第117話 寂しがりはゲームが下手で可愛い

 今日は朝まで一緒にいてほしい、というのは考えようによってはきわどいセリフでありながら、かつ言ってほしくて言われたいセリフでもある。

 そして、言われたからには叶えるべきである。


 時刻は日付けが変わる少し前。


 満足げに俺というカイロから温もりを得たからなのか真理音は静かにソファに座り直してもじもじとしていた。隠そうとしてなのか僅かながらに俯いているが頬が赤く染まっているのが見える。


「……朝までどうする?」


 朝までまだまだ時間がある。

 寝るべきなのか寝るべきなのか寝るべきなのか寝るべきなのか。って、脳内性欲お化けモンスターか! 真理音ではそういうことを考えるな。失礼だ。


 一瞬でも浮かんでしまった邪な考えを払うために首を横に振る。


「映画でも……この時間には何もやってないな」


 テレビをつけて番組を確認するも面白そうなものはない。


「レンタルもこの時間だと閉まってるしな……どうしよっか?」


「と、とりあえず、お風呂に入りたいので一度、帰ってもいいですか?」


「だとしたら、もう家で寝た方がいいんじゃないか? 朝から出かけてて疲れてるだろうし」


「それは、嫌です。今日は真人くんと朝まで過ごすって決めてるんです!」


 ずいっと力説され、思わず後退りそうになる。これが、立った状態なら確実に後退っていただろう。嫌だと思われた、と勘違いされていたかもしれない。座っててよかった。


「わ、分かった」


「では、一時間ほどしたら戻ってきます」


 そう言い残して真理音は帰っていった。

 待っている間、洗い物をして時間を潰した。だが、二人分のコップなんてたかが数分で終わった。

 暇をもて余し、コンビニまで向かった。


 こういう時、大学生は便利だ。高校生だとこうはいかない。警察に職務質問された後に補導され、親と学校に連絡され怒られる結末を迎える。しかし、大学生は自由だ。ある程度の制限はあっても、それは本当にやってはいけないことでやる気もない。コンビニに行くくらい許されることだ。


 お菓子やジュースを購入して家に戻った。

 日付けが変わったこともあり、一時間近くになると外に出て真理音を待った。お向かいさんという身近な距離だが一応心配だったのだ。過保護と思われるかもしれないが自分が寒い思いをするだけなのだからいいだろう。


 家を出て、五分もしない内に真理音が出てきた。目が合った瞬間、ギョッとされ怒られそうと悟った。


 案の定、足早に近づいてきた真理音が口を開きかけたがここが外だとどうにか覚えていたようで急いで手で口を押さえていた。


「どうして寒いのに外で待っていたんですか!」


 中に入ってから、ようやく言いたいことを言うように真理音は口を開いた。近所迷惑を考えてか声を抑えながら。


「そろそろかと思って待ってたんだよ」


「嬉しいですけど冷えるんですから考えてください。ほら、手が冷たいじゃないですか」


 そう言いながら両手を挟んで息を吐きかけてくる。温めてくれていてありがたいがくすぐったくて仕方がない。


「真理音って可愛いな」


「かっ……へ、変なこと言ってないで反省してください」


「はい」


 突然だったからか、耳まで赤くして唇を尖らせる。

 うむ、可愛らしい。

 そんな姿をにやにやしながら見ていると訝しげな表情を向けられる。


「……何だか、不服です」


「そんな、真理音も好きだけどな」


 思えば、昨日の条約を果たしていなかった。不意討ちを喰らったように真理音は目を回しながら手を離して後ろを向いた。


「も、もう、終わりです」


「ありがとな」


 温まった手を閉じたり開いたりする。


「それで、これからどうする?」


「……ゲームしたいです」


「ゲーム?」


「はい。真人くんの家にあるゲーム、実はずっと気になっていたんです」


「いいよ。じゃあ――」


 ついさっき、買ってきたばかりのお菓子やジュースを机の上に並べる。


「どうしたんですか、これ」


 さっき買ってきたと言えば怒られそうなので真理音がいない間に買ったと答えておいた。


「今日は朝までゲーム大会だな」


「素人ですので手加減してください」


「分かった分かった」


 先ずは、簡単なレースゲームから始めることにした。これなら、難しい操作はないしコントローラーを傾けたりするだけで真理音にも出来るだろうと思ったのだ。


「……あのな、真理音。コントローラーを動かすだけで身体は傾けなくていいんだぞ?」


 右肩に寄りかかってくる真理音に言うも返事はない。集中していて聞こえないようだ。初心者レースゲームあるあるだからしょうがないとはいえ俺がやりづらい。


「うう、また最下位です……す、すいません」


 レースを終えてから気づいたようで身体を正す真理音。


「もうちょい練習が必要かもな」


「はい」


 俺は一休みすることにして追加のジュースを取りに行く。戻ってきてぎょっとした。俺がいないから、真理音はソファに横になりながらテレビを集中して見ていた。腕を一生懸命動かしている姿は妙に笑えてくる。

 真剣にやっているから笑いはしないが可愛いな、といつまでも眺めていたくなる。


「や、やりました……勝ちました!」


「うん、最後から二番目だけどな……聞いてないし」


 姿勢を正し、ソファの上をぴょんぴょん跳ねる。本当に真理音はウサギに似ている。心情も行動も。


「真人くん真人くん、見てください! 勝ちましたよ!」


 屈託のない無邪気な笑顔を向けられ、最後から二番目だとかどうでもよくなった。全体を通して見れば負けの部類。でも、真理音が勝ったと喜んでいるなら勝ちだ。


「良かったな」


 座り直して頭をぽんぽんとすると嬉しそうに顔を綻ばせる。


「尋常に勝負です。真人くんにも私のすーぱーてくにっくで勝っちゃいますよ」


 たかが、一勝しただけだというのにこの得意気な表情。もう、何も言うことはせず、この得意気な表情をどう崩そうかということばかりが頭に浮かぶ。


「じゃあ、真理音のスーパーテクニックとやらを見せてもらうとするか」


「ふふ、びっくりして身体が痺れても知りませんよ?」


 煽れば面白い具合に乗ってきてくれる。


「じゃあ、負けた方が罰ゲームってことで」


「いいですよ。今の私に向かうところ敵なしですから」


 どうして、ここまで強気になれるのだろう。得意気になれるのだろう。不思議だ。


「罰ゲームはどうします?」


「勝った方の言うことをなんでも一つ聞く、ってことで」


「……え、えっちなお願いはなしで、という条件もつけてください」


「え、真理音が勝つんじゃないの? 負けた時の保険?」


「ち、違いますっ!」


「あー、じゃあ、真理音は勝ったらいやらしいお願いをするつもりだったのか。いやらしい」


「ち、ちち、違いますっ! 意地悪言わないでください」


 よし、大分心を揺さぶることが出来た。これで、余裕で勝てるだろう。


「悪かったって。じゃあ、勝った方が負けた方にいやらしくないお願いをする、ってことで勝負しよう」


「そうです。それでいいんです。始めからそう言ってください」


 改めて、コントローラーを手に取りゲームをスタートする。結果、ぶっちぎりで勝ってしまった。途中、隣から「待ってください。待ってください」と聞こえたが空耳だと無視した。


「もう一回。もう一回、お願いします」


「罰ゲーム追加だぞ?」


「構いません。勝ちますから」


 という訳で再戦した。だが、当然のように俺が勝った。その度に再戦を申し込まれた。何度勝ち続けたことだろう。途中から数えるのを止めてひたすらむきになった真理音に付き合っていた。

 愛奈に真剣勝負だと教えた手前、手を抜くことは出来ない。だから、真理音に実力で勝ってもらうまでエンドレス勝負となった。


「うう、うう……勝てません。勝てないです」


「……真理音。頼むから頑張ってくれ。そろそろ疲れてきた」


「真人くんが強すぎるのがいけないんです」


「そうは言われても」


 一人の時や愛奈に付き合って、ひたすら遊んでいたからこそ力が身に付いてしまったのだ。


「……少々、ズルいですがいたしかたありません。強行手段に出ます」


「は……あ、ちょっ」


 不気味なことを呟く真理音はいきなり体当たりをかましてきた。突然のことで倒され、その上に真理音が乗ってくる。


「真人くん。私を見てください」


「せ、セコいぞ」


「いいから、私を見てください」


 鬼気迫る気迫に負けてじっと真理音を見つめる。


「では、目を閉じてください。その、恥ずかしいので……」


 言われたように目を閉じた。

 てっきり、キスされるのかと思った。しかし、どれだけ待っても何も起こらず目を開けると真理音は画面に向かって集中していた。


「あの、真理音さん?」


「まだ、目を開けてはダメですよ。恥ずかしいので」


 がっつり、不正行為を見られていることに気付いていない真理音はゴール直前で振り返った。急いで目を閉じると唇に柔らかい感触が触れる。


「も、もういいですよ」


 言われて目を開けると真理音は元の位置に座ってコントローラーを握りしめていた。耳が赤い様子から何をされたのかは分かった。


 律儀だなぁ、と胸中で呟き気付いてない風を装う。


「さ、再開しましょう……あ、あれ、お、おかしな現象が起きてます。見てください、真人くん。何故だか、もうゴール前にいます」


 下手くそな演技に目を丸くしそうになったが乗っかかる。


「これは、もう勝てそうにないな」


「ふ、不思議な現象が起こるようなものなんですね」


「俺も初めて見た。いいよ、ゴールしても」


 良心を痛めているだろうと思い促す。

 ゆっくりとゴールした真理音は脱力したようにコントローラーを机に置いた。


「もうレースゲームはこりごりです」


「じゃあ、他のゲームで遊ぶか」


 そうして、少し時間が経った頃、真理音に限界がきたようだ。うとうとと何度も首を上下に振っている。


「寝ていいぞ」


「いや、です……真人くんと朝、まで……」


 眠った真理音を抱えてベッドまで運ぶ。

 横にして、風邪を引かないようにしっかりと温める。


「頑張り屋さんだよなぁ……」


 気持ち良さそうに眠る真理音をスマホのカメラで撮影した。

 盗撮になるが罰ゲームということで許してもらおう。

 しばらく、彼女の寝顔を撮り続けた。

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