第159話 誤解され、メイドになられ、壁ドンし、初夜を迎えた 終

「……なんだか、真人くんがまだ私のなかにいるみたいです……」


「……まだ、痛い?」


「いえ……最初は痛くて泣いちゃいましたけど真人くん優しかったですから途中からはずっと気持ち良かったと言いますか……」


 枕にされている腕の上をごろんと転がり、火照った頬のまま真理音が寄り添ってくる。


「えへへ……しちゃいましたね」


 その言葉に心臓が大きく跳ねた。

 ああ、本当にしちゃったんだな。

 ほんの少し前まで俺と真理音は深く繋がりあっていた。細かいことは何も考えず、ただ真理音をもっと感じたいという欲望だけで動いていた。


「……本当に優しかったか?」


 真理音への配慮を怠らなかったつもりはない。

 でも、それは俺の解釈で真理音がどう思ったのかは分からない。他人の痛みを自分が理解することは難しいのだ。特に、今回に限っては絶対に無理である。


 事実、最初に真理音は涙を溢した。

 だから、心配させまいと強がってくれているのかもしれない。


「他の方がどうとかは分かりませんからあくまでも私が感じた範囲でですけど優しいと思いますよ」


「そっか。……ありがとな。俺を初めての相手に選んでくれて。嬉しい」


「私だって……真人くんが初めてを貰ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」


「いや、俺の方がありがとうだよ。真理音のはかけがえのない……何にも変えることが出来ない大切なものだから。それを、俺は貰った。だから、スッゴク感謝してる」


「……真人くんって私のこと好きすぎませんか?」


「何を今さら……俺は真理音のこと、真理音が思ってる以上にずっと好きだよ」


 きっと、それを説明して欲しいと頼まれても言葉で表すことは出来ないだろう。口下手だし上手く伝える術を持ち合わせていない。出来るのは真っ直ぐ伝えるか行動で示すことだけだ。

 でも、真理音を好きな気持ちだけは嘘偽りのない。それだけは誰が相手でも胸を張って言える。


「私も真人くんのこと……真人くんが思ってる以上に好きです」


「知ってる」


 気持ちはどれだけあっても目に見えるものではない。けども、伝え合い、届け合っていくことで知ることが出来るのだ。


 身体を起こした真理音が胸に乗ってくる。

 肌と肌が直に触れ合い、今までに感じていた以上の柔らかさを感じる。


「照れてるんですか?」


 目を逸らしたことにクスリと笑われる。


「さっきはあれだけ見てたじゃないですか」


「み、見ないと何も出来ないんだからしょうがないだろ……真理音だって恥ずかしがってるくせに」


 お互いの全部を見せ合ったからといってずっと見ていられるほどの度胸はまだない。

 素晴らしい体つきを見たいとは思っても羞恥の方が勝ってしまう。


「それに、真理音だって俺のを見た時真っ赤になって両手で目を隠してただろ。お互い様だ」


「あ、あれはその……ま、真人くんの意地悪えっち!」


「状況的には真理音の方がだけどな」


「い、いいえ。真人くんの方がえっちです。揉んだりつまんだり、舐めたり吸ったり……とっても恥ずかしかったんですからね!」


「だって、真理音が可愛かったからつい……表情も声も全部たまらなかった」


 普段の真理音からは想像も出来ない表情と声だった。今でもガッツリと目に耳に脳に焼き付いていて離れる気配がない。


「い、言わないでください……自分でだとよく分からないんですから」


「可愛い」


「もぉ……言ったそばから言うなんて。お仕置きです」


 何度も味わった唇をもう一度味わう。


「反省してくださいよ」


「反省はする。けど、やめられそうにないから覚悟しといて」


 瞬時にボッと音を立てて真理音は蒸発した。

 その姿を隠そうとしてなのか覆い被さってくる。唸っているせいで息が肌に当たってくすぐったい。


 こんな姿を見ていると、痛みがどうこうではなく頑張ってくれたことがただひたすらに嬉しく思えた。


「頑張ってくれてありがとうな」


 頭を撫でると動きがぴたりと止まる。


「……私も真人くんにもっと触れたかったんです。その、何をするかも知ったので……真人くんとそういうこともしたいって思って」


「嬉しいよ」


 恋人だからといって身体まで許す、というのは本当に好き同士でないと中々出来ないだろう。

 だから、真理音がそう思ってくれたことが本当に嬉しい。


「……後さ、終わった後でってのもなんだけど……今日って大丈夫な日?」


「……今日は大丈夫なはずです。ですが、もしかしたら……という可能性も」


「そうだよな……ごめん、我慢できなくて」


「真人くんが悪い訳じゃないです……私が真人くんを離したくなかったから結果的にそうなってしまっただけで」


「……もし、そうなってたらちゃんと責任とるから」


「私だって協力します。大学はやめて真人くんの家で住むようにします。そしたら、家賃ぶんのお金はお父さんに頼んで回してもらえると思いますし節約すれば暫くは生活できると思いますから。ふたりで頑張っていきましょう」


「やけに具体的だな……でも、そうだよな。ちゃんと見据えておかないといけないもんな」


「はい。ですので、真人くんにも大学をやめてもらって働きに出てもらわないといけません」


「大丈夫。もし、そうなっても真理音の言う通りにするから。誰かに責められたとしても真理音のこと守っていくから」


 子供を授かったから大学をやめる、というのは世間的には非難されることかもしれない。

 若いのに無責任、そういう意見もあるだろう。


 でも、そんな周りの汚い言葉は聞く気がない。

 俺が絶対に真理音の傍にいて守る。

 ……まあ、そうなるかはまだ分かっていないんだけど。


「だから、もしものことがあっても真理音は何も気にすることないよ。俺達の大切な存在として大事にしよう」


「はい」


「あ、俺がそうしたいって思ってるだけでちゃんと真理音の意見も聞くから。真理音がまだ嫌なら別の方向だってあるんだし」


「嫌なはず、ないじゃないですか……私だって真人くんとの大切な存在として大事にしてあげたいです」


 顔を上げた真理音の目には涙が浮かんでいた。

 どういう理由としてかは分からない。

 ただ、悲しませたのではないことだけは分かった。


 涙を指ですくいながら手を頬に添える。

 すると、もたれるようにして体重を預けてきた。


「真理音のことずっとずっと大切にするよ」


「私も……真人くんを永遠に大切にします」


 もう一度、唇を重ね合わせ、お互いに笑い合う。


「真人くん。起きたら変な行動すると思いますけど嫌いにならないでくださいね」


「大丈夫。俺も暫くはギクシャクしてると思うから」


 気持ちにも考えにも思いにも何一つ偽りはない。けど、今はわりかし勢いでどうにかなっている節がある。朝、目が覚めると気恥ずかしくて真理音の目を見ることが難しいだろう。


「こういうのにもこれから慣れていこう。ふたりで」


「はい。では、これから先は朝の私達にお任せしてそろそろ寝ましょうか」


「そうだな。あ、服着なくていいのか?」


「大丈夫です。こうやって、布団をかぶって真人くんにくっつけば十分温かいですから」


「……俺としては全然大丈夫じゃないんだけどなぁ」


「ふふ。嬉しいって喜んでるのバレバレですよ?」


「生殺しだろ……これ」


 真理音は暫くの間、楽しそうに笑っていたがやがて静かに寝息を立て始めた。どこかスッキリとした様子ですやすやと眠る。

 きっと、色々と頑張ってくれたから疲れていたんだろう。


「今日はありがとな……お疲れ様」


 頭を撫でて中々寝つけない時間を潰す。


 これで、絶対に退けないな……端から退くつもりなんて毛頭ないけど。


 そんなことを考えながら真理音を起こさないようにして向きを変えて向かい合う。

 心を占める満足感、充実感、幸福感。

 その三拍子が自分が今、幸せでどうしようもないほど喜んでいるのだと自覚させる。自分で自分を抑制してないと四六時中どこでも真理音に触れたくなってしまうほどに。


 俺がもう一度誰かをこんなにも好きになるだなんて知りもしなかった。いや、この気持ちは過去に抱いたものよりも遥かに大きい。


 それもこれも、全部真理音のおかげだ。

 いつまでもうじうじしていた俺に寄り添って傍にいてくれて何度も好きだと伝えてくれて。

 気が付けば俺の中で真理音はかけがえのない存在になった。


 だからこそ、俺は真理音とこれからもずっと一緒にいたい。


「……その為にも、もうちょっとだけ我慢させちゃうと思うけど……絶対に約束守るから待ってて」


 聞こえないように呟いたつもりなんだけど察しのいい真理音は――


「……ずっと、待ってますね……」


 と、答えてくれた。

 もちろん、寝たままで。


 本当に寝てるのか、とひとりで小さく笑いながら目を閉じた。

 あわよくば、夢で真理音と出会えますようにと願いながら。

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