3章

第55話 寂しがりは心機一転、昔に戻る

 真理音に告白され、正常を装ったつもりでいたがやはりそんなことはなく。テストに向けて覚えた知識は大半が抜け落ちていた。

 それを、覚え直すためにテスト期間は全日徹夜だった。

 その成果もあってか自己採点だと合格のラインを越えていた。後は、ネット上で成績が発表される日まで不安を抱えながら待つだけである。


 そんな訳でテストが終わった翌日から夏休みに入った。

 初日は連日の徹夜疲れをなくすため、ぐっすりと眠ろう。そう考えて夜、ベッドに潜り込んだのだが朝になってチャイムの音で起こされてしまった。


 スマホで時間を確認するとまだ七時を過ぎた頃。こんな朝早くから快眠を邪魔するやつはどこのどいつだ、と無視しようと布団を被るも再びチャイムの音が鳴る。


 まぁ、こんな時間から来るのなんて真理音しかいないよな。


 頭をかきながら玄関に向かい扉を開ける。

 そして、目を疑った。寝惚けて幻覚でも見ているのかと思った。


「……えーっと、どちら様で?」


 目の前には真理音の顔をした別人が立っていた。


 確か、真理音は一人っ子だと言っていた。つまり、目の前にいるのは真理音のドッペルゲンガー? いや、そもそも、ドッペルゲンガーは本人と瓜二つで似ているから微妙に違って……ダメだ、寝不足で馬鹿になってる。


「もう、真人くん。寝惚けているんですか? 私ですよ、わ・た・し」


 よくもまあ、寝起きからその笑顔を向けれるなと感心する笑顔を作る真理音に似ている彼女。


「……えーっと、すまん。真理音であってるか?」


「はい。真人くんが好きで真人くんに恋している二条真理音です」


 ……どうやら、真理音らしい。こんなにもグイグイくる女の子を俺は真理音以外知らない。


 朝イチからとんでもないこと言ってくる真理音に頭を垂れながらもう一度彼女と向き合ってみる。


「……で、その髪どうしたんだ?」


 腰まであった真理音の美しい黒髪がバッサリとなくなり、肩よりも下くらいにまで短くなっている。


「バッサリ切りました」


「バッサリ切ったのか」


「はい。思いきって」


 昨日、ご飯を作ってくれた時は長い髪を後ろで結っていた。ポニーテールにして、動く度にゆらゆらと揺れる動きを見ていたことは鮮明に覚えている。

 ということは、あれから家に帰って自分で切ったということだろう。


「怪我とかしてないか?」


「大丈夫ですよ。少し不安でしたけど鏡を見ながらでしたので」


 見たところによると怪我をしている様子はない。真理音の言う通り、大丈夫なのだろう。

 ただ。


「その、いきなり短くしてどうしたんだ? 何かあっ――」


 そこまで言いかけてハッと気づいた。よく、女の子は失恋すると髪を切ると聞いたことがある。真理音もそれで? いや、返事が出来なかったってだけで真理音を振った訳じゃない。と、とにかく。


「あ、あのな。真理音に返事出来なかっただけで真理音の告白を断った訳じゃないからな」


「分かってますよ。急にどうしたんですか?」


「いや、短くしてるからてっきり断られたと勘違いしてるんじゃないかと思って」


「そんなこと思っていませんよ。真人くんならいつかちゃんと返事をしてくれるって信じてますから」


「じゃあ、どうしてまた……」


「そうですね……真人くんには無理に変わった私よりも本当の私でアピールしていきたいなと思ったからですかね」


 カッと頬が熱くなるのを感じた。


「あ、ま、真人くんはロングの方がお好きでしたか? それなら、今から一生懸命伸ばします!」


「いや、正直そのくらいが一番だと思う。洗ったりするのもめんどくなさそうだし」


「ぶー。そういうことを聞きたいんじゃないですよ」


 真理音は髪を下から持ち上げ、ふわふわ具合を分からせるように見せてくる。


「どうですか? 似合ってますか?」


「っ! あ、ああ。似合ってる。可愛いぞ」


「ふふ、ありがとうございます」


 いつもなら、赤くなるはずなのに勝ち誇ったような顔でにやーっと笑う真理音。何故だか、負けた気分になる。


「あ、そうです。こんなことをしている暇ないんです。真人くん、今すぐ動きやすい格好に着替えてきてください」


「ん、なんでだ?」


「なんでも、です。早くしてください」


「わ、分かった」


 真理音に言われ、部屋着からジャージに着替える。簡単に出掛ける準備をして家を出ると真理音は床にしゃがんで顔を隠していた。


「……何、してるんだ?」


 意外と早かったことに驚いているのか真理音は目を丸くしている。


「な、なんでもありません」


「いや、なんでもってことはないだろ。具合でも悪いんじゃ――」


「だ、大丈夫ですから」


 そう言うと真理音はエレベーターに向かっていってしまった。まるで、何かを誤魔化すようにそそくさとして。


 真理音と一緒にエレベーターに乗り、そのまま下まで降りてマンションを出る。先行する真理音の後ろを歩きながら着いたのはこの前愛奈と来た公園だった。


 公園には小学生くらいの子やおじいちゃんおばあちゃんがいた。


「今から何か始まるのか?」


「はい。ラジオ体操です」


「……ん、ラジオ体操?」


「はい。ラジオ体操です」


 意味が分からず、首を傾げていると真理音に腕を引っ張られ中へと連れられる。


「真ん中だと子どもに危ないので後ろで参加しましょうね」


「え、参加するのか? なんで!?」


「運動で眠った身体を叩き起こしましょう」


 困惑している最中、よく知った音楽が鳴り始め一斉に体操を始める人達。その中には真理音もいて催促するように俺を見てくる。

 体操をしている人の中には当然ながら俺達くらいの年齢の人は見受けられない。恥ずかしい気持ちを堪えながら、仕方なく身体を動かし始めた。


「気持ち良かったですね」


「……俺は死ぬほど恥ずかしかったぞ」


 終わってみれば、なんてことのないこと。ただ、体操中、クスクスと笑いながら聞こえた可愛いね~という周囲の声が今でも耳に残っている。確認出来なかったが、あれは紛れもなく俺と真理音を見てのことだろう。後ろから聞こえてきたし。


「そもそも、どうしてラジオ体操なんか……今日から参加してもお菓子は貰えないぞ?」


「く、食いしん坊じゃないです」


「お菓子が目的じゃないのか?」


「当然です」


「じゃあ、何が目的だったんだ?」


「真人くんと一緒に何かしたかったんですよ……」


「なら、ラジオ体操じゃなくてもいいだろ……」


「しょうがないじゃないですか。私、そういうのに疎いですし……」


 それこそ、いつものマンガで勉強すればいいのに。でも、真理音なりに精一杯考えた結果なんだよな。俺といるために……。


「そういう時はさ、水族館とか動物園とか映画とかに誘うんだ。そしたら、ほら……で、デートっぽいだろ?」


「なるほど、勉強になります……と言うか、どうして私は好きな人からデートの誘い方を教わっているんでしょう。不思議です」


「うん、俺も思った。謎だな」


 俺と真理音は顔を見合わせて同時に笑いだした。俺は馬鹿みたいに笑って、真理音は可笑しそうにクスクス笑っている。


「やっぱり、真理音といるのは楽しいな」


「私も真人くんといるといつもすごく楽しいです」


「で、どうする?」


「どうする、とは?」


「いや、今日はまだまだ時間あるし真理音がどっか行くってんなら付き合うぞ」


「それって、デートのお誘いですかっ!?」


 目を輝かせ、嬉しそうにする真理音。その姿はなんでもお願いを叶えてあげたくなるような無垢なものでついつい目を逸らしそうになる。


「ま、まぁ、そうなるんじゃないか……」


「ふふ、では、スケッチに行きたいのでお付き合いしてくれますか?」


「りょーかい」


 普通、告白されたらすぐにでも返事をしなければいけないのだろう。引き延ばしにすればするほど、返事がしづらくなるのだから。

 でも、そうもいかない。

 真理音は楽しみにしているのだ。夏休み、俺と遊ぶことを期待していたのだ。今のまま返事をすると真理音の楽しみを奪ってしまうかも知れないのだ。


 そう考えると簡単に決断なんて出来ない。


 だからこそ、真理音と沢山遊ぼう。いつものように一緒にいよう。自分の気持ちを知るために。真理音とどうなりたいのかを自覚するために。

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