第58話 強がりは考えている。寂しがりのことを

「そう言えば、最近、どうなの星宮くん」


 バイト中、本棚の陳列をしていると店長に問われる。


「どうって、何がですか?」


「恋だよ恋。あの子とは何か進展あった?」


「言ってるじゃないですか。俺は恋愛なんてしませんって」


「またまた~冗談でしょ。この前、見てたよ。店前であの子の頭撫でてたじゃない」


「あれは、そういうんじゃないですよ。髪の毛を整えてただけです」


「星宮くんはそうだとしてもあの子はそうじゃないと思うよ。だって、好きな相手にしか頼めないでしょ」


「恋愛経験なしなのに分かるんですか?」


 素朴な疑問をぶつけただけなのに店長は真っ赤になって怒りだした。


「い、いいじゃない。恋愛経験なしでも分かるものは分かるんだから」


「いや、そんな怒らないでくださいよ……」


「だいたい、あの子が分かりやす過ぎだから私にも分かるんだよ。あんな、全身から好き好きオーラ出してるんだもん。分かっちゃうよ!」


 本当に三十を越えているとは思えない言葉づかいで話す店長。見ているだけだと真理音が怒っている時とさほど変わりがない。


「……そんなに好き好きオーラ出てるんですか?」


「出てるよ! 一目見てすぐに分かったよ!」


「そうですか……」


 そんなに真理音は好き好きオーラとかいうやつを放っているのだろうか? 分からない。一緒にいすぎるからなのか、そういうのを感じたことがなかった。やけにグイグイくるな、とは会った時から思っていたけど。


「……あの、店長。店長はどういう気持ちだと付き合いたい、って思いますか?」


「そ、そんなの、分かるわけないでしょ。恋愛経験なしなんだよ!」


「分かってますよ。だから、想像でもなんでもいいです。店長はどういう気持ちだと付き合いたい、って思うんですか?」


「うえぇっ……そ、そうだな……ずっと一緒にいたいとか……何かあった時に一番に話したくなったりとか会えば胸が温かくなったり……とかじゃないの?」


「……店長、なんで今まで恋愛経験ないんですか? それだけ言えたら彼氏の一人くらいいるもんだと思うんですけど」


「う、うるさいうるさいうるさーい。い、いいじゃない、私のことは。私は理想の世界を眺めてるだけで幸せなの。そ、それより、星宮くんはどうなの? あの子にそういうこと感じないの?」


「どう、なんですかね……正直、自分でもよく分からなくて」


「まあ、悩んで考えていくしかないんじゃないのかな?」


「そう、ですよね」


 これは、他の誰でもない真理音から告白された俺が出さないといけない決断だ。店長に聞いたのが間違いだったのかもしれない。



 バイトも終わり、スマホを確認すると斑目からメッセージが届いていた。今日、真理音は斑目と一緒にプールにむけての水着を買いに行っている。何やら、サイズが合わなくなったとか可愛いのが欲しいとか言っていた。

 その斑目からバイトが終わったんなら付き合いなさいとのこと。俺の予定は真理音を通して知られているのだろう。


「つくづく、俺って真理音に管理されてるよな……」


 別にそのことが嫌だという訳ではない。ただ、そういうことばかりだとこうも思う時がある。ひとりになってゆっくり物事を考えたい、と。特に夏休みの間はこれといってすることもないのに一緒にいる。朝から晩までだ。一緒にいないのは極僅かだ。

 今からこんなに一緒にいて、もし付き合うようになればどうなってしまうのだろう。二十四時間一緒にいて、真理音は俺なしじゃ生きていけないような人間になってしまうかもしれない。


 そうなってしまっては俺も恐らく真理音なしでは生けていけないようになっているのだろう。互いに依存されて依存する関係だ。


 これから、自分がどのようになっていくのか分からない。真理音に変えられて自分じゃなくなって……やがて、琴夏のことも忘れて恋愛をするようになって。真理音と幸せになれたりするのだろうか。


 そんなことを考えていると指定された場所に着いた。辺りを見渡してふたりのことを探す。

 すると、いきなり視界が途絶えた。真っ暗で何も見えない。感じるのは温かいものと背中に感じる柔らかい感触だけ。


「だーれだ、と思いますか?」


「真理音だろ」


「正解です」


 手が退かされ、再び夕日の光と対面できた。後ろを向くと真理音と斑目がいた。


「真人くん、つまらないです。少しは悩んでほしいです」


「分かったんだからしょうがないだろ。それとも、あれか。ここで、別の名前を言えばよかったのか?」


「それは嫌ですね。ありがとうございます、正解してくれて。真人くんの中に私が存在しているようで嬉しいです」


 こういうのが店長の言う好き好きオーラというやつなのだろうか。


「それにしても、真人くん大きいです。腕が疲れました」


「じゃあ、やらなきゃよかっただろ」


「嫌です」


「なんでだよ」


 その理由は何度聞いても教えてくれることはなかった。


「あ、そうだ。バイト、お疲れ様でした」


「はい、お疲れです。だから、あんまり変な絡み方は控えてください」


「それも、嫌です」


「わがままか。で、ふたりとも欲しい水着は買えたのか?」


 ここらで、斑目も仲間に入れないと後で何をされるか分からない。スッゲェ、怖い顔で睨んできてるし……そんな表情でいると通行人の子どもに泣かれるぞ。


「はい」


「斑目は?」


「……それ以上、詳しく聞いてくると二度と口が開かないようにしてあげるわよ?」


 あ、察し……。わざわざ、自分から地雷を踏みに行くような危険を冒す必要はない。そのまま、その話はお蔵入りにした。


「で、俺を呼び出した理由は荷物持ちか?」


「違いますよ。真人くんがひとりで帰るのは寂しいかなと思って九々瑠ちゃんに連絡してもらったんです」


「なんで、真理音じゃなかったんだ?」


「その、水着選びに時間がかかってしまいまして……それで、九々瑠ちゃんに」


「そうよ。感謝しなさいよ。折角の真理音とのふたりでお出かけ記念日にわざわざ呼んであげたんだから」


 別に、ひとりで帰ることに寂しさなんて抱いてない。むしろ、たまのひとりを満喫してたさ。なんて、言えば斑目にキレられるんだろうなぁ。


「嬉しい嬉しい。ありがとありがと」


 適当に答えると真理音はとても嬉しそうな笑みを浮かべ、斑目にくっついた。そんな、真理音に斑目は頭を撫でながら「よしよし」とあやしていた。


「これからどうしよっか?」


「そうですね」


 楽しそうに話すふたりの姿を荷物持ちとなった俺は少し離れた場所で椅子に座りながら眺めていた。

 本当にふたりは仲良しで少しのことにもきゃっきゃと騒いでいる。


 微笑ましいふたりの姿を見ていると真理音がこちらに向かって走ってきた。


「真人くん真人くん」


「どした?」


「九々瑠ちゃんと話したんですけど今日は晩ご飯食べていこうかということになりました。なので、今日はご飯を作れないですけどいいですか?」


「いいに決まってるだろ。夏休みに入っても毎日三食作ってくれてるんだ。たまには休憩も必要だ。それに、俺はブラックじゃない」


「では、お言葉に甘えさせていただきますね」


「ああ。これからも、作れない時があればすぐ言うんだぞ。無理のない程度で頑張ってくれたらいいからな」


「真人くんに負担がかからないように気をつけていますからそこは大丈夫です」


「ちげーよ。別に、負担なら存分にかけてくれていい。いつも、世話になってんだ。恩返しくらいさせてくれ。ただ、元気のない真理音を見るのが嫌なんだ」


 これまでに、何度か元気じゃない真理音を見てその度に俺の心は苦しくなった。真理音にはいつも元気でその可愛らしい笑顔を絶やしてほしくないと思ってしまう。


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。真人くんは私のことをちゃんと考えてくれているんだなぁ……って思います」


「……考えてるよ、毎日毎日真理音のこと」


「……それは、たまらなく嬉しいです……」


 きっと、真理音への返事を見つけるまでずっと考え続けるのだろう。それは、多分、返事を見つけた後もずっと……。

 でも、今は楽しければいい。こうやって、しどろもどろしながら笑い合えていれば……それだけで、真理音へ抱いている気持ちがどういうものか理解していく気がするから。

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