第21話 ふたりにとって家で一緒の食事はまだ早かった

 今日は朝からずっと落ち着くことが出来なかった。理由は簡単。二条さんが家に来るからだ。


 一応、掃除らしきものもした。見られて困るようなものも目に見えるところには置いてない。後は、二条さんが二人分の料理をタッパーにいれて持って来るだけ。


 知らず知らずの内に身体がそわそわしてくる。緊張から心臓の動きも早くなり、一秒が長く感じてしまう。


 まだかな。まだかな。って、違うから。二条さんが来るのが楽しみとかそういうのじゃないし。この、そわそわするのが続く感じが嫌だから早く終わらせたいだけだし。


 ああああああああ、とにかく、こんなこと初めてだ。


 ソファの上で馬鹿みたいにドタバタしているとチャイムの音が鳴った。びくりとして、一瞬思考が停止する。

 来た……遂に来た。

 俺が緊張していると二条さんを不安にさせてしまうかもしれない。深呼吸を数回し、モニター越しに返事する。


「はい」


「あ、に、二条です。約束通り来ました」


「うん。ちょっと待ってて」


「はい」


 今一度、部屋の中を確認する。うん、どこも変じゃない。変じゃないけど、一応ドアは閉めとこ。


「い、いらっしゃい」


「こ、こんばんは」


 なんだ、このドギマギする感じ。いざ、二条さんを家に上げるとなるとさっきよりも緊張が増す。


「ど、どうぞ」


「お、お邪魔します」


 手足を同時に動かし、身体のネジが上手く回っていないかのようにぎこちない二条さん。それだけで、二条さんも緊張しているんだということが分かった。


 二条さんの家にお邪魔させてもらった時は斑目がいた。斑目がいたからこそ、俺はそこまで緊張することがなかった。ひとりが寂しいことはまだ分からないが、こういう時はもうひとり誰かいてほしいと感じた。



「きょ、今日も美味かったよ。ご馳走さま」


「お、お口にあったようで何よりです」


 食事中、緊張から会話が弾むようなことがなかった。お互い、ぽつぽつと何気ない話をしては笑いすぐに真顔になる。それを、繰り返している内に料理がなくなってしまった。


「その、なんかごめんな。楽しい話題の一つもふれなくて」


「い、いえ。私の方こそ、すいません。今日は朝からずっとドキドキしてぼーっとしていて……上手く笑えてたどうか」


「上手く笑えてたんじゃないか……少なくとも俺の目にはそう写ってた」


 緊張してるってことが丸分かる程度にはギクシャクしていたけど。でも、それは俺も同じはず。この初々しい空気、見るのは好きだ。けど、いざ体感するといてもたってもいられない。今すぐ布団をかぶって全身保護したい。


「星宮くん……」


「な、なんだ?」


「あの、大変言いにくいんですけどお、お手洗い借りていいですか? あの、き、緊張で」


「あ、ああ。どうぞ。気が回らなくて悪い」


「い、いえ。失礼します」


 小走りでトイレまで行く二条さん。

 姿が見えなくなって俺は長い息を吐いた。


 び、ビビった……急に甘い声を出すもんだから何かとんでもないことでも言われるんじゃないかと思った。


 それが、まさかのトイレ。流石、色々と裏切らない二条さんだ。でも、二条さんがトイレに行きたくなったのも緊張してたから、なんだよな。


 俺は二回、頬を叩いた。


 よし、もう変な緊張はやめだ。こんなの、いつもの俺と二条さんじゃない。もっとラフな関係なんだからいつものようにしていればいいんだ。


 気合いを入れたところでトイレを流す音が聞こえてきた。ドアが開き、二条さんが出てくる。


「間に合ったか二条さ……二条さん?」


 トイレから出てきた二条さんは俺の隣に立ってじっと見てきていた。そして、いきなりぷにっと頬に人差し指が押し込まれた。


「ひ、ひひょうはん?」


 二条さんを呼んでも無言のままだ。そのまま、ボタンを高速で押すように連続で頬をぷにぷにしてくる。


「二条さん」


 いい加減、しつこくなってきたので手を掴んでやめさせると二条さんは我を取り戻したようにあわあわとし始めた。


「す、すいませんすいませんすいません」


 ペコペコペコと頭を下げる二条さん。


「うん。怒ってないから一旦止まろう。そして、状況をよく見てくれ」


「えっ……わぁぁぁぁ、すいません」


「うん、落ち着いてちょっと離れて」


 二条さんが後ろに一歩下がるとそれまで俺の頭にかぶせられていた二条さんの髪が離れていく。その間際、シャンプーらしきいい匂いが鼻をかすめていった。


「で、いきなりどうしたんだ?」


「はい。その、緊張をほぐそうと思いまして……」


「だからって、なんであの方法なんだよ。地味に痛かったぞ」


「だって、他に方法が思いつかなくて……しょうがないじゃないですか。私、一発ギャグなんて出来ないですし……だからと言って、せっかく星宮くんといるのに楽しくないのは嫌ですし……」


「二条さんってそういうところあるよな」


「どういうところですか?」


「周りが見えなくなって暴走するところだよ。別に、俺は楽しくないなんて思ってなかった。……ただ、緊張してて。気を遣わせて悪かった」


「そんな。星宮くんが謝ることないです。私、楽しくないとか言いましたけど本当は一緒にいられるだけで楽しいですから」


「また、暴走してるって……」


「ち、違いますから。星宮くんは一緒にいるだけで面白い人という意味で深い意味じゃないですから」


「うん、分かってるから。落ち着け、な」


 二条さんの方が俺よりも何倍も意識して緊張していたのかもしれない。今も真っ赤になりながら、てんやわんやで立ってることがギリギリの状態に見える。


 そんな二条さんを落ち着かせるためにはどうすればいいのか。これまでの人生で交際が全くなかった訳じゃない。ただ、こういう状況は初めてだ。


「二条さん。先に謝っとくな」


「えっ……な、何を?」


「何って落ち着いてほしいから……撫でさせてもらってるんだ」


 斑目に頭を撫でられていた時、二条さんは恥ずかしがりながらも目を細めて気持ち良さそうにしていた。

 だから、試しにやってみたのだが……。


「どう、だ?」


「ど、どうと聞かれましてもよく分かりません……」


「そうだよな。悪い、少し調子乗っ――」


「ただ、気持ちよくて安心しました……」


「そ、そっか」


「はい……あの、ありがとうございます」


 二条さんの頭からそっと手を退けると二条さんは横を向き、ずいっと自分の頬を差し出した。


「さっきのお詫びに星宮くんもどうぞ」


 目をきゅっと閉じて耐える二条さん。

 お詫びなんて必要ないことだがつい魔が差してしまい指を当ててしまった。


「っん……」


 なんっだ、これ……超気持ちいい。

 指で押す度、ぷにっともちっとした柔肌を感じられる。


「も、もうおしまいです」


「あっ……」


 二条さんの頬が遠退き思わず声を出してしまった。もっと、触っていたい。素直にそう思えるほど二条さんの頬は気持ちよく人をダメにする柔肌だった。


 今度、マシュマロ買ってこよ。

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