第50話 かくれんぼで負けたことがないんだわ
明後日まで迫ってきたテストのために今日も勉強。今日は斑目も参加して、三人で大学の食堂で勉強していた。
といっても、賢いふたりは勉強していない。真理音は俺の面倒、斑目はそんな真理音を見ているだけ。
「なぁ、そろそろ勉強しなくていいのか?」
「真人くん、教えている方も実は勉強になるんですよ。だから、これも勉強です」
「そうよ。あんたが一番頑張らないと計画が崩れちゃうんだから頑張りなさい」
「いや、斑目に関してはただ真理音を眺めてるだけだろ……って、計画? 計画ってなんのことだ?」
「あれ、真理音。まだ、言ってなかったの?」
ほんと、真理音に対してだけ優しい笑顔向けすぎだろ。で、どうしてか真理音は恥ずかしそうにしているし……計画ってなんなんだ?
「あの、少し恥ずかしくて……」
「そうよね。ごめんね。気づいてあげられなくて。私が言おうか?」
「い、いえ。元はと言えば私が言い出したことですし私が」
「そう。偉いわ。頑張って」
「はい」
なんのことか知らんが勉強しよ。
シャープペンを手にして、プリントと向かい合う。次の瞬間、真理音に呼ばれて顔を上げた。
目が合うと逸らされる。が、決心したようなキリッとした目になってこちらを向き直る。
「ま、真人くん。夏休み、三人でプールに行きませんか!?」
「嫌だ」
「なんでよっ!」
キレたのは斑目だった。顔を真っ赤にしてまさしく鬼の形相。このままじゃ、胸ぐらを掴まれそうな勢いまである。
「折角、真理音が勇気を振り絞って誘ったんだから付き合ってあげるのが礼儀でしょ? 馬鹿なの? 死にたいの? ねぇ?」
「いや、プールって汚いだろ? 日焼け止めとかで足場はぬるぬるしてるし水中にも何が混ざってるか分からないから行きたくないんだよ」
「あんた、それ、真っ当な意見だけど友達なくすわよ?」
「ふん、友達なんて……」
あれ、どうしてだ? 友達なんて必要ない、って言えない。喉に詰まって言葉がでない。
「お、俺がいなくてもふたりで行くんだろ? だったら、俺は――」
「わ、私は真人くんも一緒がいいです……一緒に行きたいです」
真理音のお願いだから出来れば叶えてあげたい。でも、プールも海も最近は何が混ざってるか分からなくて怖いんだよなぁ。
「星宮。あんたはプールに浸からなくていいわ。ただの用心棒としてついてきなさい。こんな美女ふたりが水着姿で歩いてたらどこの馬の骨かも分からないクソ男どもに声をかけられるに違いないわ。その用心棒になりなさい。対価は私達の水着姿よ」
真理音(と斑目)の水着姿か……小説の参考としてふたりがどんな水着姿になるのか気になるってのはある。や、決して、個人として真理音の水着姿を拝みたいという訳ではないがあくまでも知識の欠片として知っておきたい。
「分かった。行く。行くよ」
それに、確かに真理音がクソかは知らないけど男どもに声をかけられるのはなんか感じるものがあるし。
「だってさ、真理音。良かったね」
「はい。九々瑠ちゃんのおかげです」
嬉しそうに微笑む真理音を愛でる斑目。
そんなふたりと俺はプールに行く。そう考えると不思議な気持ちになる。
ああ、分かった。俺は真理音に変えられているんだ。友達なんて必要ない、なんて思えなくさせられているんだ。
プールのためにせっせと勉強しなさい。そう斑目から命令され、ひたすらにシャープペンを走らせる。
大学のテストにおいて必要なことは暗記だけ。ほぼ、全科目マークシート方式だから暗記すればそれは大いなる武器となるのだ。
書いて覚え、口にして覚える。繰り返す。
そうしている時だった。
「よ、真人。何してるんだ?」
と、翔が声をかけてきた。
「見て分からないか? テストに向けて勉強してんだよ」
「へー、珍しいこともあるもんだな。しかも、珍しいメンツで。斑目と……二条も一緒か」
「えっ……」
真理音が目を大きく見開いて翔のことを見る。
すると、翔はそれが不思議だとでも言うように真理音に笑いかける。
「何、驚いてんだよ。俺ら全員一年の時、一緒のクラスだったじゃん。確かに、二条は随分変わったけど忘れるほどじゃ――」
翔の言葉を遮って、真理音は走りながらどこかへ行ってしまった。その際、すごく暗そうな表情を浮かべて。
「え、何々? なんか、不味いこと言った?」
突拍子過ぎて、訳が分からなそうな翔。俺だって、どうしたのか分からない。真理音のことが気になるだけ。
「あんたね……星宮。早く、追いかけてあげて」
「え……」
「早く!」
「わ、分かった」
斑目に言われ、席を立つ。
「お、俺も探した方がいいのかな?」
「あんたはここにいなさい! いいわね、一歩も動くんじゃないわよ。一言だって話すんじゃないわよ。その口を塞ぐことだけに意識を集中してなさい!」
不安そうな翔に向かって斑目は今までに見たことないくらい怖い顔をしている。翔も恐怖を感じたのか黙ったままコクコク頷いている。
「星宮は早く!」
俺は走り出した。よく分からないが真理音のために走らなければいけない気がした。
けど。
「どこ行ったのか分からねぇ……」
大学は基本的にどこにでも誰でも入れる。高校ほど厳しく出入りが制限されていない。真面目な真理音のことだ。残ってる講義を休むとは思えない。だから、まだ大学の敷地内には残っているはず。
出てくれるかは分からない。でも、電話した方が全教室を探すよりは確実だ。
「…………」
「真理音……?」
電話には出てくれたが、返事はない。
「今、どこにいる?」
「すいません……いきなり、いなくなったりして」
「何か事情があるんだろ?」
「……すいません。落ち着いたら戻るので九々瑠ちゃんに悪いですけど荷物とかお願いしますって伝えてくれますか?」
「分かった。でも、真理音は大丈夫か?」
「……はい、大丈夫ですから」
「分かった。大丈夫じゃないんだな」
大丈夫じゃないことくらい、震えた声を聞けばすぐに分かった。
「えっ……」
「俺、かくれんぼで負けたことないんだわ。だから、待ってろ」
電話を切ると走り出した。
真理音の居場所は大体分かった。真理音の声以外の音が聞こえなかった。つまり、真理音の周囲は静かだということ。食堂からの短時間でそんな静かな場所は限られる。図書室だ。
ただ、図書室にいる場合、真理音は電話に出ないだろう。だから、俺が向かうべき場所は――。
「――見つけた」
「真人くん……」
扉を開けるとそこには弱々しく、床にへたりこんだ真理音がいた。
「どうしてここに……?」
「ちょっと、考えたんだよ」
図書室の横には借りた本を静かな場所で一人で読める読書室が数室ある。
条件から見出だした答えがここだった。
ふたりも入ると若干狭くなるが扉を閉めて真理音に近づく。目線を合わせるためにしゃがむと真理音はビクッと目を閉じた。
怒られるとでも思ったのだろう。
「ふぅ、近くにいてくれてよかったよ。見つからないままだったら斑目に何をされてたか分からないからな」
「すいません……」
しゅんと落ち込む真理音。そんな真理音を傷つけないようにするのが俺の役目だと思った。
「いいよ。寂しいって泣かれたくないしな」
ニヤッと笑うと頬を紅潮させ、少しだけ恥ずかしそうにしてぎこちない笑みを作った。
「で、どうしたんだ? あ、話したくないことなら聞かない」
「話したくないことではないんです。でも、真人くんになんて思われるかを考えると怖くて……」
「それは、話すの難しいな」
人は相手の評価によって自分を形成するものだ。どれだけ自分で自分はこんな人だと思い込んでも、それは他者からの評価によってそう思い込んでいるだけ。つまり、ただの洗脳だ。
だからこそ、相手の自分への評価が怖くなる。真理音みたいにひとりが寂しいと感じる子が相手から嫌われたことを想像すると言いたいことも言えないものだろう。
「正直に言うと心配だけど絶対に聞きたいとは思ってない。だから、真理音が判断すればいい。でも、ひとつだけ言っとく。俺は何を聞いても真理音を嫌いにならない。嫌いにならない努力をする」
「真人くん……」
「じゃ、戻るか。あんま遅いと斑目に心配かけるだろうしな」
扉の方に向かおうとすると真理音に手を掴まれ、止められる。
「もう少しだけ、遅くなりませんか?」
今にも泣きそうな声でそんなことを頼まれたら断れる訳がない。
俺は音を立てずに真理音の隣に座った。
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