第162話 迷子のお相手は疲れる
ペロペロキャンディーを美味しそうにベロベロするあーちゃんは真理音にすっかり懐いてしまった。
愛奈にもだし小さい子に好かれすぎだと思う。出会ってまだ一時間くらいしか経ってないのに。
「じゃあ、あーちゃんはその幼なじみのことが好きなんですね」
「うん。あーちゃんがいないとね、なーんにもできないからしかたなく面倒見てあげてるの」
「ふふ。その調子でグイグイいけば将来は幼なじみの方が離れられなくなっていますよ」
小さい子になんてことを教えてるんだ。
そして、何故俺を嬉しそうに見るんだ。確かに、俺は真理音から離れられないし離れられなくなってるけどそれは真理音もだろ。鏡でも見せるぞ。
「じゃあ、ふたりはパパがママのお尻にしかれてるの?」
「……だから、俺達はまだパパママじゃないってさっきも言っただろ」
あーちゃんのおかげでレジの人から仲の良いご家族ですねー、なんて誤解されて訂正しても微笑ましい視線を向けられただけなの忘れてないからな?
嬉しいけど、誘拐犯になっちゃうからむやみにそういう発言は控えてほしい。
「それに、俺は尻にしかれてなんていない」
「えー、ダメだよ。ママが言ってたけどね、男はうきわ? する生き物だからちゃんとお尻にしかないとダメなんだって!」
あーちゃんのお母さんは小さい子に何を教えてるんだ。それに、あまり尻にしいてばっかだと逆に浮気されるかもしれませんよ。ちゃんと感謝と愛も伝えてください。そして、幸せな生活を送ってください。
「私達は大丈夫ですよ。私は真人くんを大好きですし真人くんは私を大好きですので。ね、真人くん」
「そうなの?」
これは、いったいどういうプレイなんだ。
「そうだよ。俺は真理音のことが大好きだからな。あーちゃんが心配するようなことはない」
「パパ、カッコいい……」
「だ、ダメですよ! 真人くんは誰にも渡さないんですから!」
「……真理音。幼児相手にムキにならなくていい。盗られないようにと腕に抱きつかなくていいから」
間違いなく、あーちゃんは真理音を遊び相手と認識したようだ。幼児とは思えない笑みを必死にしがみついてくる真理音を見て浮かべた。最近の子って恐ろしいな。
「ところで、あーちゃんよ。ママとはどこではぐれたんだ?」
「んっとねー。ママがお洋服を見てて退屈だったからうろちょろしてたらママがいなくなってたの。で、お店の中を走って探してあげたんだけどどこにもいなかった」
この子も愛奈と同じで将来が心配になる元気っ娘か……はぁ。
「服が置いてあるお店となると沢山ありすぎて分かりませんね」
「ああ。迷子センターの連絡も聞こえないしな」
「……あーちゃん、捨てられたの……?」
「そんなことないから泣くな。ほら」
泣き出しそうになっているあーちゃんを抱えて腕に乗せる。すっぽりと足を腕と胸の間に入れて落ちないように気を付ける。
泣かなかったのは良いものの本格的にどうしようか。このまま探し続けても埒が開かない。もう、素直に迷子センターに連れていった方がいいんじゃないだろうか。
「あーちゃん。迷子になった時のために何か渡されてないか?」
「あるよ。ちょっと、まってねー」
ごそごそと体を動かして、服の下に隠していた小さなカバンが姿を表した。手を動かせないので真理音に確認してもらうと電話番号が書かれたメモが出てきた。
「あ、は、初めまして。はい。はい。娘さんがいますので……はい。では、後ほど」
書かれていた電話番号に真理音が電話をかけるとどうやら解決まで一気に近づいたようだ。
約束を交わしたという集合場所に先に着き数分の間、待っていると。
「あき!」
「ママー!」
あーちゃん……もとい、あきちゃんのお母さんが切羽つまった顔をして走ってきた。あきちゃんを下ろすと一目散に駆けていき、胸の中に飛び込んでいった。抱かれながら泣いている姿はきっと安心したからだろう。おませさんでもまだまだ子供なのだ。
「本当にありがとうございました。この子、ちょっと目を離した隙にすぐにどこか行っちゃって……今日も、手を握っていたのにこの子の服をとって着せようとしたらもういなくて……」
「えへへへー」
「えへへへー、じゃない。あきもちゃんとおふたりにお礼を言いなさい!」
「パパ、ママ。ありがとー!」
あきちゃんはペコリと頭を下げる。
反省してるとは思えないな。
「……だから、パパじゃないって言ってるだろ。どういたしまして」
「もう、お母さんから勝手に離れてはいけませんよ」
「うん!」
「この子が本当にすいませんでした。何かお礼を……」
「いえ、いいですよ。迷惑じゃなかったので気にしないでください」
なんだかんだと言いながら楽しかったのは本当だ。昔の愛奈のことを思い出せて嬉しかったしな。
「ふたりが無事に再会できただけで私達は満足ですので」
分かりきっていたことだが真理音もお礼なんて望まないらしい。
「って、ことで本当に気にしなくて大丈夫ですから」
「つくづくすいません。ありがとうございます。それじゃあ、私達はこれで」
「ばいばーい!」
二人が去っていくのを手を振って見送る。
「……なんだか、すっごくドタバタしましたね」
「だな……正直、疲れた」
本当なら今頃は真理音と楽しくショッピング中だったりゲームセンターで遊んでいたかもしれなかった。迷子のお相手なんてとんだ予想外だ。
「でも、楽しかったですね」
「そうだな」
だから、文句はない。何事も予定通りにいくなんて珍しいことなのだから。特に俺達の場合は。
「これから、どうしましょうか?」
「遊んで帰りたいけど早く家でゆっくりしたい」
「私もです。帰りましょうか」
差し出された手を取り、共に歩き出す。
「……真理音。その、あれから気分が悪いとかない?」
「は、はい……その、いつからそうなったりとかは分からないので分かりませんが今のところは毎日元気いっぱいですよ。なので、大丈夫かと」
「そっか……俺さ、真理音とはまだふたりでいたいなって思った。ああいう生活も楽しいんだろうけどさ」
「私もです。少なくとも後二年は真人くんを独り占めしたいと思いました」
――さっきも真人くんを盗られたような気がしてハラハラでしたし。
そう付け加えた真理音は照れ臭そうに笑った。
「でも、いつかはああいう風になりたいな」
「私は真人くんが相手してくれなくなりそうで少し怖いですけど」
「心配性だなぁ……どうなっても俺は真理音を一番に考えるよ」
「お願いしますよ? そうでないと本当にお尻でしかないといけなくなりますから」
「真理音のお尻になら別に……って、いたっ。つねらないで」
「……真人くんは変態さんです」
自然と指を絡め合うような形になりながら怪訝な目を向けられる。
「言い出しっぺは真理音なんだけどな」
「だからって、乗ってこないでください」
「乗るのは真理音だろ?」
「また! そうではなくてですね!」
「言いたいことは分かってるって。真理音だって俺が本気じゃないって分かってるだろ?」
ムキになってきた真理音をなだめるように言うと頬を膨らませられる。
「まあ、そうですけど……変態真人くんのことはよく分かりません」
「じゃあ、数年後によく分かってくれよ。俺を尻にしかないといけないかどうかをさ」
「もお……すぐに真人くんは良い風に纏めるんですから」
「でも、嫌じゃないだろ?」
「そうですけど!」
本当に素直だな、と真理音を見ていると微笑ましい。多分、俺と真理音はケンカなんてしないだろうな。もし、争うようになってもふたりともすぐに謝っていそうだ。
「それより、早く帰ろ。マグカップ使いたいし」
「そうしましょう。あ、途中でお菓子でも買っていきますか?」
「うん、そうしよっか」
結局、俺達はこうなってこれで良いのだ。ケンカして、謝り合って仲を深めることも大事だろう。でも、ケンカせずに仲良くいられるのならそれで良い。ちゃんと気持ちさえ伝えていければ。
「真理音、好きだよ」
「い、いきなりなんですか?」
「言いたくなった」
「真人くんには突然すぎて驚かされます」
と言いつつ、頬がピクピクと動きながら口元を緩めているのでどういう気持ちなのか丸分かりだ。
「私も好きですよ」
それを聞いて真理音を抱きしめたくなった俺は少しだけ足を急がせた。早く、真理音とふたりきりになりたい。その一心で家を目指した。
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