第52話 寂しがりの好きは友達としての好きと違う

 俺は翔に真理音は斑目に荷物をどうにかしてもらうことを頼み読書室で座って話をしていた。どうやら、真理音は少しでも話をしていたいらしく会話が止まない。


「真人くんが見た絵はですね、お母さんと一緒に描いた特別な絵なんです」


「へぇ、そうなのか。真理音のお母さんも絵が凄く上手かったんだな」


「ふふ、そうなんです。昔は無名のイラストレーターとして活躍していたみたいで」


「じゃあ、真理音が絵を書くのが趣味なのは」


「はい、お母さんの影響なんです。昔から、私は引っ込み思案で誰かと関わるのが怖くてひとりぼっちでした。でも、家に帰ってお母さんと絵を書いているだけで幸せだったんです」


「そっか。だから、あんなに上手に絵が描けるんだな。スゲーよ」


「ふふ、真人くんに褒められるの好きです。これからは、もっと沢山褒めてほしいです」


 甘えるような声で言われ、思わずドキッとする。

 真理音は自分のことを色々と言っていた。

 弱くて、怖くて、不安で、引っ込み思案で……でも、俺はそうは思わない。本当にそうならば、俺に声をかけようと思わないはずだ。こうも自分のことを話せたりしないはずだ。

 だから、本当の真理音は強いと思う。


 そうでないとこんなにもグイグイきたり出来ないもんな。


「褒めてって言われると難しいな……いつも、ご飯を美味しく作れて凄い、とかでもいいのか?」


「ふふ、なんだっていいんです。真人くんから褒められることが嬉しいんです」


「そっか……頑張るよ」


「真人くん、近くに寄ってもいいですか?」


「これ以上は難しいって思うんだけど……」


「こうやって近寄れば可能だと思うんですけど」


 四つん這いになってすり寄ってくる真理音。その動きは猫みたいに可愛く、思わずおいでおいでと腕を開きそうになる。


「真人くん、どうして後ずさるんですか?」


「い、いや、もし誰かに見られたら何してるのかって注意されそうで……後、緊張するっていうか」


 これまでに真理音と密着したことは何度かあった。ただ、それは、広い空間でのこと。ここは、狭い。既に、互いの息が聞こえるほど近くにいるのにこれ以上近くとなると変な気分になってしまいそうになる。


「そ、それよりさ、真理音の話を聞かせてくれよ」


「いいですよ、何が聞きたいですか?」


「そうだな……あの花の名前、教えてくれ」


「あの花はですね、私なんです」


「真理音?」


「はい、私です」


「真理音って花があるのか?」


「ふふ、ポンコツ真人くん可愛いです」


「……馬鹿にしてるのか?」


 楽しそうに笑っている真理音を余所目にスマホで調べてみることに。平仮名で入力しているとある花が引っ掛かった。

 茉莉花ジャスミンだ。

 茉莉花は七月から九月にかけて咲き、香りがとてもいいことから別名「香りの王様」とも呼ばれているらしい。


 なるほどな。誕生日も七月だし、真理音の香りが良いことも茉莉花と重なってる。


 それに、極めつけは花言葉。


 茉莉花の花言葉は愛想が良いや愛らしさ。絵に描かれていた黄色茉莉花にはさらに優美や優雅な意味まであるらしい。


 うん、真理音にバッチリな花言葉だな。

 ただ――


「これ、字が違うけどそこはいいのか?」


「はい。お母さん、少しポンコツだったらしくて間違えたらしいです」


「へー……」


 うん、スッゲェ納得。真理音の天然ポンコツは母親譲りってことか。きっと、真理音は母親似なんだろう。てことは、真理音のお母さんも美人なんだろうなぁ。


「ん、そもそもなんだけどさひとりが寂しいなら実家で暮らしてたら良かったんじゃないか?」


「それはもう、叶えたくて叶わないことなんです……亡くなったんです、病気で」


「ご、ごめん!」


「いえ、大丈夫です……もう、随分と前のことですので」


 俺は何をやっているんだ。折角、笑顔になったのにまた悲しそうな表情にさせて……最悪だ。


「その、何か出来ることはあるか?」


「気を遣ってくれなくて大丈夫ですよ。本当に随分と前のことですので」


「そうじゃないんだけど……いや、俺は何を言いたいんだ?」


 頭がこんがらがってくる。真理音に言いたいことが沢山ある。でも、こんな時、何を言ったらいいのかが分からない。


「とにかく、あれだ。何か困ったことがあったら俺に言ってくれってことだ。その、お向かいさんだし友達だから……力になりたいんだ」


「ふふ、では、早速ひとついいですか?」


「速攻だな……で、何に困ってるんだ?」


「さっきから胸が苦しくて仕方ないんです」


「あー、狭いし空気薄くなってきたんだな。そろそろ、出よ――」


「好きです、真人くん」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 空気が薄くなってきたせいで頭がおかしくなり、幻聴でも聞こえたんだと思った。


「好きです、真人くん」


 もう一度言われ、それが幻聴でもなんでもないことを告げられた。


「お、俺も好きだぞ、友達としてな。って、この前も言っただろ。あんま、言わせないでくれ。恥ずかし――」


「違います。私は真人くんのことをひとりの男の子として好きなんです」


「……っ、や、その」


「ふふ、照れてる真人くんも可愛いですね」


 恐らく、真理音に言われた通り、俺の頬はかつてないほど赤くなっているのだろう。

 当然だ。告白なんてしたことはあってもされたことはない。初めての経験だ。その相手が真理音みたいに可愛くて沢山尽くしてくれている女の子。赤くならない訳がない。全身の血が逆立つように熱い。

 でも、俺は――。


「……真理音、俺――」


 この選択で真理音との関係が壊れると思うと情けない話だけど声が出なかった。

 すると、真理音は優しい笑みを作って微笑みかけてくる。


「真人くん、自分勝手ですけどまだ応えを出さないでください。私が言い出したことですけど、真人くんもすぐに元カノさんのことを忘れることは出来ないと思いますし、同情から応えてもらうのも違いますので」


「……ごめん」


「真人くんが謝ることじゃないです。私が言っておきたかっただけですので」


 それに、と真理音は俯くと「待つことには慣れていますので」とぼそりと聞こえない声で呟いた。


「私としては都合のいい女の子、でもいいんですけど真人くんのことだからそれは許してくれないでしょう?」


 勝手だけど真理音の言う通り、そんな関係は嫌だ。付き合う、付き合わないの線引きははっきりとさせたい。


「そう、だな……」


「真人くんならそう言うと思ってました」


「ほんと、俺のこと分かってるよ。よくな」


「ふふ、真人くんのこと好きですから。だから、真人くんが自分の気持ちに応えを出せた時は返事を聞かせてくれませんか? どんなものでも受け入れますので。……ただ、嬉しいものだと私は凄く喜びます」


「それって、もう決まってんじゃ……」


「まだですよ。ただ、そうなるように私はこれからも頑張ろうという決意です」


 やっぱり、真理音は強い女の子だ。俺なんかよりもずっと。


「だから、それまでは、これまで通り友達でいてください。変に意識してギクシャクされて仲が悪くなるのは嫌ですから」


「そんなの難しいだろ……」


「そうですね。では、少しだけ私のことを特別に意識してくれると嬉しいです」


「ズルい……」


「ふふ、女の子はズルいんですよ。特に好きな人を相手にすると」


 人差し指を口に当て片目を閉じる真理音。

 そのポーズは恋愛ドラマで女優が好きな人を前にしてやるようなものと同じだった。真理音の方が似合っているが。


 俺の中で真理音とどうこうなりたいとかはまだ芽生えていない。友達としてこのままでいられたら……そう思っているからだ。

 真理音はまだ応えを出さないでいいと言ってくれている。でも、一度告白したことがあるから分かる。返事を待つのは凄く怖いものだと。

 だから、今すぐ返事は出来なくてもこれだけは――。


「真理音、ありがとな。その、好きって言ってくれて……嬉しいよ」


 素直な気持ちだけは伝えよう。こんな、弱い俺のことを好きだと言ってくれて嬉しかったのだから。


 今はこんな返事しか出来ないけど……いつか、ちゃんと返事をしよう。必ず。

 真理音の笑顔を見て、強く決心した。

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