第116話 離れることはありません
「ありがとうございます」
温かいコーヒーを出すと真理音は静かに飲み始めた。
「身体に染み渡ります」
そんな真理音の隣に腰を下ろす。
「今日、お父さんと一緒にお墓参りに行ってきたんです」
ぽつりと話し出され、俺は黙って聞くことにした。
「去年まではひとりだったお墓参りがお父さんと一緒に行けて凄く嬉しかったです。きっと、天国にいるお母さんも喜んでくれたと思います」
「……そっか」
「はい。ですが、やっぱり、お父さんと一緒でも夜にひとりでいるのは寂しくて真人くんに一緒にいてほしいと思ったんです」
「実家に泊まってくればよかったんじゃないか? お父さんとゆっくり話も出来たと思うし」
「考えました……でも、真人くんに会いたくてしょうがなかったんです。お父さんは好きですよ。でも、一緒にいたい相手は真人くんなんです」
そう言ってもらえることが素直に嬉しかった。
「それに、なんだか真人くんの様子がここ最近変でしたので心配だったこともあります」
「それは、真理音の気のせいだ」
「気のせいではありません。私の目を見ても同じことが言えますか?」
じいっと見つめられ、逃げるように目を逸らすと頬をつままれ向き合わされる。真理音の目には不思議な力でも存在しているかのようにじいっと見られると嘘をつけなくなる。
「……怖かったんだ。真理音がお父さんと仲直りしたら実家に戻ってしまうんじゃないかって。そしたら、こういう生活がなくなるんじゃないかと思って不安だったんだ」
だから、さっきだっていきなり抱きしめてしまった。それよりも、赤くなった手とか耳を温める方が先だったのに。
「……時々、真人くんは私よりも寂しがりなんじゃないかと思います」
「……違う。真理音限定でだし、不安じゃなかったらこんなことならない」
「では、私限定でとっっっても寂しくなってくれる真人くんに一言。お馬鹿さんです」
「なんでだよ……もっと、優しい言葉をくれよ」
「ですが、お馬鹿さんですからお馬鹿さんと言ったんです。理由もつけてあげましょうか?」
「納得いかないから頼む」
「一つ、不安を感じていたのに私に言わなかったからです。
二つ、つまらない不安を感じたことです。
三つ、私が真人くんから離れる気がないことを未だに理解していないからです」
指を一本、二本と立てながら説明され、他にもまだありますけど聞きたいですか、と問われた。首を横に振って断ると真理音はコーヒーを一口、口に含んだ。
「これからは、無意味な不安ですがそういうことを感じたなら言ってください。ちゃんと安心させたいですし、真人くんの調子が悪いんじゃないかと不安になりますから」
「はい」
「それから、私が真人くんの傍を離れることはないので頭にいれておいてください。不安になってくれたことは嬉しいですが心外です」
頬を膨らませ、ご機嫌斜めのご様子。
しかし、怒らせたくて怒らせたのではないのでここは俺からも抗議を試みた。
「俺は真理音のためを思ってだな……ほら、お父さんと暮らせるようになったんだからお母さんの仏壇がある実家の方がいいんじゃないかと考えたんだ」
「私のことを考えてくれたことはありがとうございます。ですが、よく考えてください。毎日、大学に通うのにあそこからだと疲れると思いませんか?」
「……確かに」
往復二時間以上をかけて通学するのは疲れること極まりない。冷静になって考えれば不安になることなどなかった。
全て、自分の空回りだと分かり急に今までの行動が恥ずかしくなった。
「真人くん、赤いですよ」
「う、うるせー」
逃げようとなくなったコーヒーのおかわりをいれてくる、と言って立とうとすれば真理音に飛びつかれてソファに押し倒される。
「逃がしません。もっと、真人くんを見ていたです」
「……逃げるんじゃない。おかわりをいれてくるだけだ」
「では、おかわりは不要です」
「真理音が要らなくても俺の喉は欲してる」
「ふふ、真人くんのコップにはまだ残っていますよ。他の言い逃れはありますか?」
言い逃れはいくらでも思い付いた。でも、どうせ何を言っても逃してくれることはないだろうと諦めた。
すると、勝ち誇ったような顔つきを見せてから静かに重なってくる。
「それに、コーヒーはもう飽きました。温めてくれるなら真人くんの体温で温めてください」
「はいはい」
「はい、は一回ですよ」
彼女の背中をぽんぽんと叩いているとくすぐったそうに小さく笑っている。
「えへへ、あったかいです」
「そうか。カイロになれてよかったよ」
「真人くんも温かいですか?」
「あったかいよ」
「私達なら雪山で迷子になっても大丈夫そうですね」
「それは、無理だ。限度を考えろ」
「ぶー、相変わらず真人くんは真面目でつまらないです」
「真理音にだけは言われたくない」
俺が真面目なら真理音は超真面目になることだろう。超真面目ってのがなんなのかいまいちよく分からないが。
「あのさ、お父さんに送ってもらった?」
「いえ、ひとりで帰ってきました。どうしてですか?」
「いや、それなら、電話してほしかったなって。迎えにいったから」
「それは、真人くんに悪いと思ったんです。後、驚かせたかったこともあります」
「悪いとか思わず呼んでくれていい。夜道は危険だし。真理音に何かあって驚かされる方が嫌だ」
「……そうですね。反省します」
「まぁ、無事でよかった」
色々と考えて、不安になって怖くなって安心させられた。やっぱり、伝えることが大事なんだと改めて分かった。全部が全部、包み隠さず話せるような関係は理想だけど難しい。
それでも、少しづつでも伝えていきたい。
伝えていくことが出来る人間になりたい。
離れることがないと言ってくれた真理音を抱きしめながら思った。
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