第158話 誤解され、メイドになられ、壁ドンし、初夜を迎えた④
可愛く恥じらうメイド姿の真理音をカメラに収めることが出来た満足感は数秒しか味わうことが出来なかった。
理由は――
『しゃ、写真を撮るかわりにお願いを聞いてください!』
と、交換条件を出されたからである。
なんで? と聞くと恥ずかしいからです、とのこと。……俺もトナカイ姿を撮られた時、恥ずかしかったんだけどな。
「……で、真理音のお願いって?」
「か、壁ドンをしてほしいです!」
か、壁ドン……。
声を出せなかった。真理音に壁ドンをしたことは一度だけある。そして、あの時抱いたのは後悔という二文字だけ。もう二度とやりたくないし、したくないと思った。
けども。
「……ダメ、ですか?」
「……ここで、ダメって言うほど男は廃ってない」
真理音が望んでいるのならやるっきゃない。もう、写真も撮らせてもらったしな。
それに。壁ドンなんてたかが手を壁に力強くドンするだけ。簡単簡単。出来る出来る。
ゆっくりと息を吸って真理音に迫るようにして近づいていく。
しかし。
「……あの、真理音。壁際まで行ってくれないと出来ないんだけど」
真理音はボーッとしたまま、動かずに立ち尽くしたままでいる。
これだと、折角の壁ドンもむなしい結果になって終わってしまうことだろう。
「そ、そうですね!」
手をポンと叩いて、後退る真理音を追うようにしながら歩いていく。
行き止まりに到達した真理音を見下ろす。
真理音は期待と不安が入り交じったような瞳をゆらゆらとさせながら見上げてきていた。
壁ドンって事前に宣言してる状態だと今から襲います、ってことを言ってるみたいでやりにくいな。
「い、いくぞ?」
「は、はいっ!」
ゴクリ、と大きな唾を飲み込んでいざ!
真理音に当たらないギリギリの距離に狙いを定めて手を付き出した。思いの外、力強く壁を叩いてしまい大きな音が響く。
家と家が離れてて良かった……。
近所迷惑を怒鳴られないマンションの造りと防音効果に感謝しつつ、じんじんと手が痛むのを感じさせないようにしながら真理音と目を合わせた。
「……これでいい?」
「何か言ってほしいです」
ええー……何か言ってほしいって何を言えばいいんだよ。
必死になって今まで読んできた本の内容を頭に思い浮かべる。
色々とこの状況で良い雰囲気になるセリフが出てきたがどれも恥ずかしくて堪らない。
結局、自分でこれなら自爆しないで済むだろうと思うセリフを考えた。……どっちにしろ恥ずかしいのは変わらないのだが。
「お、俺から逃がさない……!」
……ギャアァァアアァァ――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ! 何だよ何だよ何だよ。逃がさないって何だよ!
鏡なんて見なくても分かるくらい顔が熱い。
内心で悶え苦しんでいるとぽすっと胸に真理音が飛び込んでくる。視線を持っていくとキラキラと目を輝かせた真理音が見上げてきていた。
「はい。真人くんから逃げません。だから、ずっと捕まえておいてください!」
そのまま、背中に腕を回され胸に顔を埋められる。
これじゃあまるで俺が捕まえられてるみたいじゃないか。
随分と恥ずかしい思いをした。
けども、
「真人くんっ。真人くんっ」
こうやって、真理音が幸せそうにしてるならいいや。さっきまでの悲しませている時よりはずっと。
真理音の頭にアゴを乗せて、ゆっくりと時間が流れるのを過ごした。
どうやら、壁ドンでダメージを受けていたのは俺だけではなく真理音もだったようで、顔を真っ赤に染めた彼女は逃げるようにお風呂に入ってきますと逃亡した。俺に部屋で待っててください、と言い残して。
そんな訳で真理音の部屋でひとり悶々として過ごしているのが現状だ。
時刻はもう少ししたら日付けが変わる頃。
今日は昨日の真理音が心配でなかなか寝付けずに寝不足だ。にも関わらず、頭は冴えてしまう。
余計なことを考えまいとするために部屋を見渡す。
必要ない物はあまり置かないタイプなのだろう。整理整頓されていて、いつ見ても綺麗なままだ。
そんな中でよく見知った物を見つけた。
マナトくんだ。
ベッドの近くでぶすっとした面をしながら置かれているマナトくんを手に取る。
真理音は今もマナトくんを抱きしめて寝ているのだろうか。
「……お互い、愛されてるよな。俺の方が上だけど」
ベッドに腰掛けながら自分と同じ名前をした相手とそんなことを話していると、
「お、お待たせしました……」
「全然、待ってな――!?」
真理音の方を見て、首が痛いのなんて気にならないくらいに慌てて逸らした。
「な、何て格好して……」
別に、真理音が生まれたままの格好をしていたとかそういう訳じゃない。ちゃんと着るものを着用している。
なのに、真理音を見れなかったのは着用しているのがベビードールと呼ばれているものだからだ。
扉が静かに閉められる音が聞こえ、隣に真理音が座ったことがベッドの浮き沈みで分かった。
「真人くん、私を見てください」
「む、無理……」
「どうしてですか?」
「どうしてって分かるだろ……」
ベビードールというのは少し目を凝らすだけで透けて見えてしまうものらしい。真理音が着用しているのは白色。つまり、簡単に透けてしまうということだ。
「そ、それより、そんな薄着だと寒いだろ。もう一枚、上から羽織った方が――」
言い終わらない内に真理音に包まれように抱きしめられ、その柔らかい感触を腕に押しつけられる。
精一杯。力一杯。何度も何度も押しつけられる。まるで、自分の武器の一つが何か分かっているかのように。
「ま、真理音……やめてくれ……」
「やめたくないです……真人くん、私と――」
今度は俺が言い終わらない内に真理音の言葉を遮った。ベッドに押し倒すような形になって。
互いに息がかかる距離で見つめ合う。
「真理音……誘ってくれてるのか?」
「……っ!」
答えはない。
ただ、既に赤くなっていた顔が耳まで真っ赤になったと同時に首に腕を回されぐいっと引き寄せられる。
「ま、真人くんは私とでは嫌ですか……?」
「そんなことない。さっきからずっと我慢のしっぱなしだよ」
「が、我慢なんてしてほしくないです。だから、私と――」
言い切られる前に唇を重ねて閉ざす。
真理音にばかり言わせたくない。
真理音にばかり頑張らせたくない。
唇を離すと真理音の目が溶けたように潤み、回されていた腕もダランとベッドに落ちた。
「この前、あんなこと言ったけど……本当は真理音とずっと……でも、どうしてもまだ自信がもてなくて……中々、その一歩を踏み出せない」
「真人くん……」
「けど、もっともっと真理音に触れたい。だから……いい、かな。俺を相手にしてもらっても」
「私は真人くんじゃないと嫌ですよ……」
「……ありがとう」
真理音ともう一度、唇を重ねると俺は距離をとった。
「じゃあ、一回家に帰る」
「……ど、どうしてですか!?」
あまりにも場違いなことを言ったからだろう。
構成されていた良い雰囲気ぶち壊しに流石の真理音も大変驚いている。
「今の流れだとあのまま真人くんが私を愛してくれるんだと思うんですけど」
「そりゃ、勢いがあった方が俺もいいとは思う。けど、それがちゃんとしない理由になる訳じゃない」
「ちゃんと?」
「……将来のことを考えてだよ。真理音がいいからって欲望のままにはしたくない」
「だからって、どうして帰ってしまうんですか?」
「……買ってあるからだよ。もしものことを考えて」
普段なら意味が通じないはずが事前調査があったからなのかお分かり頂けたように真っ赤になられた。
この隙に――と、動こうとして真理音に腕を掴まれた。
「ま、真人くんの気持ちは嬉しいです……でも、は、初めてだから邪魔されたくないです……直接、真人くんを感じたいです!」
もう無理だった。
そこまで言ってくれて、そこまで頑張ってくれて、そこまで想ってくれて。
それに応えない選択なんてなかった。
真理音を押し倒して見つめ合う。
「俺の全部を真理音にあげる。だから、真理音の全部を俺にくれ」
「はい」
その答えを合図に俺達は唇を重ね、愛し合い、幸せな時間を過ごした。
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