第53話 寂しがりのグイグイは進化した

 講義も終わったようで、また周囲からの音が聞こえてきた。俺と真理音は何も言わなかったがふたりして立つと部屋を出ようとした。

 その際、真理音に背中を叩かれ振り返る。


「真人くんに好きだと言えて胸が苦しかったのもすっきりしました」


「そ、そうか……」


「はい。あの、大切なことを伝え忘れていたのでいいですか?」


 好き以上に何を言われるのかと思うと怖い。心構えをしっかりさせないと真理音に殺られそうになる。


「いいぞ」


「私を見つけてくれてありがとうございました」


 それは、思ってた以上に普通のことで思わず拍子抜けしそうになるほどの感謝の言葉だった。


「……言っただろ。かくれんぼで負けたことがないって」


「ふふ、お強い真人くんに見つけてもらえてとっても幸せです」


 そう言い残すと真理音は俺を残して部屋を出ていった。まるで、勝ち逃げをしたかのように。


 真理音が出ていった扉を見る。


 この一歩を踏み出すと真理音の告白がなくなるような気がする。でも、それは、俺次第。俺が真理音のことを言われたように特別に意識をすればここでなくならない。


 俺は頬を二回叩いた。


 真理音から言われたことを胸に刻みなかったことにしないため。そして、俺がちゃんとするまで真理音とこれまで通りを続けるために。



「真理音~!」


 斑目と合流した瞬間、彼女は真理音を抱きしめた。ぎゅうっと力強いためか、少しだけ真理音が苦しそうにしている。


「すいません、九々瑠ちゃん。心配かけて」


「ううん、私が悪いの。私の配慮が足りなかったから。アイツにはキツく言っておいたからね。それよりも、真理音は大丈夫なの? 無理したりしてない?」


「はい。真人くんに見つけてもらって、こうして九々瑠ちゃんに抱きしめてもらっていますから」


「ああ、真理音が無事でほんとに良かった」


 大袈裟だと思うがきっと斑目は俺よりも真理音のことを詳しく知っているのだろう。だからこそ、守ってあげたくなるような寂しがりの真理音を心配するのに過剰になってしまうのだろう。


「星宮、よくやったわ。褒めてあげる」


「……俺はなんもしてねーよ。それより、翔の馬鹿はどうした?」


「怒るだけ怒って、一緒にいたくないからどっか行ってって言ったらどっか行ったわ。星宮の荷物は私が預かってるから。はい」


 斑目から荷物を受け取る。


「で、星宮。真理音に変なことしてないでしょうね?」


「してねーよ」


「本当でしょうね? 真理音も何もされてない?」


「はい。むしろ、私が真人くんに変なことしてしまいました」


 おい、それを、言っちゃうのかよ!


「そう。それなら、良かったわ」


 おい、どうして、納得するんだよ!


 俺には真理音のことも分からないがそれ以上に斑目のことが分からない。斑目の頭のネジは何本も外れている、そう思い込まないとやっていけない。


 と、突然、スマホが震動した。確認すると翔からだった。何やら、真理音に謝っといてくれとのことだ。


「真理音。翔が悪かったって。これからは口数を少なくして静かにするって」


 斑目から何を言われたのかは知らないが随分と怖かった、ということだけは伝わってきた。


「いえ、そのおかげで真人くんに……ですから気にしないでくださいと伝えてください」


「わ、分かった」


 真理音が何を言いたいのかを理解した俺は頬が熱くなるのを感じた。そんな姿を見られたくなくて踵を返した。


「九々瑠ちゃん。真人くんって可愛いと思いませんか?」


「そうね。まるで、何かを隠すように振り向いちゃって……ねぇ~星宮、急に後ろを向いたりしてどうしたのよ?」


「う、うるせー。なんだっていいだろ」


「人と話す時は目を見て話すって真理音に言われなかったの?」


「そうですよ、真人くん。真人くんの恥ずかしがってる顔、見せてほしいです」


「ひ、卑怯だぞ、ふたりして。特に真理音。俺をこんな風にしたのは真理音だろ!」


「そうですね。でも、私には責任をとる覚悟があるのでなんとでも言ってください。私にはそれも嬉しい言葉ですから」


 これまで通りと言ったのは真理音のはずなのに全然これまで通りにしてくれない。むしろ、よりグイグイくるようになった。


「ぐ、ぐぐ……と、トイレ、行ってくる」


 俺は逃げ出した。ふたりがにやにやしている視線を背中に受けながら逃げ出した。トイレの鏡で見た、俺の顔は誰にも見られたくないほどに赤くなっていた。



 まだ、ドキドキしてる。今日はもう静まりそうにない。


 真理音は告白してくれたにも関わらずいつも通りにご飯を作ってくれた。俺のことを好きな女の子が作ってくれたご飯、そう認識すると美味しさが何倍にも膨れたような気がした。


「ほんと、俺なんかのどこがいいんだか……」


 真理音は俺のことを好きだと言ってくれるが俺には自分に魅力があるとは思えない。容姿も普通、頭だって賢くないし運動だって人並み。平々凡々の男だ。真理音が大事にしている絵を返したことで俺を好きになったのならありがたいけど勘違いだと言いたい。


「そもそも、あれは俺の罪滅ぼしみたいなもので決して真理音のためだったとかじゃないんだよなぁ……」


 あの日、俺が作った上辺だけの友達のひとりが斑目に告白しフラれた。真理音のことを陰で悪く言うあんたなんかと付き合うわけないでしょ、と言われたらしい。その逆恨みでそいつは真理音の絵を破って捨てたのだ。それを、止められなかった俺はゴミのようになった真理音の絵を拾って修復出来る限りで努力してなんとか返すことが出来た。


 そう、あの事は俺がもっと本気で止められただろ、という後悔をしたくないだけでやった、なんてことのないただそれだけのことなのだ。


 それが、真理音にとっての嬉しいことならばとやかく言わないが本当にそれだけのことなのだ。


「けど、真理音は俺のことを好き、なんだよな」


 何事もなく、笑って帰っていった姿を思い出す。

 真理音は可愛いし優しいし一緒にいて楽しいと思える存在だ。好きか嫌いかのふたつに分けるなら間違いなく好きの方に傾く。ただ、向けられたのはそんな単純なものじゃない。俺が琴夏に対して抱いたやつと同じで真理音のは本気のやつだ。

 俺の気持ちと真理音の気持ちは恐らく微妙なズレで絡まない具合なのだろう。


「そのズレをどうするか……くそ、勉強したいのに真理音のことばかり頭に浮かぶ」


 その時、スマホからメッセージを受信した音が鳴った。真理音からだった。内容は――


「……ほんと、ズルい」


 好きです、の一言だけだった。

 何が好きなんだ、という野暮な返事はしない。流石に告白までされてそんなことは言えない。


 これから先、真理音とどうなっていくのかはまだ分からない。ただ、確実に俺達の何かが変わっていく。そう思えて仕方なかった。





 二章完

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