第164話 星が輝き、花を照らす 前

「いただきます」


 手を合わせて、作ってくれた真理音に最大限の感謝を込めておむすびを口にした。

 ほどよい塩加減と海苔の味が効いていて美味しい。


「美味しい」


「良かったです」


「バイトの休憩中も思ってるけど、真理音が作ってくれるおむすびって何個でも食べられそうなんだよな」


「沢山作ったので沢山食べてくださいね」


 真理音もそう言ってくれたので早速二つ目に手を伸ばした。


「桜、綺麗ですね……」


「だな。昼間に見ても綺麗だけど夜だとより幻想的と言うか昼間よりも綺麗に見えるな」


「夜桜にして正解でしたね。人もいないですし静かに眺めることが出来ます」


 今日はこの前約束したお花見に近所の公園にまで来ていた。

 花見、といえば有名なスポットまでわざわざ足を運ぶ必要があったり、大勢の人でごった返しになっている中で見ることがテレビでよく紹介されている。

 しかし、そんな疲れる思いはしたくない。


 ということで、近場の公園にも墓参りの日に見た程ではないにしろ、桜が沢山咲いているのでここに決めたという訳だ。しかも、昼間ではなく、夜にすれば人も少ないだろうと考えた結果、思惑通りにいき俺と真理音はハイタッチして喜んだ。


 レジャーシートに座りながら夜桜を眺め、真理音が作ってくれたお弁当を美味しく食べる。

 なんて、素敵な時間なのだろうか。


「やっと、おかずにも手をつけられる」


 家を出る少し前まで真理音は頑張ってお弁当を作ってくれていた。言っていたようにタコさんウインナーに玉子焼き。さらに、からあげにポテトサラダが追加され、豪華なお子様向けメニューである。


「さっきは我慢してもらいましたからね」


「味見したかったのに手を叩かれたからな。頑張って、我慢したんだよ」


 玉子焼きを味見しようと手を伸ばしたら、つまみ食いはダメですよ、と可愛く叩かれたのだ。


「味見を許したら真人くん全部食べちゃいそうじゃないですか」


「流石にそこまで節操なしじゃない、はずだけど……ちょっと不安だな」


 一度食べ出したら病みつきになり止まらなくなる。それくらい、真理音のご飯は美味しく、胃袋を掴まれた男が迎える結末なのだ。


「だから、我慢してもらったんですよ」


「はいはい、分かったよ」


 この件に関しては真理音に分があるのでとっとと逃げる。

 しかし、


「はい、は一回ですよ」


 久しぶりでも見逃してもらえず、口酸っぱく注意された。


「はーい、分かったよ」


 いつもの真理音みたいに頬を膨らませ、拗ねたように返事をすると口元に手を当てながら楽しそうに笑われる。


「拗ねないでくださいよ。はい、どうぞ」


 からあげを差し出されたのでおありがたく口に含む。揚げたてみたいにカラッとジューシーではないにしろ、内に秘められた肉汁が出てきて美味しい。


「どうですか?」


「安定の美味しさ。めっちゃ美味しい!」


「真人くんは何でも美味しく食べてくれるので腕によりをかけちゃいます」


 嬉しそうに微笑む姿は何度見ても見惚れてしまう。

 例え、不味くても一生懸命作ってくれたなら感謝する。自分が料理が出来ないこともあるが、誰だって作り手には感謝することは基本だ。

 でも、真理音のご飯は本当に美味しいし、いつもそれを直接伝えているだけなのにこんなにも嬉しくされるとこちらの感謝が足りないように思えてしまう。


「本当に美味しくて安心する味っていうかなんていうか……好きなんだ。毎回、食べられることに幸せを感じてる」


 母さんや父さんが作ってくれるご飯にはここまでの感情を抱いたことがない。

 親なんだから当たり前。

 そう思ってた。


 だから、一人暮らしを始めた時は毎日ありがたいことだったんだ、と思った。

 けど、その程度だった。

 世の中、ご飯を食べる方法なんていくらでもあるからだ。


 でも、真理音のご飯を食べるには真理音が作ってくれる以外に方法がない。毎日、当たり前のように食べているけど、それは本当にありがたいことなんだと知った。


 今度、母さんと父さんにもお礼を言わないとな。


「しっかりと気持ちは伝わっていますから。毎日、ありがとうって言ってもらっていますし」


「これからも、毎日言うよ。俺に出来るのはそれくらいだから」


「私は真人くんが笑顔で食べてくれるだけで嬉しいんですよ。胸が温かくなります」


「俺だって真理音のご飯を食べるだけで温かい気持ちになるよ。それに、随分と好き嫌いも減ったと思うし」


「では、明日はお魚メインにしましょうか。野菜も沢山用意しますね」


「うっ……お手柔らかに頼む」


 こうは言ってもきっと美味しく完食するんだろう。明日の晩が実に楽しみだ。


「てかさ、真理音は良かったのか?」


「何がですか?」


「いや、このラインナップって俺の好物ばっかりだからさ……真理音の好物は入れなくて良かったのかなって。折角、自分で作ったんだしさ」


「いいんですよ。真人くんが喜んでくれますので。それに、真人くんと食べると何でも美味しくなって私も好きになりますから」


 真理音は本当にそう思っているように屈託のない笑顔を向けてくる。


「……真理音ってほんとにいい女の子だな」


「そこは、女、でお願いしますよ。もう、大人の階段を真人くんと一緒に登ったので」


 確かに、そうかもしれない。

 でも。


「やっぱり、女の子、がいいな。その方が真理音にあってる。それに、真理音も俺のこと同じように思ってるだろ?」


 ――このおかずが物語ってる、と付け加えると真理音は可愛らしく舌をちょろっと出した。


「ばれちゃいましたか」


「うん。どう見てもお子様向けメニューだからな。大好きだけど」


「だって、真人くんのことをどうしても男、って思えないんですもん。カッコいい、男の子。それが、今の真人くんです」


 真理音は子供扱いされることを嫌がるが十分に俺のことを子供扱いしていることが分かった。

 でも、嫌だとは思わない。

 自分でも漢と書くような人間じゃないと分かっているし、真理音の評価がお世辞も入っているだろうけど妥当だと思うから。


「俺もまだ今の真理音を可愛い女の子としか思えないんだ。だからさ、ふたりで成長して変えていこう。子をつけなくていいように」


「いつまでも、つけてられないですもんね」


 肩にもたれてきた真理音は見上げるような形になりながら微笑んだ。

 その笑顔はやっぱり可愛くて。

 この笑顔だけは何年経っても変わってほしくない。

 そう思った。

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