第22話 寂しがりが幸せならそれでいい

「改めて、色々と申し訳ありませんでした」


「いや、俺の方こそ。その、意識し過ぎてギクシャクしてた」


「因みに。それって、どういう意識ですか?」


「分かりきってるくせに聞いてくるのは悪意があるだろ」


「私、疎いので分からないです」


 そうは言うものの絶対分かってるはずだ。

 二条さんは優しく微笑んでいるつもりだろうが、事実としてものすごくやらしい笑みを浮かべている。


「お、女の子を家によぶ……ってことだよ」


「えへへ、嬉しいです。素直に言ってくれて。私も男の子の家におよばれするんだってずっと意識してました」


「そ、そうか」


「はい。色々とあれでしたけどふたりでいれて楽しかったです」


 二条さんはどこか抜けている。だから、今のにも深い意味はない。意識しないで適当にあしらっていればいい。


「俺も……楽しかった」


「ここで、ひとつ提案があります」


「何?」


「これからも、一緒にご飯を食べませんか?」


「えー、今日は特別なだけで普段から一緒ってのは」


「嫌ですか?」


「嫌、ではないけど……」


 なんだか、そうなると同棲しているようじゃないか。二条さんは脳ミソお花畑で幼稚レベルかもしれないが、俺は子どもじゃない。そういう認識をしてしまう年頃なんだ。不本意ながら。


「嫌じゃないなら一緒に食べましょうよ。今日で私沢山のことに気づけたんです」


 二条さんはわざわざ見せつけるためなのか指を立てて話し出す。


「ひとつ。作った料理を目の前で食べてくれるのが嬉しいこと。

 ふたつ。食べ終わってすぐに美味しかった、ご馳走さまと言われると嬉しいこと。

 みっつ。誰かと一緒に食べることはやっぱり楽しいこと。

 よっつ。ひとりでの食事は寂しいので誰かに一緒してほしいこと」


「本当だ。沢山のことに気づいてるな」


「はい。沢山、気づけました」


「それで、これからも一緒にご飯食べたいと?」


「はい。ひとりは寂しいので」


 なんかもう、それ言えばなんでも通るって勘違いしてないか? 誰だよ、二条さんを甘やかして育てたやつ。


「もし。もしも、だぞ。二条さんの言う通りにするとして毎回二条さんが俺の家に来るのか?」


「そのつもり、なんですけど……実は困ったことがあるんです」


「困ったこと?」


「はい。家で作ってここまで持ってくるとどうしても冷めた料理しか提供出来ないんです」


「仕方ないんじゃないか? それに、温めなおしたら大丈夫だろ。今日だってそうしたんだし」


「そうですけど。私としては出来立てほやほやを食べてほしいんです。だから――」


 あれ、なんだろ。なんか、とんでもないこと言われそうな気が。


「ここで調理させてください」


「……拒否権は?」


「あります。でも、使ってはほしくないです」


 もし、拒否したら二条さんのご飯はもうお預けなのだろうか。いや、二条さんのことだからきっと作ってくれる。俺は作ってくれたご飯を食べれて満足だ。

 でも、二条さんは? 二条さんはどうなんだ?

 ただ、一緒にいてほしいことを望んでる。特別、しんどいことや疲れることを望んでいる訳じゃない。一緒にご飯を食べたいと言っているだけなのだ。


 俺だけが毎日満足して、二条さんだけが満足しないのは対等な関係じゃない。なら、もう答えは出た。


「じゃあ、そうするか。これからは毎日、一緒にご飯を食べよう」


「はい」


 これでいい。これでいいんだ。二条さんとは恋人とかそういう特別な関係じゃない。ご飯を貰うから、お金と時間を提供する。ようは、雇い主と雇われ者の関係だ。

 同級生で出会って一ヶ月と少ししか経っていないのに変だと思われるかもしれない。可笑しいと言われるかもしれない。

 でも、それでいいじゃないか。俺はあくまでも二条さんに付き合ってあげるだけだ。そこに、恋愛感情は持ち込まない。抱かない。この先もずっとだ。


「星宮くん、星宮くん」


「なに?」


「呼んでみただけです。ふふ」


 好きにはならない。なってはならない。うん、常にそう思ってさえいれば大丈夫なはずだ。多分。自信は半々だけど、そこは意地でも貫き通す。


「幸せそうだな」


「ふふ。幸せですから」


「そうですか」


 ま、二条さんが幸せならいいか。なんたって、可愛いし。本来、対価でも払わないと見れないような可愛い笑顔をただで見れるんだ。理由なんてそんな単純なものでいい。


「私の顔に何かついてますか?」


「なんで?」


「じっと見られているような気がして……思い込みならすいません」


「ああ、頬っぺたマシュマロみたいだったなぁって」


 本当は、可愛いなって思いながら見てたんだけどそれを言えば折角の落ち着きがまた消えてしまうから言わないでおこう。


「マッ……その、それって、どういう感想なんですか?」


「ぷにぷにもっちもちで最高の頬っぺたに認定した」


「喜んでいいんですか?」


「いいよ。あんなに気持ちいい頬っぺたは他にない」


 と言っても、二条さん以外の人の頬っぺたなんて触ったことないから知らないけど。


「九々瑠ちゃんも言っていましたがそんなに良いものですか? 私には分かりません」


 自分の頬を軽く摘まんで確かめる二条さん。餅みたいにみょーんと伸びたら面白いだろうなとか思いながら様子を眺めていた。



「今日はお邪魔しました」


「明日のことだけどさ。運んでほしいやつとかあったら言ってくれ。それくらいは手伝わせてほしいから」


「はい。でも、星宮くんの家に意外とお鍋やフライパンがあったのでそんなに多くはならなそうです」


「はは。一人暮らし始める時、親から無理やり持たされただけでほとんど使ってないけどな」


「早く星宮くんに一年分の栄養を取り戻してもらわないとと思うと腕がなります」


「二条さんが作ってくれるやつはなんでも美味いからな。期待してる」


「応えれるように頑張ります」


「気張り過ぎずでいいからな」


「はい。では、おやすみなさい」


「おやすみ」


 頭を下げて帰っていく二条さん。そんな彼女を一応見送っているつもりで見ていると家に入る前、振り返ってきた。笑いながら手を振ってくる。片手を上げて応えると二条さんは家に入った。


 俺も入ろうとした時、扉の開く音が聞こえ二条さんがまた手を振ってきた。


 早く中に入りたかった俺は手で無視を追い払うような動作を見せつけた。すると、二条さんは拗ねたようにそっぽを向いた。


 はぁ、仕方ないな。


「二条さん、二条さん」


 と、近所迷惑にならない声で呼ぶと腕を組んだ状態であからさまに怒っているアピールをしながら片目で見てくる。


「バイバイ」


 言いながら手を振ると満足いったのか忍び足で静かに消えていった。


 二条さんが少しめんどくさくなる時もある。でも、飽きが来ることは関わっている間はなさそうだ。

 そんなことを考えながら扉を閉めた。

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