第57話 日本人は黒髪が一番
「真人くん、そろそろ散髪しないんですか?」
「ん~、確かに前髪ちょっと邪魔な気がする」
「ちょっと、どころではないです。大分、伸びましたよ」
寝起きでぼーっとしている俺の後ろに立って真理音が頭を触ってくる。
「ほら、量も多くなっています。鬱陶しくないですか?」
「あー、うん、鬱陶しいかも」
「では、後で美容室に行きましょう。あ、それとも、私が切りましょうか?」
「いや、いい。遠慮しとく。それよりさ、食べづらいんだけどそろそろ放してもらっていいか?」
人に頭を触られたままだと箸を動かしにくい。真理音が向かいに座ってようやく朝食開始となった。
食べながら、ふと感じたことを漏らす。
「真理音って母さんみたいに細かいことにうるさいよな」
「お、怒っちゃいましたか!?」
「怒ってないけど。将来、子どもにもうるさそうだなぁって思って」
「私が気を配るのは真人くんだけです。真人くんがだらしないからです」
「まぁ、そこについては反論の余地もないから聞き入れよう。でも、やっぱ思うわけよ。散髪だのピーマン食べろだの……俺と真理音同い年だぞ?」
「分かってますよ。その上で真人くんにはちゃんとしてもらいたいので言っているんです。だって、真人くんは子どもに絶対甘いと思うんです」
「まぁ、そこに関しても否定は出来ないな。マイリトルスイートエンジェルである愛奈みたいに可愛い子どもに甘くならない訳がないからな」
愛奈になら何をされても許すし、何を要求されても叶える。
それが、兄の役目だからだ。
「そういうところです。そういう部分をちゃんとしてほしいので今から教育してるんです」
こういうのを聞くと思う。真理音は本当に俺のことを好きなのか、と。普通、好きな異性には教育してる、なんてこと言わないだろう。嫌われるかもしれないんだから。……俺の場合は真理音がどういう女の子なのか知ってるから嫌いになんてならないけど。
「やっぱり、母さんみたいだわ」
「真人くんのお母様から面倒みるようにも頼まれていますしね」
「真面目だなぁ……」
「後で、ちゃんと美容室に行きますよ」
「分かってるよ」
真理音の小言を終わらせるために卵焼きを口に入れ、味の感想を述べると今度は卵焼きの説明が始まった。どうやら、今日の甘い卵焼きはいつも以上に上手に作れたらしく、自信作とのことだ。
それに、返事をしながら小言回避に成功したことを心の中で喜んだ。
「あの、カッコいい髪型に出来ますか?」
そう言うのは俺じゃない。真理音だ。意味が分からないだろう。店員さんもアホみたいにポカンと口を開けている。
「あ、すいません。無視してくれていいので。このまま、短くしてすいてください」
「わ、分かりました」
店員のお姉さんは用意をするために一旦、どこかへ行った。その隙に真理音のことをギラリと睨む。
「余計なことは口出ししないって約束だったよな?」
「す、すいません……ついついでしゃばってしまいました」
「ったく。先に帰っててもらうぞ」
「い、嫌です。もう、お口チャックしていますからここで待たせてください。家でひとりで待っているのは寂しいです」
「今度こそ、約束だぞ?」
首を縦に勢いよく振る真理音。そんな姿を見て呆れるような息が出てしまった。
家を出る前、自分の家に帰るものだと思っていた真理音がついていきたいと駄々をこねだした。変なことを言わない約束を交わし、許可したにも関わらず開口一番あれである。
お姉さんに呼ばれ、口に手を当てたままの真理音を残して椅子に座る。そのまま、髪を切るセットをされ、されるがままにことが進んでいく。
すると、お姉さんに真理音には聞こえないような小さな声で話しかけられる。
「彼女さん、可愛いですね」
散髪中あるあるのひとつだが、苦手だ。特にこういう話題を振られるのは。
「彼女じゃないです。……まだ」
「あ、そうなんですね。すごく仲が良かったのでてっきりそうなのかと」
「さっきのことは本当にすいません。無茶言って。注意しておいたので」
「いえいえ、気にしてないですよ~よくいるんですよ。芸能人みたいな髪型にしてほしいって人とか」
「あー、でも、楽なんじゃないですか?」
「写真でもあればいいんですけど、ないと流石に参っちゃって」
「そういうもんなんですね」
「ええ。ところで、私どうにかされたりしませんよね? その、さっきからすごく睨まれてて……」
鏡に写るお姉さんの視線が真理音の方へ移動している。ハサミを動かす手が止まっているので同じように真理音を見る。
すると、真理音は急いで顔を明後日の方に向けた。
「……度々、すいません」
「いえ、私ももう切るのに集中しますね」
さっきは集中してなかったのか……まあ、鏡を見る限りはどこも失敗した風には見えないし、流石プロってところか。
ちょうど、真理音が声をかけてきた時くらいの長さになり散髪は終了した。
「スッキリしましたね」
「真理音も母さんからの頼みを遂行出来て満足か?」
「はい。でも、何よりも満足なのは、切り立てほやほや真人くんを見れたことです」
「なんか、食材みたいな言い方だな」
「真人くんは金髪にはしないんですか? ちょっとやんちゃな真人くん見てみたいです」
「そんなキラキラした目で見られてもしないぞ。いや、そんな、落ち込んだ表情されても無理なものは無理だからな?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……似合わないからだ。金髪なんて外国人かアニメのキャラしか似合わねーんだよ」
「でも、大学にもいるじゃないですか。金色や赤色の髪の毛の人が」
「あれは、髪を染めることでいかにも大学生活満喫してますよ、ってことを示してるだけの云わば一種の武器なんだよ。似合ってると思うか?」
「そもそも、真人くん以外興味がないので分からないです」
「……じゃあ、俺で想像してみろ。似合わないから」
顎に手を当てて、うーんと考える真理音。目を閉じたまま、「あっ、ダメです。いや、ダメではないですけど……」とぶつぶつ呟いている。
いったい、何を想像しているのだろうか。
そう、思っていると目を開けた真理音は頬を赤らめてもじもじとし始めた。
「やんちゃな真人くんも素敵ですけどやんちゃすぎると……」
何かを思い出したのか、ぽっと赤くなって「黒髪が一番ですね!」と指を立てて力説した。
「そうそう。日本人は黒髪が一番似合うんだよ。真理音みたいに綺麗な髪だと特にな」
「あ、ありがとうございます……頑張って手入れしているかいがあります」
やっぱり、俺とは違い一生懸命手入れしているらしい。だからこそ、あんなサラサラでふわふわな感触に仕上がるのだと思った。
「女の子は大変だな」
「そうでもないですよ。好きな人に可愛いって思われたい、その一心で頑張れるんです」
隙あらば、言葉でもグイグイくる真理音。
「……いつも、思ってるよ。真理音のこと可愛いって」
「そ、そうですか。それは、嬉しいです」
急いで顔を背ける真理音。手を頬に当て、赤くなっていることを隠したいのだろう。だが、髪が短くなったことで赤くなった耳が隠せていない。丸分かりだ。
こうなるなら言わなきゃいいのに。
真理音の行動に呆れながらもそんな姿にもいちいち可愛らしいと思えてしまう。それに加え、俺も口にしてしまったこともあり身体が熱い。
それに、やっぱり、真理音は俺のことを好き、なんだよな……。
今朝の疑問の答えが分かり、一段と熱が込み上げてくる。
これは、夏のせい。今日が熱いからだ。
俺は熱くなる理由を必死で探していた。
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