ぽんと頭に手を乗せられた。

 そして、小さい子をあやすように優しく撫でられる。


「何、してるんだ?」


「あ、すいません。その、真人くんが無理に笑っているように見えましたので……」


 そう言いながら撫で続ける真理音。

 こういうのはもう随分と前に卒業出来ていたと思っていたのに……気持ちいいと感じてしまう。


「だからって、なんで頭なでなでなんだよ……」


「真人くんが私を撫でてくれた時、安心して元気がでたので」


「あっそ……」


「真人くん。無理に強がったりしないでいいと思いますよ。悲しかったり苦しかったりしたら吐き出してください。私が聞きますので」


「……悲しいとか苦しいとかじゃなくて、よく分からないんだ。俺にとっては初カノでほんとに好きだった。だから、別れてからも忘れられない。でも、相手はそうじゃないみたいでさ。別れた後も普通に付き合ったりしてたらしいんだ」


 どうして別れたのかは言いたくない。

 今日はもう、思い出しただけで疲れた。


「別れたから自由にすればいいんだけどさ……なんていうか、言葉では表せない気持ちで。女々しいな、俺……」


「私には交際経験なんてありませんのでなんて言えばいいのか分かりません。でも、真人くんの気持ちは……なんとなく分かるような気がします」


「何が分かるんだよ……真理音には分からないだろ」


「分かりますよ。どれだけ相手を想っていても振り向いてもらえない気持ちなら」


 悲しそうに、それでいて美しく微笑みかけてくる。

 そして、俺の手を力強く握った。


「真人くんは女々しくなんてありません。私からしたらそれだけ想ってもらえる元カノさんが羨ましいです」


「キモく、ないか……?」


「まったく、これっぽっちも。だから、元気出してください」


「なんか、真理音ってほんと凄いな」


「どうしてです?」


「無理して笑ってるのなんて元カノでも気づかなかった。あの日もそうだけどさ、よく見てるよ、俺のこと」


「ふふ。真人くんを観察するの楽しくて好きですから。それに、案外真人くんって分かりやすいですし」


「そうか?」


「はい」


 そんなに俺って分かりやすいのか? いや、でも、真理音ほど分かりやすい子が言うんだし俺も相当な分かりやすいタイプなのだろう。


「あまり、他人のことを悪くは言いたくないですけど、真人くんの変化に気づかないなんて元カノさん見る目がないと思います」


「アイツ、基本的にのほほんと生きてるからな」


「あ、そうです。もうひとつ、聞くことがありました」


「なんだ?」


「他の女の子とは仲良くなれたんですか? 合コンに行ったってことは女の子の友達が欲しかったということでしょうし、気になります」


「あー、いや、これっぽっちも仲良くなんてなってない。だいたい、人数合わせのためだけに連れて行かれたようなもんだし連絡先の交換もしてないよ。今頃、二次会参加メンバーは仲良くやってるんだろうけど」


「二次会、行かなかったんですか?」


「うん」


「どうしてですか?」


「どうしてって……あそこにいるより真理音とご飯食べてる方が楽しいから」


 正確には、真理音に会いたかったから、だけど。それを言うのはまだ恥ずかしいから内緒にしておこう。真理音だって、急に赤くなって離れていったしこれ以上の踏み込みは止めておこう。


「あ、そ、その……実は、まだご飯食べてないんですけど……良かったら、一緒にどうですか?」


「そう言ってもらえて助かるよ。実は途中から何も喉を通らなくてさ腹ペコペコなんだ」


「では、座って待っていてください。ぱぱっと作ってしまいますので」


 髪を後ろで結い、エプロンを身につける真理音。

 俺は言われた通り椅子に座りながらその後ろ姿を眺めていた。やっぱり、真理音といる方が楽しいと思いながら。

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