第161話 俺達はまだママとパパじゃない

「うう……食べ過ぎました」


「元を取ろうと欲張るから」


「……真人くん? どの口がそんなこと言えるんですか? 覚えていないんですか? 真人くんが苦しいって言ってるのに無理やりバームクーヘンを食べさせたからこうなってるんですよ?」


 ジトッと訝しげな目を向けられる。

 どうやら、ちょっと不機嫌らしい。


「だって、どうしても食べてほしかったんだよ。それに、真理音だって苦しいって言いながらパクパク食べてたじゃん」


「あれは、真人くんが差し出してくるから食べざるを得なかったんですよ」


 苦しい苦しい言いながらもバームクーヘンをあーんしたら消えていくのが楽しくてついつい止められなかった、ってのは言わない方がいいな。それに、バームクーヘンをどうしても食べてほしかった、ってのは本当だし。


「本当に苦しかったんですからね?」


「悪かったよ。気分は大丈夫?」


「少し休んだので落ち着きました」


「じゃあ、散策してから帰りたいんだけど付き合ってくれるか?」


「もちろんです」


 ベンチから出発してショッピングモール内にある色々な店を適当に拝見しながら歩いていく。アパレルショップ、画材が売られている店。

 今は、お手軽なお値段でものが買える雑貨店に立ち寄っていた。


「提案なんだけどさ、お揃いのものでも買わないか?」


「賛成です。よく考えたらお揃いのものってあまりないですもんね」


 お揃いのものといえば、ウサギのストラップくらいしか持ってない。家に置かれている真理音用の食器は食べる量を考えると同じものにならなかったのだ。


「それで、何を買いますか?」


「うーん、いっぱいあるから悩むな」


 目の前には小物やら食器やら雑貨やらと値段がお手軽なものが沢山並んでいる。どれもふたりで持っていると嬉しいものばかりだ。


「真理音は何がいい?」


「沢山あるので悩みますね」


「俺と同じこと言ってる」


「どうせなら飾るだけとかじゃなく実用性あるのがいいですよね」


「なら、お箸とかだな」


「マグカップにしましょう。マグカップの方が頑丈そうです」


「折れたりしたら嫌だもんな」


「はい。不吉ですし」


 ということで色違いのマグカップを二つ購入し、雑貨店を出た。


「早速、帰ったら使いましょう。コーヒーでも淹れて」


 楽しそうに語る真理音を見ていると胸がホクホクする。まるで、小さな時にお年玉を貰えたみたいに。いい買い物をした。


 会話に花を咲かせながら歩いていると前からものすごい勢いで駆けてくる小さな女の子が真理音に突進した。

 誰も予想だにしていなかったせいで反応が一瞬遅れたがすぐに傾きかけていた真理音の腰に腕を回して支える。


「大丈夫か?」


「は、はい……ですが」


 チラッと向ける真理音の視線の先には突進してきた女の子が尻もちをついている。目には大粒の涙が……って、あ、泣きそう。


「ママーーー!」


 あー、泣いちゃった。どうしよう、これ。周りからめっちゃ見られてるし……悪いことしてないんですけど。

 と、あれこれ考えている内に真理音は女の子の近くに寄っていた。安心させるために膝を床につけて目線を合わせようとしている。


「どうしたんですか?」


 いや、真理音さん。その質問は無意味ですよ。ケツが痛くて泣いてるのか迷子で泣いてるのかの二択しかないから。


 案の定、真理音の質問には答えずに女の子は泣き続けている。真理音は困ったような表情を向けてくる。次第には一緒になって泣いてしまうんじゃないかと思えてしまう。


「お嬢ちゃん。ほら、たかいたかーい」


 真理音が泣くのだけは嫌だったので人様のお子様だが仕方がない。

 愛奈にするように女の子の両脇に手を入れて高くに持ち上げる。

 おっと、誘拐する気なんて微塵もないので通報はしないでくれ。


 びっくりしたのか女の子は泣き止み、楽しくなったのか変わりに笑い始めた。とりあえずは、一安心だ。真理音も隣に立ちながら胸を撫で下ろして安心したようである。


「――で、お嬢ちゃんのお名前は?」


 近くにあったベンチに移動してからこれからどうしようかのシンキングタイム。と、その前の事情調査。名前はあーちゃんというらしい。見た感じ愛奈よりも幼いが多分正解だろう。今日はお母さんと来たが途中でお母さんが迷子になってしまったんだと。……おませさんな女の子だ。


「どうしましょう……」


 あーちゃんには自販機で買ったジュースを飲ませている間に真理音がこそっと聞いてくる。


「迷子センターに連れていくしかないだろ」


 俺達は警察犬のように鼻が効くわけじゃない。下手に探してあげる、等と言うよりは大人しく迷子センターに連れていった方が確実だ。


「そう、ですよね……」


「……なんか、気になってるのか?」


「……寂しくないのかな、と思いまして。沢山の人がいる中でこの子は今ひとりです。大好きなお母さんと離れ離れになって心細くなってるんじゃないかと思いまして」


「……だからって、俺達に何が出来る?」


 言葉はキツかったかもしれない。

 でも、俺達に出来ることなんて何もない。それが、答えだ。


 真理音もそれを分かっているのだろう。

 それ以上は何も言ってこなくなった。


「あーちゃん、行くよ」


「どこにー?」


「ママの元に」


 あーちゃんの手をとってしっかりと離さないように気を付ける。

 そのまま、適当に歩き出した。


「真人くんは迷子センターがどこにあるのか知っているんですか……?」


 いきなり歩き出したからだろう。不安そうに真理音が聞いてくる。

 その問いに対し、俺の答えは。


「知らない。だから、一から見ていかないといけない。……付き合ってくれるか?」


「……もちろんです!」


 真理音があーちゃんの空いている手を笑顔で掴む。

 これでもう、あーちゃんが迷子になることはないだろう。


「……真人くん」


「ん?」


「ありがとうございます」


「何のことか分かんねーよ」


 照れ臭くて誤魔化すと真理音は嬉しそうにクスクスと笑う。

 ……ほんと、よく気付かれるよな。


「ねーねー。ふたりはママとパパなのー?」


 思わず吹き出しそうになった。

 足を止めて俺達はあーちゃんを見る。彼女は不思議そうにしながら交互に見ては『ママとパパー』なんて言っている。


 頬がどんどん熱くなっていくのが分かる。

 この前、そうなるようなことをしたといっても結果は多分、そうなるのは随分と未来さきのことだろう。


 真理音も何も言わないし、気にもなるし色々と考えなければいけないから俺から聞いた方がいいのかもしれない。けども、その手の話題にはどうしてもならず聞くに聞けなかった。


 真理音はどう思っ――あ、ダメだ。爆発しそうに頭からぷしゅぷしゅ音を出している。


「あーちゃん。俺達は――」


 今の俺達はそう呼ばれるような関係ではない。

 でも、やがてはそうなりたい。


「まだ、ママとパパじゃないんだよ。な」


 同意を求めるように真理音を見るとコクコクと何度も頷いた。


「そ、そうです。私達はまだママとパパではありません。まだ、違います。まだ!」


「えー、お似合いなのにー」


「それは、そう見えて当然です。あ、飴でも買ってあげましょうか?」


「ほんとー? わーい!」


「ということで真人くん。お菓子コーナーを見に行きましょう。もしかしたら、お母さんがいるかもしれませんし」


「それはいいけどさ……真理音って悪徳商法に騙されないか心配だよ」


「どうして悪徳商法が出てきたのかは分かりませんが真人くんが撃退してくれるので心配ないですよ?」


「ああ、うん……そうだな」


 俺がしっかりしないとな、とあーちゃんにどんな飴がいいかを無邪気な笑顔で聞いている真理音を見て強く思った。

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