第49話 寂しがりはご褒美に膝枕を用意する

 テスト前、最後の日曜日。

 今日も今日とて勉強三昧。朝からせっせとせっせとテストと夏休みに向けて頑張っている。

 のだが、少し気になることがあり調子が一向に出ない。集中できない。


「真人くん。ここ、スペルミスですよ」


「あ、ああ。そうだな。悪い」


「真人くん、どうしたんですか? 今日はミスが目立ちますよ。三回目です」


 心配した様子で覗き込んでくる真理音。

 その真理音本人が集中を削いできていることに気づいていないのだろうか。


「もしかして、勉強疲れで気分でも悪いんですか? 昨日も夜遅くまでみっちり勉強しましたし」


「あー、それは、誤解を生みそうだから公の場では公言しないようにな?」


 きょとんとした様子で首を傾げる真理音。

 ああ、言うだけ無駄だだな。そう確信した俺は話の軌道を逸らして気になっていることを直接聞くことにした。


「言って良いのか悪いのか分からなかったからスルーしてたけど……そのメガネどしたの?」


 そう。今日は何故だか真理音がメガネをしている。朝からだ。しかも、伊達メガネ。最初見た時は寝ぼけてるのかと思ったがそんなことはなかった。むしろ、気づいてほしそうにわざとらしくメガネをクイっとするのを何度もしていた。今も、ようやくですねと言わんばかりに目を輝かせている。


「ようやく気づいてくれたんですね」


 案の定、ほんとに言っちゃうし。

 隣に座る真理音は得意気な表情で胸をはる。その際にずりかけたメガネを慌ててセットし直していた。


「ずっと、真人くんが気づかないままでしたら落ち込んでいました。どれだけ私に興味ないんだろうって」


「いや、最初から気づいてたけどギャグのつもりなんじゃないかと思って黙ってた」


「なら、最初から言ってくださいよ~もう、真人くんは意地悪ですね~。女の子の違いは些細なものでも言ってあげるべきなんですよ?」


 うぜぇぇぇ! なんだ、この真理音のうざったい絡み。え、酔ってんの? 悪酔い状態なの?


「あの、露骨にうざそうにされると傷つきます」


「悪い。ついつい、顔に出てた。心の中だけにしとくべきだったな」


「うざいって思ったんですか!? 嫌いになったんですか!?」


「嫌いになんてならねーよ。うざいのはうざかったけど」


「ううっ、すいません……」


「で、どうしたんだよ。いきなり。伊達メガネなんてかけたりして。気分転換か?」


「九々瑠ちゃんが教えてくれたんです。女教師はメガネをかけて教えてあげることがてんぷれ?なのよって」


 アイツ、ほんとにろくなこと教えないな。そういうのはもっとセクシーで大人のレディーがやってこそ意味があ――


「あと、生徒が頑張ったらそれ相応のご褒美をあげるともっとやる気出すわよ、とも教えてくれました」


「詳しく聞こう。詳しく」


「え、あ、はい。なんだか、急に食いついてきたような気がしますが……そのですね。真人くんが頑張ってくれたらご褒美をあげようかなと思っています」


「因みに、そのご褒美とは?」


「そ、それは……」


 ごくり、と大きな唾が喉を通る。


「まだ内緒です。楽しみは後に残しておいた方が頑張れると思うので」


「……あ、うん、そうだな」


 って、言ってもどうせ頑張りましたねっていうお褒めの言葉をくれるだけなんだろう。こういう時にどんなことをするのか。恐らく……いや、完全に真理音は知らない。別に期待はない、と言ったら嘘になるが、期待しても無駄。むしろ、俺は夏休みのために勉強しているんだ。真理音のご褒美とかこれっぽっちも興味ない。


「どうですか? やる気、出ましたか?」


 これで、俺のやる気が出てパワーアップするとでも思ったら大間違いだ。だが、斑目から教えてもらった情報を信じきっている真理音を雑に扱うことも出来ない。少なくとも、メガネ姿の真理音を見れただけでお得なのだろう。

 なら、ここは。


「あー、うん、出てる出てるー。みるみるやる気がみなぎってくるー」


 俺のすんばらしい名演技で乗りきろう。それが、何事も起こさず平和をもたらすのだから。



「ふぅ。流石に疲れたな」


 テストは水曜日から始まる。今日を含めても後、四日しかない。もう、地獄はすぐそこまで迫ってきている。


「だからって、ちょっと根詰めすぎたかな。肩こりが酷い」


 結局、ご飯休憩やトイレ休憩以外、今日はずっと勉強していた。こんなにも机と向き合ったことなんて今までにないくらいだ。

 そして、真理音とも。

 つきっきりで勉強を見てくれた真理音とも朝からずっと一緒にいる。集中していたせいで忘れてたけど、こんなにも一緒にいたのって初めてだよな。


「真人くん、お疲れ様でした」


「真理音にも付き合ってもらって悪かったな。朝からずっとだったけど予定とか大丈夫だったか?」


「はい。例え、予定があってもよほどのことがない限りは潰しますので」


「真理音の口から潰すって単語が出るとちょっと怖いな」


「そうですか? そんなことよりもこっちに来てください」


 気にしない素振りで歩く真理音についていく。すると、真理音はソファの上に静かに腰をおろした。

 そして、頬を赤らめもぞもぞと身体を揺らすと太ももを二回叩いた。


「ど、どうぞ、お使いください……」


 一瞬、フリーズ。からの覚醒までにわずか数秒。


「また、マンガの影響か?」


「うっ、よく分かりましたね……」


「真理音がそんなことする時って大抵がマンガの影響からだからな」


「で、ですが、今回は違います。確かに、マンガにも載っていたのでいい方法かなと思いました。けど、この前、真人くんの膝の上に座らせてもらった時、なんだかすごく幸せな気分になったので……真人くんの疲れもふきとばせるんじゃないかと思ったんです」


「だからって、俺が座ったらそれこそ真理音が潰れちゃうだろ」


「あ、頭だけですよ。膝枕です」


 膝枕。なんて、素敵な響きなのだろう。だからって、ほいほいと寝転びにはいけないが。

 今日の真理音はショートパンツスタイル。つまり、白くてもちもちそうな肌の露出がいつもより多いというわけだ。それ即ち真理音の肌に頭を乗せることであって流石に出来ない。


「は、早くしてください……」


「……じゃあ、失礼して」


 男の決意なんてちっぽけなものですぐに揺らいでしまうものだ。そう、今の俺のように。


 真理音の太ももに頭を乗せて、真理音のことを見上げてみる。


「き、気持ちいいですか……?」


「さいっこうに気持ちいい……なんか、覚えたもん全部抜けそう」


「だ、ダメですよ。忘れないでください!」


「冗談だよ。流石に、そんなにすぐ忘れたりしないって」


「なんだか、真人くんだけ余裕じゃないですか? 私は今にも心臓がはち切れそうな気がしているのに」


「いや、俺だって余裕じゃないけど真理音が言い出したことだし、恥ずかしがってる姿を見上げるのも楽しいなって思って」


「み、見ないでください。体勢、変えてください」


「別にいいけど……それ、肌の密着度増すぞ?」


 体勢を変えると俺の頬と真理音の太ももがピタッとひっつくことになる。それに、気づいた真理音は唸り始めた。

 自分から言い出した手前、退いてとも言えないのだろう。かといって、このまま見られているのは恥ずかしい。どうしよう。と、葛藤しているのだろう。


 ほんと、ご褒美とか嬉しいけどもうちょい考えてからグイグイ来ればいいのに。


「あー、なんか、疲れもとれたしもういいや。ありがとな」


 これ以上、真理音を困らせるのも可哀想だと考え身体を起こす。


「あの、気持ち悪かったですか?」


「んなことないって。真理音の太ももは超気持ちいい。だから、自信もて」


「じゃあ、どうしていきなり離れたり……」


「そりゃ、もう十分なほどに堪能させてもらったからな。だから、落ち込まないでいいぞ。真理音が頑張ってくれたおかげで明日も勉強頑張れそうだからさ」


 元はと言えば、勉強を見てくれている真理音に対してこそご褒美を提供しなければならないのだ。なのに、恥ずかしい思いをしてまで俺を元気づけようとしてくれた。その気持ちだけで十分だ。


「夏休み、大丈夫そうですか?」


 ああ、不安だったのか。夏休み、本当に遊べるのか心配だったのか。


「おうよ。頼りない泥ぶねだけど大ぶねに乗ったつもりでいてくれ」


 真理音が感じているものをふきとばせるように力こぶを作って笑いかける。すると、真理音はくすくすと笑ってくれる。


「真人くんはやる時はやる男の子だって知ってるのでお願いしますね。夏休み、沢山楽しみたいですから」


「分かってるよ、任せとけ」


 さてと、もう少し勉強しようかな。この笑顔を絶やさないために。

 俺は机に向き直った。

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