幕間

第54話 閑話 告白した日の寂しがり

 真理音は絶賛悶絶中だった。

 ベッドの上を何往復もゴロゴロと転がり、今日の自分のことを思い返す。


 言ってしまいました言ってしまいました言ってしまいました。


 真人に言ってしまった好きだという言葉。その言葉に嘘偽りはない。心からの本音だ。ただ、その言葉を今日言うつもりはなかった。いつか、言えたらいいな……程度にしか考えていなかった。

 だが、言ってしまった。


「あ、いた」


 転がり過ぎて尻から落ちた真理音は涙目になりながら枕を抱えて子どもみたいに暴れだす。


「ううっ、しょうがないじゃないですか。真人くんがカッコ良かったんですから!」


 誰もいないのに言い訳を始める真理音。


「私を見つけてくれて優しく声をかけてくれて一緒にいてくれて寂しくないようにしてくれて……好きになる要素しかありません。既に好きだったのに真人くんはどれだけ私を惚れさせるんですか! 大悪党です! 私の心を盗みすぎなんです! 好きです!」


 いつからか、言い訳がただの自分の真人への対する気持ち暴露大会となっていることに夢中になりすぎて気づかない。


「だいたい、真人くんは私にズルいって言ったけど真人くんの方がもっとズルいんですよ!」


 真理音は知っていた。真人に絵を返してもらった翌日から自分への嫌がらせが減ったことに。


「あれは、真人くんのおかげなんですよね」


 真人は真理音が嫌な目に遭いそうになる前にわざと馬鹿らしい行動をして真人の友達達の意識を自分へ向けるように操作していた。それも、真人にとってはただのちゃんと絵を元に戻せなかった罪滅ぼしのつもりだが、真理音にとっては凄く嬉しいことだったのだ。


 その頃から真人に対する想いは膨らむ一方でついにそれが今日爆発してしまった。


 ただ。


「これから、どうしましょう……」


 そう、ひとつ問題があるのはこれから真人とどう向き合っていくか、ということだ。

 気持ちが溢れ、勢いで伝えてしまった。と、ここまでは良かった。

 人生初告白をこれからする、と事前に頭に浮かべていれば緊張は何倍にも膨れ上がり、最悪伝えることが出来なかったかもしれない。伝えることが出来ただけ良かったのだ。


 しかし、問題はこれからのこと。

 返事はいつか聞かせてほしいと保留したが返事を聞きたくない訳がない。本当はあの場ですぐに聞きたかった。どんなものでも受け入れ、実れば幸せに実らなくとの幸せになるための努力をする。その覚悟が真理音にはあった。


 だが、見てしまった。一瞬、真人の表情が曇ったことを。

 だからこそ、すぐに決断してもらうのではなく保留にした。いつか、真人が自分の気持ちに気づいた時に返事をしてもらおうと思って。


「けど、言ってしまったんですよね……」


 あの時は気持ちが高ぶっていて、自分でも信じられないくらい真人へ迫ってしまった。何度も好きと言い、真人が逃げ出すようなことを言ってしまった。


「思い出すと恥ずかしくなってきました……」


 赤くなった顔を隠すように枕に埋めると声にならない声を上げる。お隣に聞こえない程度に叫ぶと少し落ち着くことが出来た。


「く、苦しいです……」


 この苦しみは息が出来なかったからなのか。それとも、真人への想いが膨らみ続けるからなのか。

 そんなの後者だとすぐに分かった。

 だからこそ、スマホを手にして真人にメッセージを送った。好きです、と伝えればいくらかましになると数時間前に知ったからだ。


「はぁ、疲れました。ゆっくりしましょう」


 真人からの返事を待ち遠しく思いながら真理音は風呂へ向かった。一応、スマホを持って。


「うう、お風呂はどうしてもひとりになって寂しいです……」


 湯船に身体を沈めながらぽつりと漏らす。

 一人暮らしを始め、いかなる時もひとりの状態が続いた。九々瑠が遊びに来る時はひとりではなく、最近は真人のおかげでこの家にいる時間も少なくなってひとりの時間は随分と減った。

 だが、風呂の時間になるとどうしてもひとりになる。九々瑠が遊びに来る時は一緒に入れるが流石に真人にそれは頼めない。それは、羞恥で息の根が止まることくらい分かっている。


 でも。


「真人くんの声が聞きたいです……」


 寂しさを紛らわすため、持ってきていたスマホで真人へ電話をかける。発信音と鼓動の音が連鎖するようにドキドキしているのを感じながら少しして耳に真人の声が届いた。


「も、もしもし、真理音?」


 あのメッセージを見たからだろうか。真人の声が少し上ずっている。

 そんな声も真理音には嬉しく口角が上がりきってしまった自らの顔が湯船に反射する。


「何か忘れ物でもしたか?」


 ぼーっとしていた頭を振って我に返る。


「いえ……寂しかったので真人くんの声が聞きたかったんです」


「そ、そうか。もう、大丈夫か?」


「はい。あの、メッセージ見てくれました?」


「み、見た。見たよ。でも、なんて返信したら良いのか分からなくて出来てない」


「ごめんなさい、真人くん。急かすようなことして。あれは、ただの私の自己満足なんです。真人くんに伝えたいから伝えてるだけなんです。だから、気にしないでください」


「気にするよ……」


「ふふ、明日からはいつも通りに戻れるように努力しますので今日だけはずっと意識していてくれると嬉しいです」


 今日だけ。明日になればまたいつも通り。真人と仲の良い友達として付き合っていく。だからこそ、一歩を踏み出せた今日だけは真理音はいつも以上に積極的になった。


「……分かった」


「真人くん、今、何しているんですか?」


「勉強だよ勉強。誰かさんのせいで全く捗らないけどな」


「その誰かさんは悪い人ですね」


「……ブーメランだぞ。真理音は? 今、何してるんだ? さっきから声が反響してるけど」


「真人くんのことを想いながらお風呂で温まり中です。アヒルさんも一緒です」


 真理音は積極的になりすぎてついうっかり入浴中だということを漏らしてしまった。朝になれば、後悔してベッドで悶絶することになることなど簡単に予想できるのに口にしてしまった。


「あ、あああああの、へ、変な想像はしないでくださいねっ!」


 バシャバシャと手足を動かすことで湯船が艶かしい音を立てる。それが、真人に筒抜けだということに真理音は気づけない。


「ほ、本当に普通にしているだけですから。アヒルさんと遊んでいるだけですから!」


「わ、分かってるよ! のぼせないように気をつけろよ。そ、それじゃあな」


 ぶつっと途切れる真人との通話。

 スマホを置くと真理音は真っ赤になった顔を隠すように湯船に潜った。


 真人くんに変態だって思われていませんように思われていませんように。そう願いながら身体を浮上させた真理音の耳にスマホがメッセージを受信した音が届いた。


 確認すると真人からだった。おやすみ、という短い四文字だけ。だが、その短いメッセージさえもが真理音には嬉しいものだった。


 ああ、やっぱり――


「好きです、真人くん」


 自分の気持ちを再確認した真理音。

 この恋は間違いではなく正解だ。だからこそ、真人を好きで居続けよう。そう強く決心した。


 そして、入浴を終えると寝る準備を済ませベッドに潜り込んだ。傍にあったマナトぬいぐるみを抱きしめて。


 真理音にとって間違いなく大きな一歩を踏み出せた一日。その終わりを真人をマナトに重ねながら共に静かに迎えた。

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