第133話 寂しがりと大掃除

 クリスマスが終わればもう年末だ。

 今年の講義も無事終了し、ようやく短い冬休みに突入した。といっても、年が明けると一週間そこらで大学が始まるので本当に短い冬休みだ。むしろ、冬休みでもない。


「真人くん、大掃除しましょうか」


「嫌だ。冬くらいゆっくりさせてくれ。ほら、コタツがあったかいぞ」


 真理音はコタツに入ると普段からは想像できないくらい怠け者になる。だから、大掃除なんてことしたくないからこっちにおいで~と誘ったが手で結構ですとされてしまった。

 そして、動かせもしないくせに俺の両脇に手を入れてずるずると引きずろうと試みる。


「重たいです」


「意地でも動かないぞ。今日はゆっくりだ」


 それでなくても、明日は年内最後のバイトで大掃除させられるんだ。体力チャージが必要なんだ。

 コタツに必死こいてしがみつく。


「そう言いますか。なら、私にも考えがあります」


 そう言うと真理音は脇の下に入れた手をわしゃわしゃと動かし始め、俺をくすぐり始めた。


「ちょ、やめっ……」


「やめません。真人くんが動かないから強行手段です」


 真理音のくすぐりは脇が止まると次に腹へと移動してきた。繊細なまさぐりで俺を攻める真理音は途中から楽しくなってきたのか笑い声を漏らしていた。多分、もう目的を忘れてるんだと思う。


「さあ、これでも耐えますか? 耐えられますか?」


「いや、ごめん。普通に耐えれる」


 別にくすぐったいだけでコタツから出てまで逃げようとは思わない。真理音が楽しいならひとりで遊んでろ、と広い心を持って対応している。大人なのだ。


「ど、どうしてですか!?」


 お子様の真理音は自分の手付きにどれだけの信頼があったのかは知らないが、随分とショックを受けているようだった。

 ふむ、と考えコタツから身体を出した。

 悔しそうに床に手をついている真理音の隣にしゃがむ。


「強行手段とか動かしたいって思うならこれくらいはしなきゃダメだぞ」


「えっ? ……ひゃぁっ!」


 不思議そうにしている真理音の耳にふーと風を送るとびっくりしたように飛び跳ねた。赤くなる耳を急いで手で隠しながら、鯉がエサを貰うときみたいに口をパクパクさせながらこっちを向いてきた。

 なので、嫌味ったらしい笑みを浮かべてやると彼女はむっと怒ったようにしながらとても大きな声で名前を叫んだ。そう、今までに一度しか聞いたことのない声量で。



「まだ、耳がきーんってしてる……」


「知らないです。自業自得です。反省してください」


「はい」


 凄い早口で怒られた。といっても、本気で怒られている訳じゃない。まったくもう、ぷんぷん、といった感じだ。


「でさ、大掃除とか言ったけど掃除するものないだろ。自慢じゃないけど汚い部分とかないと思う」


「真人くんには心を綺麗にしてほしいです」


「辛辣だな」


 実際、俺の部屋に移動したけど別に大掃除しなければいけないことはない。強いていうなら布団を干すことくらいだろうか。


「真人くんはお忘れかもしれませんが私は忘れていません」


「何か約束してたっけ?」


「してません。これですよ、これ」


 真理音は勝手にタンスを開けて、ダンボールを取り出す。それを見て、確かに掃除しなきゃなと思った。


「私はですね、真人くんに出来ればこういうのを見てほしくないと思っているんです。真人くんも男の子だから、気持ちは分かるんですけど彼女としてこう感じるものがあるんですよ」


「まあ、付き合ってない時も結構な言い様だったけどな」


「す、好きな男の子がこういうのを持っていたらああなっちゃうんです!」


 あ、これ以上はからかわない方がいいな。話を元に戻そう。


「掃除なぁ……」


「い、嫌なんですか? 真人くんは私よりもあの中にいる人達の方がいいんですか?」


「そんなことない。真理音の方が好きに決まってるだろ」


「真人くん……」


 チョロい。ほんとーに、チョロい。本心だけどさ、そこで赤くならないでよ。いちいち可愛くて困っちゃうんだよ。


「たださ、前にも言ったけど捨てる時に周りの目がどうしても気になってさ。ここ、小さなお子様もいるしマンション内で問題にでもされたら怖いなって」


 すると、真理音は待っていましたよと言わんばかりに目を輝かせた。


「ガムテープでぐるぐる巻きにすれば大丈夫ですよ」


「ちゃんと持ってってくれるかなぁ」


 もちろん、お子様の真理音が提案した案を考えたことはある。でも、雑誌は自転車でおじちゃんが持っていくイメージがあったし、ゴミに出して取り残されてたら何とも言えないからしなかった。誰とも付き合わないとか決めてたし問題なんてなかったのだ。

 でも、今は真理音という彼女がいる。彼女がいるのに水着集をいつまでも残してるっていうのも嫌だ。


「じゃあ、その案でいくか」


「はい。もし、捨てられていなかったら燃やしましょう」


「怖いです、真理音さん」


 持参していたらしいガムテープで束になった水着集を覆っていく。それだけなのに、赤くなられると見ているこっちが辛い。肌が見えなくなってようやく治まったらしいけど。


 はい、大掃除完了。後はゴミの日に出すだけ。収集車さん、どうかお願いします。と、願いながらコタツに戻る。


「真人くん真人くん」


「今度は何?」


 駆け足で戻ってきた真理音は手に高校の卒業アルバムを持っていた。本棚の端に隠すように入れていたのがバレてしまったらしい。


「一緒に見ましょう!」


「年の瀬だから思いで巡り?」


「そんな感じです」


 興奮したままの真理音が隣に潜り込んでくる。これも、何回か経験してるけどやっぱり狭くて慣れない。

 ぱらっとページを捲ると三年生の時にクラスで撮られた集合写真が出てきた。


「真人くん発見です」


「早いな」


 一クラス四十人弱。俺は真理音が指差してくれないと自分で見つけられなかった。


「九々瑠ちゃんもいました」


 真理音には友達と呼べる人が斑目しかいなかったらしいから当然なのかな。


「ふふ、高校の真人くん……」


「……そんなに嬉しそうにされると恥ずいんだけど」


「嬉しいんですよ。あの頃は今みたいには絶対になれないって思ってましたから幸せなんです」


 そんなこと言われると何も言えなくなる。

 視線をアルバムに戻し、ページを捲る。以前、真理音に聞いた彼女のクラスを見つけ広げる。同じような集合写真があり、その中から彼女を探す。すると、自分の姿は探せなかったのに真理音の姿はすぐに見つけることが出来た。


「真理音見つけた」


「え、早くないですか?」


 うん、自分でも思った。


「でも、流石真人くんです。かくれんぼじゃ勝てないですね」


 そう言われてこの違いの意味に気付いた。

 俺は真理音を。真理音は俺を。自分よりも相手を見つけることが出来るのはきっとそれだけ強く想っているからなんだろう。


「でも、昔の私を見られるのはあまり……」


「今も昔も真理音は真理音だよ。確かに、見た目は変わったけどさそれは勇気を得るためだけ。何も変わってないよ」


 そりゃ、見た目が良くなった、というのはモテるためにはいいことだと思う。自分に興味をもってもらうのには見た目から、なんて話をよく聞くし。だからって、それが好きになる全てじゃない。


「俺は真理音がこの頃のままでも好きになってた」


 俺が真理音を好きになった……というより、いつの間にかずっと好きだったのは変わらず傍にいてくれたからだ。可愛いはその上に加えられる。原点はそこじゃない。


「だから、気にすることないよ。真理音はいつも真理音のままだから」


「……本当、真人くんは優しいです」


「真理音にそう言われると認めないとな」


 優しすぎる真理音が言ってくれたのだから。

 その後、手を繋いできた真理音と各々の思い出を語り合った。

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