第119話 寂しがりとのお泊まり会①

 真理音とのお泊まり会決行の日。

 いつものように朝から家にやって来た真理音に寝不足なまま起こされた。


「お寝坊さんはいけませんよ」


 誰のせいだと思ってんだ、と不満を漏らしそうになったがお泊まりセットらしきものを嬉々として見せてくる真理音が可愛く、何も言えなかった。


「さあ、とびっきり楽しい一日の始まりですっ!」


 そんな、彼女の元気な掛け声からお泊まり会が始まった。



 お泊まり会、といっても朝と昼はいつもの日常となんら変わりがなかった。真理音が作ってくれたご飯を食べながら会話に花を咲かせ、テレビを見たりして変わらない時間を過ごした。


「真人くん、今日の晩ご飯は何が食べたいですか?」


「寒いし鍋にしないか」


 昼ご飯を終えた後、近場のスーパーへと晩ご飯の食材調達へと来ていた。


「お鍋ですか。確かに、今日は冷えますしお鍋にしましょうか」


 各自、食べたい物を挙げながらかごへと入れていく。俺は肉類や麺類を。真理音は野菜を。


「真人くん。ちゃんとバランスよく食べないとダメですよ?」


「分かってるよ」


「偉いです。お菓子も買っていきましょう。今日はずっと一緒ですからね」


 お泊まり会がそんなに楽しみなのか、今日の真理音は一段とウキウキしているように見える。


「あ、食後のデザートにミカンも買っていきましょう。冬はミカンが特に美味しいんですよ」


 いつかのように夫婦に間違えられたりしたものの、買いたいものを買い揃え、満足げに家に帰った。

 夕方頃になり、そろそろ晩ご飯の準備となった。

 今日は折角だから、と俺も珍しく台所に真理音と一緒に立っていた。


「野菜を切る時はこうやって猫の手みたいにするんですよ。にゃんにゃんって」


「それくらいは流石に分かってる。てか、真理音が可愛くて手元が狂いそうだからやめてくれ」


 俺だって全く料理をしてこなかった訳ではない。ほんの少しは練習したことがあるのだ。そして、自分の才能のなさを知り、包丁を手にすることをやめた。


「……真人くん、一度包丁を置いてください」


 よく分からなかったが言われた通りにする。

 すると、真理音は横並びのまま体当たりをしてきた。


「か、可愛いとか……恥ずかしいです」


「俺の彼女が可愛すぎる件」


「や、やめてください……!」


 こんなんで今日一日、無事に過ごせるのだろうか。


 何だかんだと言いながら、野菜を切り終え鍋を用意した。市販で売っている出汁を入れて、食べたい物を投入。後は、ぐつぐつぐつぐつなっているのをじっと待つだけだ。


「一緒にお鍋っていいですよね」


「鍋はひとりでつついても楽しくないしな」


 美味しさに変わりはないが、誰かと一緒に食べる方が感じる美味しさが何倍にも膨れ上がる。


「真人くんの場合はまず用意が出来ないんじゃないですか?」


「野菜切るだけなら出来るわ」


 流石に野菜を切るだけなら出来る。最悪、手でちぎれば済む話だし。

 それでも、食べなかったのはひとえにめんどくさかったからだ。


 俺の抵抗とも言えない抗議を聞いても真理音は楽しそうにしたままで手を叩いた。


「そうです。今度、一緒にハンバーグでも作りましょう。真人くんにも少しは料理を覚えてもらわないと私が風邪を引いた時みたいにまたお弁当とかばかりになられると困りますから」


「……そうですね。はい。頑張ります」


「そんな、不安そうにしないでくださいよ。真人くんをひとりになんてしませんから。ずっと、一緒にいますから」


「今、不安に思ってるのは上手く料理出来るかなってことだよ」


「……は、早とちりしてしまいました。すいません」


 赤くなって俯く真理音。


 まったく……酷い勘違いだ。

 ……それでも。


「……まあ、ひとりじゃ料理出来ないしちゃんと真理音にいてもらわないと困るけどな」


 そう言うと真理音は顔を上げて、みるみる内に笑顔になる。

 それはもう、見ているこっちの方が恥ずかしくなるくらい嬉しそうに。


「真人くん真人くん真人くん」


「……なんだよ」


「なんでもないです」


「あっそ」


 いつもの三倍名前を呼びながら笑顔を咲かせたままの真理音にどういう訳か俺の方が目を逸らす羽目になった。



「んん~、ミカンはやっぱり最高です!」


 美味しく鍋を食した後、真理音は綺麗に皮を剥いたミカンを美味しそうに口へと運ぶ。


「美味そうに食うなぁ……」


「真人くんもお一ついかがですか?」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 羨ましい気持ちで呟いた訳じゃないが、お勧めされては仕方がない。手の上に乗せられたミカンを口に入れる。確かに、良い甘さが口に広がって真理音が幸せそうにするのが分かった。


「あ、そうだ。真理音。コタツ欲しい?」


「あ、あるんですか!?」


「あ、期待させて悪い。真理音が欲しいなら今度実家から送ってもらおうと思って。去年買い替えたばっかでお古がまだ残ってるからさ」


 真理音は真剣に悩んでいる。

 うむむむ、と呟きながら悩んでいる。


「そんなに悩む必要ないぞ。いるかいらないかで」


「ですが、私が欲しいと言えばお金がかかってしまいますし」


 って、ことは欲しいと思ってるんだな。今度、連絡しとこ。


「ま、考えといてくれたらいいよ」


「はい」


 真理音は最後の一粒を食べ終えると途端にもじもじと身体を揺らし始めた。頬も赤く染まっていて、リンゴみたいになっている。


「で、では、真人くん……そ、そろそろ入りましょうか」


「あ、あー……そ、そう、だな」


 一緒にお風呂に入る。正直、一番迎えたくなかった時間だ。勿論、真理音が嫌な訳などではなく、緊張するからである。冷静になって考えると楽観的に水着姿の真理音を眺められる、なんて思っていた昨日の自分を殴ってやりたくなる。


「お、俺が先に入ってるな……」


「は、はい……着替えてからいくので待っていてください」


 水着を持って、風呂場へと向かった。

 若干、足が震えていたのは廊下が冷えていたからだと思いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る