第157話 誤解され、メイドになられ、壁ドンし、初夜を迎えた③

「はい、真人くん。あーん」


「あ、あーん……」


「どうですか? 美味しいですか?」


「お、美味しいです」


「ほ、本当ですか!? 真人くんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいな……はい、真人くん。あーん」


「う、うん……」


 今日の晩ご飯はオムライスだ。オムライスを作ったことにどういう意図があるのかは分からないが美味しいに越したことはない……んだけど。


「真理音。そろそろ、自分で食べ――」


「ダーメーでーすー。今日は真人くんに沢山見てもらうんですから」


「いや、だからって」


 全部全部食べさせてもらう身にもなってくれ。肩はさっきからずっと密着してるし、意識してないのか柔らかい感触もずっと腕に押しつけられてるし……居心地が良いのに心の居心地は悪い。


「ま、真理音も早く食べないと冷めちゃうだろ?」


 どうにかこの状況から逃げようと試みる。

 すると、真理音はじっと見つめてから微笑んだ。

 何かを察してくれたのだろう……助かっ――


「では、真人くんが同じようにして食べさせてください。はい、スプーンをどうぞ」


 さっきまで俺が口にしていたスプーンを渡され目を閉じて口を開けられる。

 間接キスをご所望のサイン。

 元々、用意されたスプーンが一本だった時点で変だと気付くべきだった。


「早くしてください。お腹がすきました」


 逃げ場のない状況にどうすることも出来ず、オムライスをすくってゆっくりと口へと運ぶ。

 小動物のようにもぐもぐと咀嚼する姿を見ながらいつまで続くんだろう、と果てしなく続きそうな時間にそっとため息をついた。


 真理音とのこういうイチャイチャが嫌な訳ではない。嬉しいし可愛いな、と気持ちが強くなる一方だ。

 ただ、今日の真理音は今まで以上にグイグイで随分と頑張っているんだということが分かる。


 余裕ぶっているがずっと小刻みに震えていることが肩を通して伝わってくるのだ。


「……真理音。明日、大丈夫か?」


 今日のことを後悔して羞恥で耐えられないんじゃないかと心配になる。メイド姿に際どい台詞。極めつけは……ネットで調べたらしい色々なこと。恐らく、真理音には刺激が強すぎたのだろう。だから、昨日は赤くなっていた。そう思う。


「……明日は明日の私に任せていますので」


「……捨て身の覚悟だな。因みに、明日も真理音とずっと一緒だけど分かってるか?」


 まあ、お泊まりを誘ってきたのは真理音の方だし流石に分かってるよな。


「……明後日の私に任せます」


「気付いてなかったのか」


 目を逸らしながらの姿は天然というか何というか……心臓がきゅんとなる。


「無理だけはしないでいいからな」


「む、無理なんてしていません。全部、私がやりたいことです。……ただ、恥ずかしいだけで無理なんかじゃ」


「じゃあ、俺も付き合わないとだな」


 ――はい、あーん。とオムライスを真理音がしてくれたようにする。


 真理音も恥ずかしい思いをしているんだし俺も恥ずかしい思いをしてでもちゃんと向き合っていこう。真理音がやりたいことには全部付き合う、そう決めてるって言っちまったしな。


 その後、ふたり分のオムライスがなくなるまでお互いに食べさせ合いをした。一本のスプーン故、普段の食事よりも時間がかかってしまったが有意義な時間だった。



「はい、真理音」


「ありがとうございます」


 いつも、ご飯を作ってくれるお礼に洗い物は率先してやっているのだが今日は真理音と一緒に実践している。俺が食器やフライパンを洗い、真理音が布巾で水分を吸いとっていく。


「……しかし、あれだな。メイド服の上にエプロンってあんまり見ないよな」


 正確にはあんまり、というより生まれて初めてなのだが。


「汚したくありませんから」


「そもそもなんだけどさ、どうしてメイド服なんてこっちに持ってきてたんだ? 真理音の性格上、絶対に隠そうとタンスの奥にでも眠らせてそうなんだけど」


「確かに、そうしていました。でも、もし私がいない間にお父さんに見つかったら嫌じゃないですか」


「それは、まあ、気まずいな」


 疎遠状態のままだった場合、特にいたたまれなかっただろう。それこそ、娘が何か如何わしいことでもしてるんじゃないかと思うことだろうし。


「だから、ここに来る時にダンボールの一番下に詰め込んで持ってきたんです」


「なるほど」


 その後、服がどうなったかは知らないが恐らくは黒歴史として眠っていたのだろう。

 なのに、今回は俺のためにひっぱりだしてくれた。


「後で写真撮ってもいい?」


「……それって、意地悪ですか?」


「いや、折角だから残しておきたいなと思って。あ、変なことには絶対に使わないから」


「変なこと?」


 真理音はネットで何を調べたのだろう。

 何だっていい。知らないならそのままで。詳しく聞かれると俺の方が困るし。


「真理音の写真をずっと見てにやにやとか」


「は、恥ずかしいですけど……真人くんが私を見てにやにやしてくれるなら存分にしてくれていいんですよ?」


「えっ、あ、はい……」


 誤魔化そうと適当なことを言ったのにその返しは反則だろ……それに、真理音には内緒だけど俺のスマホ内に貯蔵されているコレクションを見て既にそれは実行済みだ。


「私だって真人くんの写真を見てにやにやしていますので……!」


「そ、そうなのか」


「は、はい……家に帰って寂しい時とかは真人くんを見て過ごしています」


 何故だろう……真理音の方が絶対に恥ずかしいことを言ってるはずなのに飛来して俺が恥ずかしいみたいになってる。


「だから、真人くんも同じことしてくれていいですからね!」


「う、うん……」


「でも、写真の私ばかりじゃなくてちゃんと私を見てくださいよ! 嫉妬しますから!」


 カアッと頬が熱くなるのが分かった。

 今日の真理音は攻撃力に極振りしているみたいにグイグイくる。


「……既に真理音から目が逸らせないよ」


「そ、それは、その……作戦通りです」


「何の作戦だよ……」


「私に集中してもらおう作戦です……」


 そんな作戦なくても俺は真理音にメロメロだ。自分でメロメロだってのは感じるものがあるけど事実なのだから隠す必要もない。


 結局、真理音の作戦にまんまとハマってしまった俺は洗い物も忘れて暫く彼女を見つめてしまっていた。

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