第130話 寂しがりとクリスマス

 クリスマスイブが終わり、日付けが変わって二十五日になった。今日も今日とて大学は大きく両腕を開き、学生達を苦しめるために構えている。

 憂鬱だ。子どもの頃はサンタクロースからのプレゼントが楽しみで仕方なかった二十五日の朝。今はため息しか出ない。あ、白いやつね。白い息。


「うう、今日は一段と冷えますね」


 隣を歩く真理音がはーっと両手に息をかけながら口にする。鼻の先が赤くなっているのが可愛らしい。


「耳は大丈夫?」


「はい。真人くんがくれた耳当てのおかげでぬくぬくです」


 昨日、あげたプレゼントを早速使ってくれているのは嬉しいことだ。白とピンクを基調にしてて、ちょーっと子どもっぽいかなって思ったけどそんなこともないし。モコモコ成分が耳を守ってあげられてて言うことなし。


「俺も真理音がくれたマフラーのおかげであったかいよ」


 いつもは冷たい風が首を攻撃してきていたけど、今はどんなに強い冷風が吹いても耐えられる自信がある。


「ふふ、良かったです」


「けどさ、真理音は一緒に使わなくていいのか? ふたり用なんだろ?」


「さ、流石に、大学にはしていけません……恥ずかしいです」


「確かに、まだちょっと恥ずかしいな」


「は、はい……だから、その。後で、いいですか?」


 今日は講義が終われば真理音と出かける予定がある。


「了解。じゃあ――」


 真理音の左手を右手で包み込む。


「これで、少しは温かくなる?」


「は、はい……ですが、その」


 真理音の頬がみるみる赤くなっていく。その頬に触れるだけで冷えている手が温まりそうだ。


「き、昨日の真人くんを思い出してしまうので控え目にしてくれると助かりますと言いますか嬉しいと言いますか……あ、嫌じゃないんですよ? ですが、その……赤くなってしまいますので……」


 真理音が可愛くて罰を受けてもらったのは十時間以上も前のこと。抱きしめたまま、三回……いや、もっとかな。とにかく、愛おしくて唇を重ねてしまったことはよく覚えている。真理音の顔がもう表現しきれないくらいに茹で上がっていたことも。


 控え目にしてほしい、と言われたならそうするべきなのかも。でも、別に嫌ではないらしいし可愛いからこのままにしたって文句は言われないよな。


「じゃ、やめない。着くまではこのまま」


「ど、どうしてですか?」


「真理音を見てると俺が幸せだから」


「き、昨日といい今日といい、真人くんの様子が少し可笑しいです」


 そういう可愛らしい反応をするからますます俺が可笑しくなっていくんだよ。二十歳になってもじたばた暴れる姿が似合うって、見てる側は微笑ましいんだよ。


「真理音が嫌ならやめる。昨日のことだって謝る」


「……真人くんはずるいです。私が嫌じゃないの分かっていながら嫌な質問をするなんて意地悪です」


「だって、しょうがないだろ。好きな人を前にするとずるくなる、なんだからな」


 ニマニマと笑いながら言うと自分の言葉を返されたと気付いたのか真理音の頬が一際赤くなった。


「もうもうもう!」


 牛の物真似をしながら、胸をぽかぽかと叩いてくる。精一杯の照れ隠しなのだろう。片手なので物理的ダメージはゼロだ。心的ダメージが計算出来るほど賢くないことは言うまでもなかった。




「いいお話でした」


「泣いてたもんな」


「な、泣いてなんていませんよ」


 目にハンカチを当てながら言うことじゃないってことに気付いてないのか。凄いな。天然と言うかなんて言うか……保護欲をくすぐられる。


「それに、真人くんこそ泣いていました」


「いや、泣いてねーし。泣くわけないし。映画見て泣きたくないし」


 猫と人の決して交わりはしない、だけども目に見えない確かな絆を目にしたからって泣いてないし。感動したけど泣いてないし。真理音の前では出来るだけ泣かないって決めてるし。


「映画中、どれだけ私がよしよししてあげたくなったか分かりますか?」


「いや、そこは映画に集中しとこう……っと、真理音」


 ぐいっと真理音を引き寄せる。夢中になっていたからか、前から来る人とぶつかりそうになっているのに気付かなかったようだ。


「すいません」


「ううん。あ、腕痛くなかった?」


「はい」


 端から見れば、真理音を抱きしめているように見えるがそんなことはない。少し、密着してしまっているだけだ。


「こうしていると遊園地に行った時を思い出しますね」


「そうだな。改めて考えても、あの時はまだこんな関係じゃなかったのに真理音はくっついてきてて……グイグイしてたよな」


「あ、あれは、真人くんと初めて遊びに行けたことが嬉しくて舞い上がってて……そういう真人くんこそ私の手を掴んでくれたじゃないですか」


「真理音が迷子になったからだろ」


「迷子ではないです。はぐれただけです。ですが、ご迷惑をかけたと反省しています」


「いや、そこまで気にしなくても。俺が後ろを気にしてなかったのも悪いし」


 今ならもう絶対にそんなことはしない。でも、あの時はついつい前にばかり意識が集中してたのと真理音の近くにいるのが少し恥ずかしかったのだ。


「だから、今日は迷惑をかけないようにこうします」


 しっかりと真理音に手を握られる。

 どうやら、手を繋ぎたかっただけのようだ。素直に言ってくれていいのに、と思う反面。理由をつけながらもこうやって気持ちを伝えてくれるのが嬉しい。


「これで、今日は大丈夫ですね」


「ん、そうだな」


 しっかりとはぐれないようにして、俺達は空が曇り出す中を歩いた。

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