第134話 寂しがりと大晦日

「真人くんは年明けに何か予定がありますか?」


 大晦日、年越しそばを食べながら問われる。

 ずずっと吸った麺を噛みながら考える。


「実家に顔出しに行く、くらいかなぁ」


「いつですか?」


「決めてないけど……あ、初詣でも行く?」


「初詣は追々として……私もお父さんに会いに行こうかと思ってるんです。それで、真人くんもどうかなと」


「いや、遠慮しとくよ。家族水入らずの所にずふずぶ乱入したくない」


 あれ、でも。そういうことなら、また真理音と過ごせない日があるのか。じゃあ、俺もその日に帰省しよう。のんびり出来る年始に少しでも真理音といたいし。


「そんなこと気にしなくていいです。お父さんが真人くんの予定が大丈夫ならぜひご一緒に、って言ってくれたんです。……それに、将来はお父さんとも……」


 真理音は何かを隠すかのように急いで麺を口に入れて無理やり閉じた。


 何を言いたくて、何を言われたのか。それを、理解するのはそう難しくなかった。ただ、その話題を続けるとお互いに年越しまでの間に何とも言えないものが漂うような気がして続けはしなかった。嬉しかったけど。

 だから、それならお邪魔します、と答えて麺を食べることに集中した。


「……真理音も来る? みんな喜ぶと思うから」


「……はい。挨拶もしたいですしお邪魔したいです」


「じゃあ、後で連絡しとく」


 真理音が洗い物をしてくれている間に母さんに連絡を入れた。案の定、大歓迎のようですぐに良い返事が返ってきた。

 どうやら、また寝るのは愛奈の部屋になりそうだが細かいことは当日ということで電話を切った。


 年明けまでまだ時間がある。

 しかし、もう年内に済ませておかなければならないことは残っていない。のんびりコタツに入ってテレビを見る、それが一般的な過ごし方だろう。


「見てください、真人くん。ネズミです」


「これまた器用なことを」


 テレビを眺めている傍らで真理音はミカンにペンで何かを描いていた。どうやら、来年の干支であるネズミを描いていたらしい。


「真人くんの分もありますよ」


 正直、いらない。こういうのは俺じゃなく、愛奈が貰って喜ぶやつだ。でも、よっぽど上手に描けたのかさぞかし嬉しそうにしているから遠慮することも出来ない。


「ありがとな」


 食べる時、どうなるんだろうと思いつつ受け取った。すると、真理音のミカンが机の上を本物のネズミのようにチョロチョロ動きながら近づいてくる。


「ちゅーちゅー。ちゅーちゅー」


 ……これは、誘っているのだろうか。誘われているのだろうか。それとも、ただの天然で子供のように物真似して遊んでいるだけなのだろうか。


「ちゅーちゅー。ちゅーちゅー」


 ……どっちにしろ、微笑ましいしいいや。あざとい、というより幼さの方が目立つからだからだろう。


「……真人くーん。相手してほしいです。ちゅー」


「それは、どういうお相手? 一緒にネズミごっこ? それとも、真理音のお相手?」


 肩にもたれてきて、上目遣いになられる。


「……分かってますよね?」


 こういう部分はあざとい、のだろうか。

 まあ、あざとくてもいいや。こんなにも可愛い、と思ってしまうんだから。


「真理音ってほんとーに甘えんぼだな」


「寂しいと甘えたがりになるんですよ」


 頭を撫でると気持ち良さそうに目を細められる。

 こうしていると真理音との関係が随分と変わったな、ということがより強く感じる。最初は寂しいとか意味の分からないことを言う可愛いちょっと可笑しな女の子だった。なのに、今は――。


「俺、どんどん真理音のことを好きになっててちょっと怖い」


 自分が真理音に釣り合っているのか、とかは考えない。釣り合ってるなら良いことだろうし、釣り合っていないなら努力するだけ。

 でも、そんな悩みは本当に無駄でしかない。真理音は絶対にそんなことを考えていないだろうから。

 だいたい、釣り合いなんて他人の目から見て、他人が勝手に判断するものだ。不釣り合いに見えても本人達が幸せならそれが全てなのだから。


 じゃあ、何が怖いと思っているのか。


「どうしたんですか?」


 それはもう、分かりきっていることだ。

 どんどん真理音を好きになって、彼女がいないことを考えられなくなるからだ。

 仲良くなってまだ一年も経っていない。

 そう。まだ、一年も経っていないんだ。なのに、生きてきて家族以外の人と比べたら誰よりも長く濃い関わりをもった相手になっている。そして、それはこの先もずっと続いてほしいと思うことだ。


 でも、正直に言うとまた怒られそうだよな。離れることがない、って言ったじゃないですか! って。


 その光景がすぐに浮かんで思わず笑ってしまった。


「笑ってないで答えてください」


「真理音とずっと一緒にいたいな、って。今年ももう終わりだからちょっと思っただけ」


「なんだ、そうだったんですね。安心してください。来年もずっと一緒ですよ」


 するりと手を握られ、優しく包まれる。


「こうやっていれば、離れられないですし」


「確かにな。こうやって」


 手を握り返す。真理音の言う通り、こうやってお互いどこへも行かないようにしていれば大丈夫だ。


「それに、告白してくれた時に言ってくれたじゃないですか。もっと好きになる、と。だから、私のこともっともーっと好きになっていいんですよ?」


 ――私だって、もっともーっと真人くんを好きになりますから。


 そう付け加えた真理音は笑ったままにぎにぎと手を揉む。くすぐったいのにやめてほしくない、そんな言葉では表せない微妙な感じ。


「真理音さん、くすぐったい」


「そうですか? マッサージですよ?」


 そう感じるのはきっと胸がくすぐったいからだ。


「くすぐったいの。ていっ」


「ぴゃっ!」


 反撃だ、と真理音の腹部を人差し指で押し当てるとコタツの中で足が跳ねた。どうだ。俺だってやる時はやる男だ、ぞ……って、あれ? 怒っちゃった?


「反撃です」


「っ!?」


 かぷり、と肩をあま噛みされた。

 もう一度言おう。かぷり、と肩をあま噛みされた。背中からぞくぞくと寒気らしきものが昇ってくる。


「ちょっと、真理音さん……それは、卑怯なんじゃないですかね? 後、歯とかアゴとか大丈夫か?」


「……少しだけ痛いです」


 離してから口をさすっているのが痛ましい。自業自得なんだろうけど。


「小さい口なんだからよく考えなさい」


「はい。ですが、真人くんにも責任があるのをお忘れなく」


「俺は無罪だと言いたい」


「無罪ではありません。女の子のお、お腹をつついたりして……弄びました」


「そう言われるとめちゃくちゃ悪い男だな、そいつ」


「真人くんなんですよ?」


 と言うか、どうしてこうなったんだろう。確か、結構真剣に真面目な話をしてたと思うんだけど……まあ、いいや。


「では、責任をとって真理音の言うことを聞き入れましょう」


「それは、少し待ってください。もう終わるので」


 いつの間にか、テレビから除夜の鐘が鳴る音が聞こえていた。真理音と一緒にカウントダウンをして迎えた新年。こんなにもあっさりと年を越してしまって良かったのだろうか。


「明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとうございます」


 互いに新年の挨拶を済ます。

 すると、新年早々真理音が抱きしめてほしいとおねだりしてきたので細くて柔らかい身体を腕で包む。


「私のお願いは今年も私と仲良くしてください、というのでお願いします」


「そんなこと言われなくてもするつもりだよ。こうやって、証明してるだろ」


「ふふ、真人くんともっともっと仲良くなりたいんですよ」


 もう既に仲良しゲージはとっくにマックスだと思うんだけど。でも、これからのことを考えるのは悪くない。だって、それだけでこれからのことがずっと楽しくなるのだから。

 俺達は顔を見合わせて笑い合った。

 今年も一年、グイグイこられて楽しく過ごせそうだ。

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