第163話 強がりの覚悟報告
周囲には沢山のお墓がある。
灰色や黒色のお墓が立ち並ぶ中、俺と真理音は二条家と掘られたお墓の前に立っていた。
今日はこの前撮った成人式の写真を真理音のお母さん――真理華さんに見せに来た、という名目のお墓参りだ。お父さん――葉月さんも一緒に来れたら良かったのだが、仕事上どうしても無理だということで俺達だけでということになった。
また仕事、とも思うけど本来大人には学生と違って春休みなど存在しない。平日に自由に行動するのは難しいのだ。真理音も特に気にすることなく、頑張ってと電話で伝えていたので深くは考えていないはず。ならば、俺がとやかく言う必要はない。
それに、寂しいと思うなら俺が思わせないようにすればいいだけだしな。
「みてみて、お母さん。この前の写真だよ」
真理音はアルバムに詰められた写真をゆっくりと一枚ずつ真理華さんに見てもらうように見せていく。
「この子がね九々瑠ちゃんだよ。可愛いでしょ。この日は私とお揃いのドレスだったんだよ」
真理音のドレス姿は今でも鮮明に覚えている。どっかの国の王女様が着るような派手で豪華な物ではなかったが本当に綺麗だった。
きっと、真理音には豪華な衣装より控え目な衣装の方が似合うことだろう。それを着こなせるほどの魅力が真理音自身にあるのだ。
「それでね、これは真人くんとの写真だよ。どう、カッコいい彼氏でしょ? この日は珍しく髪の毛をワックスでいじっててね」
俺のことは嬉しそうに報告しないでいいんだけどなぁ……何だか、普段は身だしなみに気を遣ってないように思われそうだし。おしゃれ番長じゃないからその通りなんだけど。
でも、最近はちょっとずつ気を付けてるんだからな? 真理音の隣を歩くんだから似合ってると思われたいし。
「これはね、お父さんとの写真だよ。この前も報告したけど、ちゃんと仲良くやれてるから安心してね。本当は今日も一緒が良かったんだけど、私達のために頑張ってくれてるから真人くんと来たんだ」
真理華さんも分かっていることだろう。葉月さんが誰のためにずっと頑張ってきて、今も頑張り続けているのか。だから、俺だけで申し訳ないけど腕を組んで笑って許してくれることだろう。
「真人くんのご家族とも仲良くさせてもらってるんだよ。皆さん、明るくて優しくて素敵な方ばかりなんだ」
真理音は最後に成人式の翌日、皆で撮った写真を見せてアルバムを閉じた。
お墓を綺麗に掃除して、お菓子とお花をお供えして、線香に火をつけ、手を合わせた。
すいません、お母さん……俺は真理音に手を出してしまいました。同意の上だったとはいえ……既に何回かしています。ちゃんと将来のことは考えています。まだ、その事をはっきりとは真理音に伝えられていません。
けど、真理音のことを幸せにします。だから、真理音のついでに俺のこともゆっくりと見守っていてください。
しっかりと真理華さんに言ってから目を開けた。
隣では真理音がまだ手を合わせている。
その様子を見守っていると真理音は静かに目を開けた。
「そろそろ行きましょうか」
「もういいのか?」
「はい。報告したいことは出来ました」
持って帰るものと残していくものとを分けながら帰宅の準備を進めていく真理音。
「じゃあね、お母さん。また来るから」
頭を下げてから真理音の後に続く。
いつも通りに見えるはずなのにどうしてか真理音が寂しくなっているんじゃないかと思って手を握った。
すると、何も言われないまま握り返された。
「もう、すっかり桜が綺麗だな」
「そうですね。三月ももうすぐ終わりですし今がピークです」
木々の下を通りながら上を見るとピンク一色の景色が広がっている。
「今度、お花見でもしないか?」
「賛成です。お弁当作って公園に行きましょう」
「真理音のお弁当、楽しみだな」
「いつも、私のご飯を食べているじゃないですか」
「そうだけどさ。外で食べるのはまた違った美味しさがあると俺は思う訳ですよ」
「ふふ、真人くんが言うならそうですね。タコさんウインナーを入れますね。後は玉子焼きと」
「定番だけど良いラインナップ。早く食べたいな」
そんなことを話しながら歩を進めていく。
今日はこれから真理音の実家に寄って、葉月さんが帰ってくるのを待って一緒に晩ご飯を食べることになっている。
「もう少ししたら真人くんのバイトもこれまで通りに戻るので一緒にいる時間が長くなりますね」
そうなのだ。バイトを増やすのは三月いっぱいまでだと決めている。だから、四月になれば一日中真理音といられたり出来る日が増えるのだ。
ちゃんと稼ぎたい分も稼げたし、真理音に渡すものも買えてるし今のところは順調だ。後は、期日までに取り組んでいるものを完成させるだけである。
「ごめんな、いっぱい寂しい思いさせて」
「その分、沢山良くしてくれていますから大丈夫ですよ……その、色々と!」
「う、うん! 色々とな! 色々と!」
「で、でも、あれですね。そろそろ、コタツも片付けないといけなくなると名残惜しいですね」
「また、寒くなったら活躍してもらおう。それまでは、最近役に立ててないソファを相手にしないと拗ねちゃうからな」
「ソファで隣り合うのも捨てがたいですもんね!」
「狭くないから幅広く使えるしな」
「ふふ、苦しくなるくらいぎゅうってくっつくので覚悟していてくださいね」
「窒息死しない程度で頼む」
冗談を交えながら歩いていると真理音が手を離して舞い散る桜の中を優雅に回る。
目を回して転けたりしないかと心配になりつつも、まるで、妖精のような可憐さに目を奪われる。
手をぱんぱんと叩いていることからどうやら桜の花びらを掴みたいらしい。でも、全然掴めずに散っていき苦戦しているようだ。
ほんと、いつまで経っても変わらないよな。
その事を嬉しく思いながら、ひらひらと舞っている花びら一枚に狙いを定めてゆっくりと手を伸ばした。
うん、ちゃんと獲れた。
夢中になっている真理音の前に握ったままの手を差し出す。
きょとんとされたので手を開くと目を輝かせた。
「はい、プレゼント」
「ありがとうございます」
優しく微笑みながら受け取った真理音は嬉しそうにはしゃいでいる。
「嬉しいですけど、折角だから飛ばしてあげてもいいですか?」
「もう真理音のものだからな。好きにしていいよ」
「では」
優しく息を吹きかけると花びらはもう一度ひらひらと宙を舞った。
「どうせなら皆と一緒がいいだろうと思いまして」
「ひとりぼっちは寂しいもんな」
「はい」
示し合わせた訳ではない。けども、同時に差し出した手を笑い合って繋ぎ、家を目指した。
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