第118話 寂しがりはお泊まり会がしたい
「真人くん、お泊まり会を開催しましょう」
土曜日を翌日に控えた夜、いつも通り過ごしていると真理音から提案される。
理由を聞けば、どうやらこの前のことを申し訳なく思っているらしい。
「この前、私は真人くんを不安にさせてしまいました。一緒にいてほしいと言われ、朝まで過ごしたいと言いました」
改めて、彼女の口から自分が言ったことを繰り返されると身体中が痒くなったような気がしてしまう。
「なのに、私は力尽きてしまいました」
「そうだな。すっごい爆睡してたな」
あれから、真理音の寝顔撮影会を参加者一人で楽しんでいると寝言で名前を何度も呼ばれた。どんな夢を見ているのか知らないが感情豊かに俺の名前を呼ぶ姿は今もスマホの中にしっかりと残っている。
「うう、は、恥ずかしいです……そ、それに、真人くんをソファで寝かせてしまいました」
付き合っているし同じ布団で寝たこともあるからと言って、無防備な真理音の横で寝るのは気が引けた。一緒のタイミング、であれば会話という意識阻害によって緊張はするもののその程度である。
だが、真理音は爆睡で何をしても起きなかった。頬をつついたり、軽く引っ張ってみても気持ち良さそうにふにゃりと笑うだけ。
そんな彼女と同じ布団に潜って寝る、ということは自分の欲望が勝手に姿を現してしまうかもしれないと退避を選択したのだ。
「気持ち良さそうに寝てる真理音を邪魔して起こしたくなかったからな」
「ああ、真人くんの優しさが辛いです」
「なんでだよ」
悲痛の叫びを上げる彼女に思わずツッコミを入れる。
「私を起こすことなんて気にしないで良かったんです。起きて、真人くんなんて言ったか覚えてますか?」
「……腰、痛い」
「そうです。いくら、ソファがふかふかで人をダメにするのであっても真人くんが横たわると大きくて出ちゃうんですから身体を痛めるんです」
「でも、その後真理音が背中に乗ってマッサージしてくれたから痛いのなんてすぐに解消されたぞ?」
「……あれは、あまり思い出したくありません」
真理音が背中にお尻を乗せて、グリグリとマッサージしてくれたことを俺は忘れない。どうやら、真理音には思い出したくない黒歴史のようだが俺には素晴らしい思い出だ。特殊性癖に目覚めた訳ではない。ただ、お尻が気持ち良かった。それだけである。
「と、とにかく。今後のためにも真人くんとお泊まり会をして真人くんの優しさを減らしたいんです」
「優しさを減らすって……これまた、可笑しなことを」
「少しは真人くんにも遠慮しないことを覚えてほしいんです」
「とかなんとか言って、本当は真理音が一緒に寝たかっただけなんじゃないか?」
そんな訳ないだろう、と笑いながら言ってみると彼女はそっぽを向いて押し黙った。身体は小刻みに震えているくせに何も言ってこない。
「えーっと……寝たかったのか?」
「そ、そうですよ。私は一緒に真人くんと布団の中で眠りたいと思っていますよ。真人くんの腕を枕にしてみたいな~とか、寝る時から起きる時まで真人くんと一緒がいいなって思っていますよ! 悪いですか!」
吹っ切れたように正直に伝えられる。
赤くなっている様は怒っているのか照れているのか分からない。どちらにしろ、思っていることを伝えられ、こっちまで赤くなった。
「そ、そっか……じゃあ、する? その、お泊まり会」
「……一緒に寝てくれますか?」
「ね、寝る」
なんて、馬鹿な会話だろう。一緒に寝るか寝ないかの会話なんて……まるで、ふう――って、それは、まだ気が早い。
「では、明日は真人くんのお家でお泊まり会です。楽しみです」
「因みに、お泊まり会って何するんだ? 家でまでそういうことをしたことないから分からないんだ」
「そんなこともあるだろうと簡単なしおりを作ってきました」
得意気に一枚の紙を見せられる。流石、斑目とよくお泊まり会をしていた真理音だ。用意周到というかなんというか……よっぽど、楽しみらしい。
「え~、何々――」
受け取って目を通す。
修学旅行のしおりのように難しいものではなく、馬鹿でも時間通りに行動できそうな簡単な内容だった。時間についての詳細は書かれていないからそこは自由で、ということだろう。
「――お買い物、ご飯、お風呂、就寝、か」
「これ全て、一緒に、ですからね」
「ああ、分か……って、ちょっと待った」
なんでしょう、と真理音は気付かない様子で首を傾げる。
空気に流され、なんでも一緒でいい、という雰囲気になりかけていたが明らかに可笑しな部分がある。
「その、お風呂は流石に別々、だよな?」
「違いますよ?」
「……マジですか?」
「まじです。九々瑠ちゃんとお泊まり会をする時も一緒に入っていますから」
「それは、女の子同士だからで……いくら、付き合ってるからって早いというかなんというか……その、裸になるんだぞ?」
「は、裸になんてなりません。ちゃんと、下までよく見てください」
言われて目を通す。
すると、予定の下に持ち物と書かれていて、水着が記載されていた。
「……水着で入るってことか?」
「はい。洗いっこしましょう」
一応、予防線は張ってくれているようだけど……本当にいいんだろうか?
真理音を見ると水着に絶対的な信頼を抱いているのかうっとりとしていて、もう目の前が見えていないようである。
「……本当にいいのか?」
俺としては自分に負けないか不安な気持ちだけでそれ以外に断る理由なんてない。真理音の水着姿を拝めるし一緒にお風呂だなんて最高のシチュエーションだ。
「もちろんです! 水着ですからね!」
「じゃあ、分かった」
「では、また明日ですね。さようなら」
真理音は帰る用意をして、家を出る。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
真理音が家に入るのを見送ってから中に入った。
残されたしおり。
それが、明日のことを強く意識させる。
その日の夜、俺は遠足前の小学生のように中々寝付くことが出来なかった。
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