第115話 寂しがりがいない日

『すいません、真人くん。明日は朝から用事があって来れないのでおかず作り置きしておくので温めて食べてくださいね。決して、昼の分を朝に食べたり夜の分を昼に食べたり、とかはしないでくださいね』


 俺のことを一体何と思っているのか真剣に聞きたくなるようなことを言い残して真理音は昨日帰っていった。


 今日は土曜日。講義も当然なく、バイトも今日は休みだ。さらに、真理音も用事があって来ないときた。久しぶりにゆっくりと寝られる。そう思っていたが規則正しい生活を覚えさせられた身体は従順で、もう元の生活には戻れそうにないことを悟った。


 真理音が用意してくれていた朝食を食べ終え、テレビをボーッと眺める。暇だ。折角の休みなのに一日を無駄に過ごしてしまっていいのだろうか。

 いいや、よくない。何かしよう。


 スマホを弄りながら指を止める。


 こんな時、遊びに誘える友達がいない。翔がいるが、そもそも、誰かと遊ぶ気分じゃない。


 ひとりで出かけてもつまらないよな。真理音がいないと――


「……って、俺はいつの間にかひとりで出かけることも出来なくなったのか?」


 いいや、そんなことはない。俺はひとりで買い物だって出来るし、遊びにだって行ける人間だ。


「よし、昼を食べたらどこかに出かけよう。たまの、ひとりを謳歌しよう!」


 真理音の厚意を無駄にしないため、昼ご飯を食べ終えると家を出た。ただ、マンションを出た所で目的もないのにどこへ行くというのか、と自問して足を止めてしまった。


 しばらく考えても何も浮かばず、とにかくボーッと突っ立っていても寒いだけだと足を動かした。


 町中を歩く人は様々だ。

 ぼっちだったり、複数だったり人それぞれ自らの関係性で繋がった者同士が行き交っている。

 それは、なんてことのない至極普通の光景で違和感なんてない。誰もが当たり前に目にしているものでいちいち気にする必要だってない。


 なのに、こんなにも違和感を覚えてしまうのはいつも隣にいてくれる真理音がいないからだ。いつも、隣には俺より少し小さな真理音が歩いている。それが、今日はない。だから、変な感じがしてしまうのだ。


「あれ、星宮くん。どうしたの。今日はシフト、入れてないよ?」


 知らず知らずの内に足が向かったのはバイト先だった。


「あー、いや、ちょっと、本でも見ようかと思って」


 不思議そうな表情の店長に一言挨拶をして本を見ていく。と言っても、ほぼ内容に変わりはない。新刊が入荷される日は知っているし特に面白味も何もない。

 適当に一冊選び、購入して隣のカフェに入店した。おやつを食べながら、冒頭部分を読んだ。内容は面白い。学校一の腹を空かせた美少女が主人公にご飯を作ってもらい、好きになる。という王道な展開で飽き飽きもするがヒロインが可愛いので良しとする。


 でも、別に今読む必要もここで読む必要もないと感じた。本を閉じると自分が馬鹿をやっているようで虚しくなり、足早に家に帰った。


 特にすることもなく、のんびりとダラダラ無駄な時間を過ごした。ひとりを謳歌、なんてこれっぽっちも叶わなかった。


 俺ってこんなにもひとりだと何も出来ない人間だったか? 少なくとも、真理音が風邪をひいている時はもっと動けていたはずだ。


 目的のない時間というもはどうも長く感じて仕方がない。とっとと寝ようと用意を済ませるとチャイムが鳴った。時間は十時を過ぎている。こんな時間に誰だ、と思いモニターを見れば真理音が映っていた。


 何かに撃たれたように玄関へ向かい、扉を開ける。


「あ、真人くん。良かった。起きて――」


 真理音の顔を見た瞬間、腕を引っ張って中に連れ込んで抱きしめていた。


「ま、真人くん……!?」


 こんなこと自分でも可笑しいと思ってる。顔を見ただけでこんなにも安心して抱きしめたくなるなんて年中無休で発情期なんじゃないかと思えてしまう。それでも、戻ってきてくれたことが嬉しくて、どこにも行ってほしくなかった。


「な、なんだか、よく分かりませんが……よしよし。大丈夫ですよ」


 背中をぽんぽんと優しく叩かれる。


「……子ども扱いは止めてくれ」


「だって、子どもに見えましたから」


「母さんかよ」


「違います。私は真人くんの彼女です。彼女だから、甘やかしてあげたいんですよ」


 今、真理音の顔を見ることは出来ない。見たらきっと、だらしない自分の姿を晒すような気がして見れなかった。でも、彼女がどや顔を決めていることくらいは想像できた。


「甘やかされると甘えてなんにも出来なくなりそう……」


「そうならないためにも適度に甘やかしてあげます」


「真理音には無理だと思うけどな……優しいから」


「た、確かに、よく考えると私には無理な気がしてきました……ですが、そこは気合いと根性で」


「熱血かよ」


 彼氏なら彼女を甘やかしてあげるくらいの器量を持つべきなのに真理音の母性には勝てそうにない。


「真人くんが駄目人間にならないためにも頑張るってことですよ。ただ、甘えたい時は存分に甘えてくれていいんですよ? 受けて止めてあげますから」


「……じゃあ、ちょっとの間、一緒にいてくれると嬉しい」


「それに関しては安心してください。私が朝まで真人くんに一緒にいてほしくて来ましたから」


「……朝まで?」


 真理音のことを離して、彼女を見ると目を泳がされた。それから、真っ直ぐ目を見つめられ口を開かれた。


「これから、朝まで私と一緒にいてくれませんか?」


 どういう意図があるのか分からなかった。

 ただ、真理音に何かあるのだろうと思い、首を縦に振った。

 俺も今日の分を取り返すように真理音と一緒にいたかった。

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