第132話 寂しがりと外泊
俺と真理音が出掛ける日はどういう因果なのか、上手くことが運ばないことが多い気がする。
どうして急にそんなことを思ったかと言うと、正しくそれに直面しているからだ。
イルミネーションもそこそこにして帰ろうかと駅に向かって歩き出した時、弱かった雪がとても強くなっていった。まるで、神様が聖夜の恋人達に嫉妬して困らせてやろうかと企てたかのように。
そして、そのせいで電車が動かなくなってしまった。生きてきてこの現象は初めてだ。雪国でもないのに実際にあるんだな、とある意味感心しつつ、どうしようかと困っていると真理音がか細く囁いた。
――どこかで泊まって行きませんか?
きっと、あまり聞かれたくはなかったのだろう。本当に小さな声量だった。しかし、隣にいた俺の耳はちゃんとそれを捉えた。
だから、もう一度雪が降る町へと駅から足を向けた。
そして、駅前にあるまんが喫茶へ入った。
え、違うだろ? もっと、適した場所があるだろ? 知らない。そんな場所知らない。
例え、その場所を知っていても行く気はなかった。男がリードしろ、なんて言われたら押し黙るしかないが、そんなことより真理音が冷えて風邪を引かないようにすることの方が大切だからだ。
空いていたペアシートを頼み、軽食とドリンクバーを頼んでふたりきりになった。
真理音は興味深そうにずっとキョロキョロと首を動かしている。
「パソコンでもマンガでも何でも出来るけど何がいい?」
じーっとパソコンを凝視していたので起動して某人気動画サイトに投稿されている猫の動画を流した。
「他に何か見たいのがあればここをこうやってクリックすれば見れるからな」
流石にそれくらいは分かるだろう、と思いつつも疎いと言っていたので一応説明しておく。
「真人くんは何をしますか?」
「俺はちょっと気になった本があったから読書タイムに入りたい」
「分かりました。暫くは、別行動ですね」
「すぐ傍にいるだろ」
真理音が嬉しそうにパソコンに向き合ったのを見て壁に背を預けた。気になったタイトルの本をパラパラと捲り読書に集中する。
少しばかり、読書に集中してしまった。
ふと、隣を見ると四つん這いになった真理音がじっと動画ではなく俺を見ていた。
「飽きました」
どうやら、飽きたらしい。
時間を確認する。別行動を始めてまだ三十分くらいしか経っていなかった。
「早いな」
「相手してください」
「まだ、二冊しか読めてないんだけど……お腹空いたらポテト食べてていいんだぞ?」
注文してから少しして届けられたポテトを見て言うと真理音は頬をぷくーっと膨らませた。
どうやら、甘えたがりのかまってちゃんらしい。
仕方なく、詰められた空気を排出させるために指を頬にもっていく。安定したぷにぷに感を堪能しつつ押すとぷしゅーと言いながら空気が抜けていく。……言う必要はないと思うんだけど。あざとさ全開の無自覚だから憎めないんだよな。
「よっこいしょ」
「あ、おい」
伸ばしていた足の上……正確には太ももの上に向かい合う形で真理音が乗ってくる。軽いから耐えられるんだけど、何て言うかむずむずしてしまう。
「真人くん。ポテトゲームをしましょう」
「何となく、どんなゲームか分かった上でルールを知りたい」
「はい。ポテトの両端をお互いの口に入れてパクパク食べていく、というゲームです」
丸パクリじゃないか。ポッキーゲームの丸パクリじゃないか。
「著作権で訴えられるぞ。それに、あれは長くて緊張するから楽しいんであって」
やったことないから知らないけど、多分そうなんだろうと想像。
「これは、長さバラバラだし短いやつなんて口入れたらそのまま喉通って胃の中まっしぐらだろ」
「だから、長いのだけでやりましょう。短いのは食べさせ合いっこということで」
「分かったよ……じゃあ、ん」
適当に一口では食べれないポテトを咥えて待つと真理音も同じようにする。そして、お互いに冷めてしなったポテトを食べ始めた。
こう真っ直ぐ見つめると真理音を構成するパーツ一つ一つが改めてレベルの高いものだというのが分かる。単純に可愛いのだ。そして、そんな可愛い真理音の頬が赤く染まっていく。何で言い出したんだか。
これって、どうやれば勝敗がつくんだっけ。確か、恥ずかしがって先に離したら負け、だったかな。
ゲームは真剣勝負、をモットーにしているからそう簡単には離してやらなかった。せいぜい、後悔するくらい恥ずかしがればいい。俺が幸せな気分になれるから。
もう少しで唇がくっつきそう、という距離で真理音の動きが止まる。進むか退くかで葛藤しているのだろう。そんな姿をじっと見ていると意を決したみたいに進んできた。
気付けば前に進むためのポテトがなくなり、勝敗は分からなかった。
「……も、もう一戦しますか?」
「……望むところだ」
結局、長いポテトがなくなるまで勝敗が分からない勝負が続いた。
「ところで、真人くんは何を読んでいたんですか?」
真理音はさっきの勝負が恥ずかしかったのか俺の胸に背中を預けるような形に変えて聞いてくる。俺もあんまり見せられるような顔じゃないから助かった。
「って、これ」
どうやら、答える前に気付いたようだ。
「うん、真理音が読んでる少女マンガ」
「ど、どうしてですか?」
「たまたまだよ。たまたま目に入ったから」
真理音との会話を少しでも増やしたくて、何て女々しい理由は口が裂けても言えない。
「どうでしたか?」
「面白かったし続きも気になるから最初から購入しようかと考えてる」
「それでは、今度貸しますよ」
「いいのか?」
「はい。マンガの貸し借り、やってみたかったんです。だから、真人くんも何か貸してください」
「了解」
真理音が読んで楽しめそうなものって何かあったかな、と考えていると可愛らしいあくびが聞こえた。
「そろそろ、眠い?」
「はい、少しだけ。今日はあまり眠れてなくて」
恐らく、昨日お仕置きと言って長時間真理音を抱きしめて帰るのが遅くなってしまったからだろう。悪いことをした。
「じゃ、そろそろ寝るか」
「……このままでもいいですか?」
「いいけど、お互い身体がこりそうだな」
「そしたら、またマッサージし合えばいいですよ」
また、と言われて思い出す。真理音のお尻で背中に乗ってもらったこと。真理音を気遣って度々ご飯のお礼に肩を揉んでいること。
どうやら、肩がよくこるらしいのだ。深くは追及しないけど。本人も分かっていないご様子ですし。
「そうだな」
と、短く答えふたりで包まれることが出来る大きめのタオルケットを真理音の上からかぶせる。
「ごめんな、お泊まりがこんな感じになっちゃって。折角のクリスマスだってのに」
「真人くんが謝ることじゃないですよ。天気なんて誰にもどうこう出来ません。それに、真人くんと一緒なら私はどこでも嬉しいですから」
見上げるような形の真理音は本当に満足しているんだということが分かる笑みを見せてきた。
「それに、昨日今日ととても楽しかったですから」
「俺も……凄く楽しかった。真理音といれて嬉しかった。ありがとう」
「来年も再来年も……ずっと、楽しみましょうね……」
やがて、ゆっくりと目を閉じて真理音は眠りについた。安心しきった様子で体重を預けたまますやすやと眠る。そんな彼女の腰辺りにタオルケットの下で腕をそっと回した。
別に抱きしめたかった訳じゃない。常に抱きしめていたいほどそんなに欲求不満でもない。これはそう。落下阻止だ。寝ている間に真理音が落ちるのを阻止するために施した手段だ。だから、勘違いしないように。
「おやすみ、真理音」
俺も同じように目を閉じた。
真理音が落ちないようにとする腕に力を少し加えて、より密着さを増して。
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