第120話 寂しがりとのお泊まり会②

 ここは、風呂じゃない。ここは、風呂じゃない。そう、ここは温水プールだ。陽キャラリア充達が注目を集めるためにネットに載せようと利用する夜の温水プールだ。そう、だから、なんっっっにもイヤらしいことなんてない。明るく、普段通りに。

 そう、自分に言い聞かせながら待つこと数分。扉が開けられ、プールに行った日に見た水着姿の真理音が壊れたロボットのように歪な動き方をして入ってきた。


「お、お待たせしました」


「い、いや。待ってない。全然、待ってない」


 むしろ、もっと待っても良かった。やっぱり、無理です、と断ってくれても良かった。


 水着姿の真理音を見ると改めてよく発育しているなと思う。最近、寒くなり、着る服の枚数が増えたためか少しだけ控え目に見えていたのに全然そんなことがない。

 白くて細く、無駄な脂肪が一切ついていない。店長から、押し付けられた水着写真集に載っている誰よりも綺麗で美しく見える。


「あの、真人くん?」


 しまった。じっくりと見過ぎてしまった。


「あ、ごめん。その、やっぱり、似合ってるな、って……可愛いな、って」


 そう答えると真理音の頬が赤く染まっていく。

 真理音は見られたくないのか俯く。

 いつもなら、そんな可愛い姿を目に焼き付けておきたい所だが、見てはいけないような気がして前を向いた。


「……う、嬉しいです」


 すると、後ろからポツリと漏らす真理音の声が反響しながら耳に届く。普段なら、自分の鼻唄しか聞こえない場所で別の誰かの声がするというのは感じるものがある。


「実は、この水着……真人くんに見てほしくて。真人くんに喜んでほしくて。真人くんに可愛いって言ってもらいたくて。一生懸命悩んで選んだんです」


 ――だから、そう言ってもらえてとっても嬉しいです。

 そう付け加えた真理音の満面の笑みを浮かべた姿が鏡越しに目に入る。


 それは、斑目から聞いていて知っている。でも、多分、知らないふりをした方がいいのだろう。いや、そうするべきだ。


「ありがとな。俺のためって言ってくれて。嬉しい」


「ふふ。……あ、ま、真人くんは何か別の水着がお好きですか? その、もっと面積が小さいのとか色が大人っぽいのとか」


「面積についてはもっと肌を隠してほしいくらいだ」


「……嫉妬、ですか?」


「……色については」


「答えてください!」


「答えなくても分かってるだろ……」


 鏡越しの彼女の顔は嬉しそうに可愛くこ憎たらしく笑みを浮かべている。あれは、絶対に分かっている顔だ。

 しかし、真理音は下手な演技で「分かりませ~ん」と言う。俺は呆れながら、伝えるべきことを伝えた。


「あの時も言ったけど、そうだよ。真理音のことを誰にもやらしい目で見られたくない」


「では、来年もまた真人くんのパーカーに隠してもらわないといけませんね」


「なんで俺のでなんだよ」


「そうしたいんですよ」


 わざわざ、俺のパーカーを羽織ることにどういう意味があるのか分からない。が、真理音が望むのなら貸してあげようと思った。


「で、色についてだけど。真理音は清楚って感じがするから水色とか白色が似合ってると思う」


「私って、清楚に見えますか?」


「見えるよ。肌も真っ白で綺麗だし」


 だからといって、大人っぽい色が似合わないという訳ではない。この前、透けた下着を見てしまった時は凶器で殴られたみたいに脳が震動した。それは、ギャップによってのことだった。


 頭の中に大人っぽい色の水着姿の真理音を浮かべる。

 悪くはない。

 でも。やっぱり、恥じらいながら清楚な色の水着を身に付ける方が似合っていた。


「俺好みってのもあるけど、真理音にはやっぱりそういう色が似合うと思う」


 振り返ると真理音は目を両手で覆った。

 まるで、何も見ないように。


 しかし、指の間に隙間を作り、影から窺ってきている。小学生がエッチな本を発見した時のように。


「……プールの時、見ただろ?」


「あ、あの時はその……プールでしたから。ですが、今はお風呂っていう狭い空間ですし。……改めて考えると私ってとんでもないことを提案してたんですね」


「今更気付いたのか……」


「九々瑠ちゃんとなら余裕でしたので真人くんとでも大丈夫だと何も考えていませんでした」


 本当に学習しない彼女だ。


「無理そうなら真理音が先に入ってていいよ。後から入るから」


「い、いえ。折角、ここまでやったんです。洗いっこ、したいです」


 ここまでって、まだ何も始まっていないがな。

 そう思いつつ、真理音の願いを叶えるために前を向き直す。


「じゃあ、背中。洗ってくれるか?」


「は、はい。後で、交代ですからね」


「……分かってる」


 タオルにボディーソープを染み込ませるためにくしゅくしゅと音を立てる。何てことのない、ただの泡を立てる行為なのに艶かしく聞こえてしまう。

 いや、冗談なんかじゃなく。


「し、失礼します」


 そう言って、泡いっぱいのタオルを背中に当てられる。

 そのまま、優しい力加減で上下に動く。


「か、痒い所はないですか?」


「だ、大丈夫。上手だと思う」


 と言っても、こんなことされるのは二人目だから上手さ加減などはよく分からない。ただ、背中が痛くてしょうがなかった愛奈の時よりは気持ち良さが比べ物にならない。


「こうやって洗っているとやっぱり男の子ですね」


「今まで、女の子と思ってたのか?」


 それは流石に落ち込むぞ。いや、世にいう男らしさみたいなものはないし、ゴリゴリのマッチョみたいな筋肉もないけども。


「違いますよ。何だか、安心できるような見ていて温かくなる立派な背中だと思ったんですよ」


「そんなことないと思うけどな」


「私の大好きな背中です」


「そりゃ、背中も喜んでると思うよ」


「ふふ。さ、真人くん。次は前――」


 真理音が言い終わらない内にタオルを奪い取る。


「前は自分で洗う」


「で、ですが……」


「まあ、待ってくれ。よく考えてくれ。俺は前を洗われても……多少の問題はあるものの……まあ、大丈夫。でもな。逆の立場を考えてくれ」


 俺が真理音の身体を隅々まで洗う……変な誤解を生みそうだが、そう。前側も洗うとなるとどうしても女の子の部分にも触れてしまうのだ。役得しかないと羨ましがられるだろうがそんなことない。当事者となれば気まずくてしょうがないのだ。一度、体験してみるとよく分かるから。


「色々と不味いだろ? 特に真理音の方が」


 真理音はよく分からないように首を傾げた。


「……さっきから、背中にちょくちょく当たってる柔らかいのに手が当たるってこと」


 なるべく、分かりやすいように詳しく教えるとみるみる内に頬が赤く染まっていく。まだ、湯船に浸かってもいないからのぼせた訳ではない。単純に気付いてくれたということだ。


「そ、そうですね。それは、その……」


「あー、いいいい。何も言わなくていい。だから、前は自分でな。頭は頼むからさ」


「は、はい……」


 前と水着の下を洗う間、真理音はずっと目を強く閉じていた。そのおかげで気兼ねなく洗えたし、後で順番が回ってきたら同じ様にしよう。


 そして、身体中についた泡を流し終えると頭を洗ってもらう番になった。今度は手で泡立てる音が艶かしく聞こえてしまったが目を真理音と同じ様に強く閉じてじっと耐えた。


 さっき、注意したにも関わらず頭を洗う時も背中に柔らかいものが度々触れてくる。効果音にぽよんぽよんとでも出ているかのように。

 大きいと気を付けても仕方がない、ということだろうか。男の俺には分からない。


 俺は自分を銅像や感情のないロボットだと思い込み、じっと耐え続けた。




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カクヨムコン5中間選考通過していました。

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