第131話 寂しがりとイルミネーション

「何をにやにやしているんですか?」


「あ、ごめん。母さんから愛奈の写真送られてきてさ」


「愛奈ちゃんのですか?」


 うん、と答えてからスマホに写し出されている愛奈の写真を向かいにいる真理音に見せる。


「可愛いですね」


「そうだろ? にやけるのも仕方ないだろ?」


 愛奈はサンタクロースの衣装を身にまとっていた。ケーキを食べて喜んでいる姿やプレゼントを貰って笑っている姿など、クリスマスに関しての可愛らしい写真が何枚か送られてきていた。それを見て、ついにやにやしちゃったというわけだ。


「……で、真人くんはまた私よりも愛奈ちゃんの方が可愛いと思ったんですか?」


「えっ?」


 むぅ、っと頬を膨らませた真理音がじーっと問い詰めるように見てくる。

 問いかけても返事はない。

 ただ黙って見てくるだけ。


「こ、これは、そうだな。動物を見て、自然と微笑んじゃうやつと一緒だよ。ほら、可愛いものを見ると幸せになるだろ?」


「真人くんの言うことは分かります。では、私が愛奈ちゃんと同じ格好になれば微笑んでくれますか?」


 そりゃ、昨日想像した通り微笑んじゃうに決まってるだろうけど、実際のところ彼女にサンタコスしてもらう彼氏ってのはなんかこう……絵面がよくない気がする。


「そりゃ、微笑むどころか抱きしめるけどさ……するの?」


「い、一応のためです。恥ずかしいじゃないですか」


「似合うのは絶対だけどな」


「そ、そういうのいいですから……昨日、九々瑠ちゃんにも同じようなこと言われました。だから、持ってるんです」


 ごそごそとカバンの中を漁る真理音。何を取り出すのか心配でならない。まさか、公共の面前で真っ赤なサンタコスチュームを出すんじゃないだろうな? お店の人から追い出されたくないぞ。まだ、注文済ませただけで何も口にしてないんだから。


「こ、これです」


「真っ白いひげ?」


「は、はい。これを、こうやって」


 取り出されたひげを口に当てて恥ずかしそうにする真理音。


「ど、どうですかね?」


 確認してこなくても分かるだろ。

 結構な頻度で真理音とスキンシップをしてきたとは言え、慣れた訳でも心に余裕がある訳じゃない。いつも、結構ギリギリだ。だから、こういう想定外のことをされたりすると自然と赤くなってしまう。


「に、似合ってる……」


「それだけ、ですか?」


「……幼さがより強調されてて可愛い」


「私、真人くんと同じ二十歳なんですけど」


「だから、二十歳になってもそれが似合うだけの可愛さがあるってこと。それに、ほら」


 視線を店内に向けると真理音も同じようにする。そして、ようやく良い意味で笑われていることに気付いたのか顔を赤くしてひげをとって俯いた。


「笑顔をもたらす真理音クロース。幸せをもたらす真理音クロース」


「や、やめてください!」


 その姿はまさしく昨日想像していたやつのそれだった。



 晩ご飯……いや、今日はディナーと称した方がロマンチックか。とにかく、ディナーを終えてイルミネーションを見に行こうと店を出ると雪が降っていた。朝、天気予報でそれらしきお知らせは耳にしていたものの、どうせ降らないだろうと気にしてなかった。しかし、実際は小さな雪がしんしんと落ちては消えていく。


「ホワイトクリスマスです」


「どうした急に?」


「言いたくなりました」


「あ、そうですか」


 雪を目にしてなのか真理音の目が輝いている。


「寒くないか?」


「はい。耳も首も手もちゃんと防いでいますから」


「そっか。寒くなったら言ってくれよ。傘、買うから」


「大丈夫ですよ。少しだけですし」


「豪雪じゃなくて良かったよ。電車、動かなかったら帰れないもんな」


「……私は帰れなくても良いですけど」


 俯きながら、ボソッと漏らす真理音の声はちゃんと聞こえた。


「な、なーんて。明日も大学ですしそうはいきませんよね」


「……今日、泊まる?」


「い、いいんですか?」


「うん。俺も真理音といたいから」


「で、では、ぜひ」


 繋いでいた手に力が加えられるのが分かった。

 隣に目をやると俯いている姿が入る。

 そんな真理音の手を同じようにして、しっかりと握った。


 それから、少し歩いて目的地へ着いた。

 大きなクリスマスツリーに色とりどりの明かりが施されている。さらに、ツリーの周りにある建物にもそれは施されていて、まるで別世界に迷い込んだみたいに息を飲んだ。さらに、降っては溶ける、決して積もりはしない儚い雪が味を加えている。幻想的だ。


「綺麗ですね……」


 真理音の感嘆の声は聞き覚えがあった。

 遊園地のパレードを見ていた時のことだ。


 あの時も真理音のことを綺麗だと思った。でも、今日はあの時以上に真理音のことが美しく目に入る。見ているだけで思わず頬を赤めてしまうほどに。


「ああ、綺麗だよ……とっても」


 気付いたらいつの間にかツリーなんて目に入っていなかった。別世界で小さく微笑む、女神のような真理音しか見えていなかった。


 女神や天使は金髪や銀髪だ、というイメージが多い。でも、そんなことない。真理音を見ていれば分かる。黒いからこそ、明かりを味方にしてより美しくなるのだと。


 不意に真理音がこっちを向き、くすりと笑った。

 その笑みはさっきまでの幼いものではなく、大人びていて思わず心臓が跳ねる。


「赤くなっていますよ?」


「……イルミネーションのせいでそう見えてるだけだよ」


 本心を言えば、真理音が恥ずかしくなるかもしれないと思ってついた嘘。だけど、それを見透かしたように彼女はもう一度くすりと笑った。


「そうですね。きらきらと眩しくて目が慣れていないのかもしれません」


 楽しそうに笑う真理音は一歩、また一歩と寄ってきてはピタッと肩をくっつかせた。


「はぐれないようにこうしていましょう」


 思わず抱きしめたくなる衝動をぐっと堪える。


「……さっきからずっと手繋いだままだろ。それに、マフラーだって」


 こんな公衆の面前で昨日のようにやらかしてしまうのは流石に気が引ける。まあ、告白をどこでしたか思い出せ、と言われたらそれまでだが。見せびらかせることが出来るほど俺はまだ大人じゃない。……真理音もそうだと思う。だから、こうやって肩をくっつけるまででとどまってるんだろう。


「真人くんとくっつきたいんですよ」


「そっか」


「嬉しいですか?」


「嬉しいよ」


「私もです」


 それから、俺達は暫くの間、黙ってイルミネーションを見続けた。

 言葉を交わす必要はなかった。

 どうしてか、真理音の考えていることが伝わってきてるような気がした。


 それは、キモい男の幻想かもしれない。ただの思い込みなのかもしれない。それでも、真理音が好きだという気持ちを伝えたいように、真理音も同じことを思ってくれているんじゃないかとお花畑の頭が考えて仕方なかった。

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