第56話 花がポツンと咲いているのはきっと一緒にいてくれる相手を待っているから

 一度、家に戻り出掛ける準備をしてから真理音と待ち合わせてマンションを発った。


「スケッチって言ってもどこでやるんだ?」


「決めてないです……どうしましょう」


「じゃあ、適当にぶらぶらしながら描きたいって思う場所でも探すか。ここらだと」


 スマホで地図を確認する。スケッチについては小学校低学年時、夏休みにひまわり観察日記をつけた時くらいしか経験がないから全く分からない。だから、なるべく良さそうな場所を探す。


「あの、真人くん」


「んー?」


「こんな適当なプランにも付き合ってくれるんですか?」


「そのつもりだけど? どうかしたのか?」


「いえ……その、めんどくせーとか決めとけよとか時間が無駄になるとか思わないのかなって」


「あー、まぁ、思わないこともないけど真理音が相手だし」


「どういうことですか?」


「真理音って結構決められない部分もあるだろ?」


 遊園地に行った日、何を乗るでもないのにぐるぐるしていたことを思い出す。真理音は恐らくだが、沢山の情報がある場合これだ、と決めるのに時間がかかるのだろう。だから、いつも自分が決めていたことが違うと焦りだす。

 そういう姿を見ていれば真理音と過ごす場合は時間の流れをゆっくりにすればいいだけだと理解できる。


「真理音のペースに合わせるからそんなことはないな」


「……そういうこと言ってもらうの初めてです。嬉しいです」


「ま、みんな自分の時間が大切だからな。世間は馬鹿みたいに忙しないし。でも、真理音は真理音のペースでいいんじゃないか?」


「ふふ、出来る限り真人くんを退屈にしないようにします」


「……今はそういう話じゃないと思うんだけどなぁ。で、どうするよ? なんか、目ぼしい場所あるか?」


 真理音にスマホを見せる。画面を大きくしたり小さくしたりして真理音が示した場所はお花畑だった。


「お花、見たいです」


「じゃ、そこ行くか」


 電車に乗って数駅先で降りる。それから、バスに乗って数十分して着いた。


「綺麗です……」


 感嘆した真理音がぽつりと漏らした。

 花については詳しく分からないが確かにそこは真理音の言った通り、すごく綺麗で華やかな場所だった。色とりどりの花が咲きほこり、一面を埋め尽くしている。

 その景色を道順に沿って歩きながら眺めていく。


「あ、これって真理音じゃないか?」


 一角に茉莉花ジャスミンが沢山咲いている部分があった。白と黄色が正しく交互に咲きほこり美しい。


「本当です。よく気づきましたね。凄いです」


「ま、印象深いからな。茉莉花以外は有名なやつしか知らないし。真理音は花、詳しいのか?」


「いえ、私もお母さんに教えてもらった以外は有名なのしか知らなくて……」


「ま、そうだよな。花って興味ないと道端に咲いてるな~程度にしか思えないし」


「そう考えると花って少し寂しいです。ポツンと咲いているのはひとりですから……」


 真理音は少しだけ寂しそうな声を出して歩いていってしまった。


 花を一通り見ると昼食を済ませ、花を一望できる場所までやって来た。ここで、真理音はスケッチをするらしい。


「そもそも、真理音ってスケッチ出来るのか?」


「初めてですけど、ちょっと練習しようかと思いまして」


「へぇ。そりゃ、またどうして?」


「ふふ、内緒です」


 イタズラっぽく不敵に笑うとスケッチブックと向き合う真理音。先ずは鉛筆で下書きをしてそれから色を塗っていくらしい。傍には俺が誕生日プレゼントとして渡した色鉛筆が置かれている。


 うーん、暇だ。真理音に付き合うとは言ったがこうなってしまってはやることがない。集中している真理音をずっと見ていて邪魔するのも悪いし……どうしよう?


 周囲には遊べる場所もなにもない。


 どこか、ぶらぶらしてくるか? いや、でも、真理音が寂しがるかもだし。


「あーっと、真理音。すぐに戻ってくるからちょっとどっか行ってきてもいいか?」


「はい」


 ちゃんと聞いてるのかは分からなかったが真理音の許可が出たのでその場を後にする。


 確か、売店あったよな。とついさっきの記憶を辿り売店を探す。やはり、記憶通り売店があった。


 へぇ、色々売ってんだな。


 中には花の種や造花、植木に植えられた花等沢山の土産品が置いてある。自分で花を育てようとは思わないが実家に持って帰るにはいいかもしれない。

 そんなことを考えながら何を購入しようかと見て回る。


 買うものを幾つか決めてレジに並ぶ。だが、夏休みということもあってか人が結構並んでいて中々前に進まない。


 不味いなぁ。遅くなると真理音が……いや、集中してたし少しくらいは大丈夫だろう。


「ありがとうございましたー」


 それから、さらに時間がかかって買い物を済ませ店を出る。

 急がないとな……。

 他にはどこも寄らずすぐに真理音の元に戻ろうとしてばったり真理音と会った。真理音は随分と俺を探したようで額に汗を浮かべ髪が少し乱れている。

 そして、無言で俺の袖を掴んだ。


 息が乱れ、ふるふると震えている。


「ご、ごめんな、真理音。レジ混んでて遅くなった」


「い、いえ……」


「スケッチ、終わったのか?」


 首を横に振り、答える真理音。荷物はちゃんと持ってきていることから途中で中断してきたのだろう。


「戻るか?」


 首を縦に振ったのでさっきの場所に戻る。その際、真理音はずっと袖を掴んだまま無言だった。


「本当にごめん!」


 真理音をここまでさせてしまったことをもう一度謝る。手を合わせて真剣に頭を下げる。


「や、止めてください、真人くん……」


「いや、真理音のことこんな風にしちゃったし……遅くなるって連絡でもすれば良かった」


「そうじゃないんです。ただ、真人くんに何かあったんじゃないかと思って不安になって……もう、突然いなくなるような思いはしたくなかっただけなんです……」


 それは、きっと真理音の母親のことを言っているのだろう。深くは踏み込めないがそんな気がした。


 しゅんと落ち込む真理音をどうにかしたくて俺は買ってきたものの中からあるものを取り出して彼女に差し出した。


「これは……?」


「髪飾り。さっき、見つけたんだ。で、真理音に似合いそうだと思って買っといた」


 本物ではないが茉莉花がデザインされた髪飾りを真理音の手に渡す。物で釣ろう、なんて浅はかなことは思ってない。ただ、真理音が少しでも元気になるならそれでいい。


「思うんだ。花がポツンと咲いているのはきっといつかずっと一緒にいてくれる相手を待ってるんじゃないかって」


「真人くん……」


「花って咲き始めはどれも一本だろ。でもさ、その花も今は仲間に囲まれてる。あそこみたいに」


 一望できる花はどれも一面を埋め尽くすように咲いている。それは、決して寂しくならないようにと。


「だからさ、俺は突然いなくなったりしないから。約束もしたし。真理音が極力寂しくならないようにするって」


 笑いかけると真理音も笑顔を浮かべてくれた。どうやら、少しは元気に出来たようだ。良かった。


「あ、真人くん。髪飾りのお金……」


「いーよ。いつも、ご飯作ってくれてるお礼のプレゼントだから。それに、俺が勝手に似合うと思って買っただけだからな」


「で、では、早速つけてみてもいいですか?」


「どうぞどうぞ」


 髪飾りを覚束ない手付きでつける真理音。そう言えば、真理音が頭に何かつけるのを見るのは初めてだ。ゴムで纏めたりすることはあっても基本的にはストレートだった。


「ど、どうですか?」


 少し新鮮な真理音の姿に思わずにやけてしまう。


「歪んでる」


 不格好な髪飾りを綺麗に整える。愛奈のお世話をしていた時にこういうのが身についたのだ。


「うん、よく似合ってるな」


 すると、真理音は急に俯き身体をもぞもぞと揺らし始めた。揺れながら無言で弱っちい体当たりをかましてくる。


「なんだよ」


「なんでもありません。なんでもありません」


 拗ねたようにスケッチブックを取り出して続きを再開した真理音。


 また、することがなくなってしまった。


 夏の爽やかな風が吹き抜けていく。寝不足だったこともあり、この静かな時間が奈落の底へと落としにかかってくる。


 目を閉じれば視界は一瞬で暗くなった。


 ん、なんか、頭の下が気持ちいい……。


 後頭部に感じる柔らかさに目を開けた。どうやら、少し眠っていたらしい。


 ……って、なんで、また真理音に膝枕されているんだ?


 謎だった。いったい、どういう状況なのか分からなかった。

 真理音を見ると何故か俺の頭に手を添えて静かに目を閉じている。


 寝てる? そもそも、スケッチはどうなった?


 言いたいことは沢山あった。ただ、真理音の気持ち良さそうな表情を見ると何も言えなかった。


 それに、俺もこの気持ち良さをもう少し続けたいと思った。だから、もう一度目を閉じた。


 こういう夏休みを過ごすためテストを頑張ったのだ。こういう始まりでいいのかもしれない。

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