第160話 寂しがりの笑顔は値段に変えられない

「お待たせしました」


「ううん、待ってないよ」


 三月十四日、今日はホワイトデー。

 真理音へのお返しを考えた挙げ句、デートにした。真理音は手作りのチョコレートを渡してくれた。だから、俺も何か手作りのお菓子でもお返し出来たら良かったのだが……そんな技術が当然ある訳もなく。

 焦げた石炭を渡すよりは遥かに喜んでもらえるだろうと思い、こうしてデートしてお返ししようと決めたのだ。


「いつも、お出かけは一緒に出ていたからこういう待ち合わせして、というのも良いですね。なんだか、付き合ってる感が凄いです」


 真理音曰く、待ち合わせをして出掛けたいとのことで駅前に先に着いて待っていた。と言っても、五分ほどしたら来てくれたのであまり待ったとは感じていない。

 それに、待ち合わせ、という約束をしたわけではないが星を見に行った時もこういうやり取りらしきものをしているので新鮮味は感じない。


「一緒に家を出てってのも捨てがたいぞ。一緒に生活しているみたいでさ」


「た、確かに……そう考えれば失敗したかもしれません」


 うむむむ、と手をアゴに当てながら悩んでいる姿が微笑ましい。


「それにさ、もう少し遅れてくれないと待った気がしない」


「だって、一秒でも早く真人くんに会いたかったので」


「真理音って絶望的に待ち合わせに向いてないな」


 そう思ってくれるのは嬉しいけど『待った?』『ううん、待ってないよ』のやり取りはこの先出番は少ないことだろう。


「私には難しいようです」


「今度からは一緒に出ような」


「ですね。ところで、今日はどこに行くんですか?」


「数駅先にあるショッピングモール」


「だから、駅前で待ち合わせだったんですね」


「そっ。じゃあ、行こ」


 そろそろ、電車も来るのでいつまでも駅前で楽しくお喋りとはいかなくなった。まあ、目的や時間がなければいつまでもこうやっていられるけど。

 差し出した手を真理音が握り、共に駅を目指した。



 三十分ほどして五駅先にある大型ショッピングモールに到着した。ゲームセンター、映画館、本屋……等々、沢山の店があるなか俺達はスイーツ食べ放題の店に来ていた。


「真人くんがスイーツを食べたくなるのって珍しいですね」


 向かいに座る真理音は呑気にそんなことを口にする。


「今日がどういう日か気づいてないのか?」


「今日?」


 きょとんと首を傾げる様子から気づいていないらしい。グイグイくる真理音だからバレンタインは覚えていてもホワイトデーは覚えてない、と。


 真理音らしいっちゃ真理音らしいけど……はぁ。


 呆れてため息を出させた本人は『私、何か忘れていますか?』とでも言いたげな様子で悩んでいる。


「今日、ホワイトデー。だから、お返しのつもりで来たんだよ」


「あ、ホワイトデーですか。確かに、今日って十四日でしたね」


「手作りでお返し出来たら良かったんだけどさ」


「真人くんじゃ無理ですね」


「はっきりと言うなぁ……」


 真理音の言う通りだから反論なんてしないけど。


「真人くんのこと、よく知っていますので」


「まあ、そういうこと。だから、ここで好きなだけ食べてもらおうかと思ったわけ」


「別に、ホワイトデーだからって気にしなくて良かったんですよ? 私が渡したかっただけですので」


「俺だってちゃんとお返ししたいんだよ」


「では、ありがたく受け取りますね」


「ああ。好きなだけ食べてくれ」


 メニュー表はなく、バイキング形式なのでふたりで食べたいスイーツを取りに行く。

 真理音は手始めに小さなケーキや少量のアイス等を。


「真人くんは……カレー、ですか?」


「そんな不満げな目で見ないでくれ」


「だって、折角のスイーツ食べ放題なんですから一緒に食べて味を共有したいじゃないですか」


「真理音から一口ずつ貰う予定だから」


「そんな予定、私は聞いてないです」


「言ってないし」


 そんなことを話しながら席に戻り、手を合わせる。


「おいひいです……」


「そっか。良かった」


 幸せそうにもぐもぐする真理音を眺めながら一時を過ごす。

 その様子を見ているだけで腹いっぱいだ。


「真人くんは食べないんですか?」


「ゆっくり食べるよ」


「沢山食べないと元を取れませんよ?」


「元なんて真理音の笑顔だけで十分取れてるよ」


 ぴたり、と魔法にでもかかったように真理音の動きが止まる。そして、みるみる内に頬が赤く色づいていく。


「そ、そういうのいきなり言うの反則です」


 可愛い。

 正直、さっきのは自分でもかなり恥ずかしいことを言ったような気がするけど真理音が恥ずかしがってくれたから助かった。


「……今、絶対に可愛いとか思っていますよね?」


「え、なんで分かった?」


「だって、真人くんそういう表情してましたから」


「凄いな。正解」


「……あまり、人前ではそういう風にさせないでください。ふたりきりの時じゃないと恥ずかしいです」


 そうは言うけど真理音は気づいてないんだよ。ふたりきりの時とか関係なく、もうずっと真理音のことを可愛いと思うようになってることに。ただ隣に居て、笑ってくれる。その度に俺は真理音を可愛いと抱きしめたくなってしまうんだ。


 でも、それこそふたりきりの時でしか出来ない。今も真理音を抱きしめたい。けど、人前だし我慢しないといけない。苦しいなぁ。


「じゃあ、ふたりきりの時はもっと可愛い真理音を見れるように頑張るよ」


「ほ、ほどほどにしてくださいね!」


「分かってるよ。ちゃんと節度をもって限度をわきまえて、にするから」


 これは、俺の欲望とも言える願望だ。それに真理音を無理にまで付き合わせるようなことはしない。あくまでも、真理音が傷つかないようにふたりで笑顔でいられることが大切なんだから。


「あの、真人くん……突然ですけど、カレーを貰ってもいいですか? その、口の中が甘くて」


「オッケー。はい、あーん」


 差し出されたカレーを口に含む真理音を見ながら選んでおいて正解だったな、と自分を褒めた。

 甘いものばかりだと飽きるから辛いものも必要となる、そう考えていたのだ。


「どう、美味しい?」


「お、美味しいですけど……少し辛いです」


 真っ赤で小さな舌をペロッと出しながら涙目の真理音は急いでアイスを口に入れる。

 その動作がおもしろ可愛くて口元が緩む。


「はぁ~落ち着きました……」


「確かに、ここのカレーはちょっと辛いな」


「はい。ですので、真人くんもお口直しにアイスクリームをどうぞ」


 差し出されたアイスを口に入れるとスパイスにやられヒリヒリしていた舌が冷たさによって治療されたような気がした。


「これは、交互に食べていかないと完食は難しいな」


「任せてください。私がおかわりを持ってくるので一緒に頑張りましょう!」


 真理音は席を立って勇み足でおかわりに向かった。目をキラキラさせながら目移りしていそうな後ろ姿を見ているとつい頬が緩んでしまう。


 連れてきてよかったな。

 そんなことを思いながら戻ってきた真理音と甘いものと辛いものを交互に食べながら元を取れるように奮闘した。

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