第51話 知ってた
「ごめんなさい、真人くん。私、ずっと嘘をついていたみたいに真人くんに同じクラスだったことを黙ったままで……」
真理音は弱々しく、頭を下げてくる。
「そんなことしなくていい。真理音が謝ることじゃない」
「ですが、気持ち悪いと思いませんか? あの頃は勇気を出せなくて真人くんに話しかけることすら出来なかった私が今になって真人くんに話しかけるなんて……」
「んなことあるわけねーだろ。今は真理音と友達になれて良かったって思ってるんだ。きっと、真理音が話しかけてくれなかったら俺はあのままで何も変わってなかったと思うし」
それに、謝るのは俺の方にある。
「私、真人くんがずっと憧れの人だったんです」
「憧れ?」
「はい。私をいじめないで普通に……いいえ、とても優しく接してくれた男の子。それが、真人くんなんです」
真理音の話によると、誰かに破られた大切にしている絵を俺が元に戻そうとし、絵が上手だと言ったこが当時の真理音にはすごく嬉しいことだったらしい。
「本当はあの頃から真人くんと仲良くなりたかったんです。でも、出来なかったから、同じゼミになると知って、変わった私なら仲良くなれるんじゃないかなと思ったんです」
「そ、そっか……」
……って、そうじゃない。そうじゃない。今は、それどころじゃない。そんなこと言われて単純に嬉しい。
でも、今はそれより――。
「あのな、真理音。その、色々言ってくれた上でこんなこと言うのはあれなんだけど……知ってた」
「しってた……?」
「知ってた」
言葉の意味を理解できないのか真理音は首を傾ける。
「そのな、真理音と同じクラスだったってこと……知ってた」
「えっと、ちょっと待ってくださいね。今、夢から覚めますので」
自分の頬をつねる真理音。しかし、それになんの意味もないことは分かっていた。
「痛いだけです」
「だろうな。夢じゃないし」
すると、ようやく理解したのか顔を赤くした真理音。恐らくだが、勘違いしていたことが恥ずかしいのだろう。
そりゃ、そうだ。自分が隠しきれていると信じているものが実は筒抜けでしたってオチは無茶苦茶恥ずかしいものだ。
「ど、どどどど、どっ」
「どうして、って言いたいのか?」
混乱して呂律までもままなってない。コクコク頷いて求めてくる。
「飲みに行った日あっただろ?」
「はい」
「あの日、見たんだ。真理音の部屋にある机の上にあったボロボロの花の絵を」
あの日、無防備な真理音をずっと見ているとどうにかなりそうだった俺は気を紛らわせるために真理音の傍を離れた。リビングで寝よう。そう思い、部屋を出ようとした時、それを発見した。ボロボロになった画用紙に描かれている花の絵を。
それを見た瞬間、雷にうたれたように思い出した。真理音と同じクラスだったこと。少しだけ関わったことがあったことを。
そして、ようやく理解することが出来た。真理音が言っていた知り合いでしたよ、という本当の意味を。
「あの絵、スゲー上手かったって覚えてたし……何よりさ、セロテープでくっつけるのスゲー難しかったよなってことも思い出したんだ。そしたら、自然と真理音のことも思い出してさ」
「私は絵やテープの次だったんですね……」
「うっ、仕方ねーだろ。真理音と話したのってあの時だっただけだし」
「そうですけど……悔しいです」
「それで、思い出したけどさ、真理音は同じクラスだったこと言わないし黙っときたいのかなって思って俺も黙ってたんだ」
「そ、そうだったんですね……あれ、では、私が変にごちゃごちゃ考えずに話していればこんなことにならなかったんじゃ……」
「いや、俺が真理音のことを忘れてたのが元凶だし翔のやつがペラペラと喋ったのが悪いから真理音のせいじゃない。その、真理音はずっと覚えててくれたのに俺は忘れてて本当にごめん」
どうしてマンションで見かけた時、真理音だと気づけなかったのか。今になって思い出せば、すぐに分かるのに。いや、もっと真理音と関わっていれば良かったのだ。斑目の友達だという認識があった。だから、斑目が俺に絡んでくると同時に俺も真理音に話しかければ良かった。そしたら、何かが変わっていたかもしれないのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
「仕方ないですよ……私、本当に暗くて地味で目立たなくて……空気でしたから。でも、真人くんは絵を見ただけで思い出してくれました……そのことが、とても嬉しいです」
「ま、真理音っ!?」
「あれ……?」
真理音の目から一粒の涙が溢れ落ちる。急いでそれを拭う彼女の姿をなんだか見てはいけないような気がして目を逸らした。
「真人くん、私、本当はこんなんじゃないんです。弱くて、怖くて、不安で、引っ込み思案で……なのに、ひとりは寂しくて誰かに傍にいてほしいって思っちゃう自分勝手なんです」
「うん、それも、知ってる。真理音のこと見てるからそれくらい分かる」
「っ、真人くん……これからも、私は真人くんの傍にいてもいいですか?」
「当たり前だ。俺達、友達だからな」
俺と真理音は友達。だから、傍にいるのは当たり前のことだ。仲良し度200%の大の仲良しなのだから。そう簡単に離れることはない。
真理音の目から落ちる涙を指で拭う。
「さっき、約束したばっかだろ? 夏休みプールにも行くしテニスの試合も見に行くって。それに、いつもいるはずの真理音が傍にいないのは嫌だって思うからな……」
「真人くん……」
「だからさ、もう泣き止んでくれ。どうしたらいいのか分からなくて困る。見せるなら笑ってる顔を見せてくれ」
「ふふ、真人くんにそう言われるといつまでも泣いてなんていられないですね」
そう言いながら浮かべた真理音の笑顔はなんだか本当の彼女が笑ったように見えた気がした。
「うん、やっぱり、真理音は笑ってる方が良いよ」
その時、外から多くの話し声が聞こえてきた。時間を確認すると次の講義が始まる少し前になっていた。
「そろそろ、行くか」
立ち上がるとまた真理音に腕を掴まれる。
「今日はこのままサボりたいです……付き合ってください」
「俺はいいけど……真理音はいいのか?」
「はい。ここで、ゆっくりしてたいです」
普段から、サボらない真面目な真理音が言うのだからよっぽどのことなんだろう。なら、テスト前とか関係なく俺はそれに付き合うだけだ。
「じゃあ、サボっちゃうか。自由にサボったり出来るのも大学生の特権だしな」
人は誰しもサボりたくなる時がある。
真理音にとってそれが今日だというだけ。
可愛らし笑顔を浮かべ、彼女は今日少しだけ悪になった。
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