第121話 寂しがりとのお泊まり会③
順番交代。今度は俺が真理音の身体と髪を洗う番だ。説明はあってるはずだが、一応誤解されないためにももう一度ちゃんと言っておこう。背中と髪の毛だ。
同じ様にタオルにボディーソープを染み込ませ、泡を作る。どういう訳か、さっきまであんなにも艶かしく聞こえていた音に微塵も何も感じない。不思議だ。
「んっ……」
背中にタオルを当てると真理音の口からくすぐったそうな声が出る。
「す、すいません」
きっと、今日が初めてだったら過剰に反応して俺も焦っていただろう。けど、今日は二度目だ。もう、学習している。
「大丈夫。それより、痛くないか? 力加減とかあってる?」
女の子の肌は男の肌よりも丁重に扱わないといけない。特に真理音みたいに全身柔肌の持ち主はそれはそれは気を付けないといけないのだ。
「はい、大丈夫です」
「そっか。じゃあ、このまま続けるな」
真理音の白い背中をさらに白い泡で包んでいく。
「風邪の時もそうでしたけど、真人くんは女の子の身体の扱いに手慣れてそうです。不安です」
「手慣れてねーし不安になる必要ねーよ」
「ですが……皐月さんともしたのかなって」
「するわけないだろ。言っちゃなんだが、琴夏とはプールにだって行ったことない」
それに、一緒にお風呂って世間的にはほぼしないと思うから。
「……皐月さんの水着姿、見たいですか?」
琴夏の水着姿か……。そりゃ、当時は見たかった。琴夏のスラッとした細い体型を活かしたどんな水着でも上手に着こなすであろう姿を拝みたかった。好きな女の子に対してそう思うのは健全な男の子の証拠だ。
でも、今は違う。
「見たいか見たくないかで言えば、見たくなるのかもしれない。でも、俺は琴夏より真理音の方が見たい。そう思ってる」
「……真人くんは欲張りです。私だけを見てほしいです」
「今後一切、琴夏とプールに行く予定なんてないし心配いらない。真理音だけを見てる。それに、今日はずっと一緒だろ。真理音のことずっと見てられる」
今も、鏡に反射して頬を膨らませた真理音が見えている。
「それにな、俺が女の子の身体の扱いに慣れてるって思うならそれは愛奈の世話をしてたからだ」
「愛奈ちゃんの?」
「そう。この前も言っただろ?」
両親が民泊の経営で忙しく、俺が愛奈の世話を任されていた。ご飯を食べさせて、トイレに連れていって、服を着替えさせて、風呂に入れて、寝かせる。そうやって、愛奈の身の回りの世話をしていたから真理音に対して色々と役立つ力が身に付いたのだ。当時の俺はそんなこと知りもしないけど。
「愛奈の背中を洗ってたから、何となく痛くしない力加減が分かるのかもな」
「愛奈ちゃんとお風呂……そ、それって、愛奈ちゃんの全てを見て、愛奈ちゃんに全てを見せた、ってことですか!?」
「言い方!」
何だ、全てを見て全てを見せたって。当たり前だろう。風呂なんだから。兄妹なんだから。
「愛奈にまた嫉妬してるのか?」
答えない、と言うことは図星のようだ。真理音の恋敵って、琴夏ではなく愛奈なのかもしれない。いや、確実にそうだ。思えばそうに違いない。膝の上に乗られた時も頬にキスされた時もその前には必ず愛奈が同じことを俺にしていたことを真理音はばっちりとその目で見ていた。
「俺の彼女が俺のことを好きすぎる件」
そんな、ラノベのタイトルにありそうなことを口にすると真理音はビクッと肩を震わせた。かと思うと振り返って顔をぐいっと近くに寄せてくる。
「そ、そうですよ。私は真人くんが大好きです。だから、愛奈ちゃんにだって嫉妬します。真人くんが愛奈ちゃんを可愛がれば、私はそれ以上に可愛がってほしいと思ってます!」
真っ直ぐに目を見つめられ、ありのままを言われる。
「お、おお……今日も安定のグイグイだな」
「誤魔化さないでください。真人くんは私と愛奈ちゃん、どっちを可愛いと思ってるんですか? 好きなんですか?」
どうして、こうなったのだろう。こんな話になると誰が想像出来ただろうか。
いや、誰にも出来ないだろう。寂しがりの行動はいつも突然なんだ。春の嵐のように。
「愛奈も好きだ。でも、それは、血の繋がりがある家族で妹だから。けど、真理音とは血の繋がりがない。なのに、こんなにも好きだって思えるんだから結果は分かるだろ?」
「……どっちが可愛いですか?」
「それも、真理音だよ。そうやって、拗ねてる姿もいじらしくて可愛い」
「……ふふっ。では、許してあげます」
「許してもらわないといけないことしてないと思うんだけどなぁ……あ、聞いてない」
真理音は原曲が分からない鼻唄を鳴らしながら、身体を揺らしている。幸せそうにしている姿は本当に可愛らしい。愛奈よりも。ごめんな、愛奈。にーに、寂しがりに染められちゃったの。寂しがりの色に。でも、ちゃんと愛奈のこと、大好きだからな。
真理音の背中を洗い終え、真理音が前の部分を洗い終えると泡を流した。すると、人の肌ってここまで輝くのかというくらい綺麗な肌が現れる。炊き立ての白米のようだ。
そんな背中を見せられて思わず人差し指の腹をつーっと下から上へと移動させてしまった。
「ひゃっ! ま、真人くん!?」
「あ、悪い。スッゲー綺麗だからつい」
「ま、真人くんのえっち!」
これについては、言い訳も出来ない。素直に反省しよう。しかし、さっきの真理音の果実攻撃の方がよっぽどえっち度数は高いと思うんだけど。
「髪の毛洗うから目、閉じてろよ」
「……背中を這うのはなしですよ。次したら噛みますから」
「分かった分かった。もうしない」
シャンプーを手に馴染ませ、真理音の綺麗な髪に手を伸ばす。爪を立てないように気を付けながら泡を立てる。
髪を切ってから伸びて長くなりかけてるけどこれはまだ序の口なんだよな。声をかけられた時の長さを洗うのは骨が折れそうだ。でも、あの長さ全部が俺のために伸ばしてくれてたんだよな。
「なあ、真理音」
「はい」
「俺、真理音には髪の毛伸ばしてほしい」
あの頃までとは言わない。けど、真理音の想いを考えると長くいてほしいと思うんだ。
「では、これからは切らないようにします」
「いや、背中くらいまででいいんだ。あんまり長いと洗うのに疲れるだろ?」
「では、真人くんが望む長さになったら言ってください。それくらいに切りますから」
「即決してくれるとこ悪いけどいいのか? その、真理音の気持ちもあるだろ」
「いいんです。真人くんにはいつも見たいと思ってもらえる私でいたいですから」
そういうことをさらっと言ってのける彼女が凄い。俺にはショートでもロングでもどんな真理音でも好きでいる自信がある。
それでも、そう言ってくれるなら素直に甘えよう。
「ただ、髪を洗うのに疲れた時はこうやって真人くんに髪を洗ってほしいです」
「それくらい、お安いご用だよ。じゃあ、泡流すからな」
泡を流し終えると艶やかな黒髪が電気の光に反射してより輝き始める。どこかの世界のお姫様をも圧倒しているみたいだ。お姫様を真理音以外に見たことなんてないが。
「この世で真理音以上に綺麗な髪の持ち主なんて存在しないな」
「それは、言いすぎです。恥ずかしいです」
「あのさ、髪をふぁさって出来る?」
「ふぁ、ふぁさ?」
あ、ふぁさを知らない感じか。
「ほら、漫画の女の子にいるだろ。こう、髪をふぁさってやるやつ」
「真人くん。現実に漫画の中身を望まないでください」
「……はい、すいませんでした」
真理音は盛大なブーメランだということに気付いていないらしい。
ふぁさってなるところ……見たかったんだけどな。
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