第122話 寂しがりとのお泊まり会④

「えへへ」


 浴槽に膝を曲げて座る真理音はにこにこと笑っていた。

 流石に二人で浴槽に浸かるとなると足を曲げないと入れない。ので、向かい合う形で俺も膝を曲げながら身体を温めていた。


「随分と嬉しそうで」


 体育座りをしながら幸せそうにする真理音はさっきからずっと笑顔だ。特に何かをしたわけではない。ただ、温まっているだけなのに、だ。


「さっきから真人くんと足の裏をくっつけていることがくすぐったくて」


 何度も手を繋いできたが足の裏を合わせるのは初めてだ。当然のことだけど。足裏を合わせるのは普通ではしない。


「真理音って何でも嬉しそうにするよな」


「真人くんが相手だからですよ」


「そいですか」


 愛され過ぎのような気がする。幸せだけども。


「でも、さっきみたいなのはしないでくださいね」


 背中に指を這わせたことだろう。そりゃ、当たり前だ。好きだからと言って、何をされてもいい、というのは違う。俺だって、大抵のことなら許すつもりだが嫌なことはある。


「分かってるよ。ちゃんと判別はしないといけないからな」


「それは、安心しました」


 微笑んだ真理音はざぶっと音を立てながら立ち上がる。


「もう出るのか?」


「いえ、真人くんにもたれようかと」


「はい?」


 何を言われているのか分からず、思わず聞き返した。


「ほら、腕を広げてください」


「はーやーく」と、急かされ腕を伸ばす。

 すると、真理音は後ろを向いてしゃがむと体重を預けるようにもたれてきた。


 真理音の髪が。同じ匂いの香りがすぐ傍まで迫ってくる。


「この前みたいにしてもいいんですよ?」


 優しい声音で言われるとひとりで寂しくなっていたことを思い出す。あれは、恥ずかしい記憶だ。出来れば、箱の中に閉まって穴に埋めたいくらいだ。


「いいよ、今は寂しくないから。それに、水着の上にアゴを乗せるってのもな」


「そ、そっちではなくてですね。その、ぎゅっとしてくれてもいいんですよ?」


 あー、そっちだったのか。てっきり、肩の上にアゴを乗せる方かと思ってしまった。よっぽど俺の頭にはその事が強く根付いているらしい。


「ま、真人くんはぎゅっとしたくならないんですか?」


 よっぽど、ぎゅっとしてほしいのかもう一度言われる。それに答えないまま、腕を真理音の細い腰に回し引き寄せる。彼女の温みを強く感じる。


「やっぱり、真人くんはぎゅっとしたかったんですね。そうだろうと思いました」


 後ろにいるため、真理音がどんな表情で言っているのか分からないが得意気になっているのだろう。

 だが、その実。真理音の身体が小刻みに震えていることから緊張していることが読み取れる。


 そっちに気が回ってくれて良かった。さっきまでは何とか耐えられたけどこれはもう、ちょっと無理だ。今の俺の状態はあまり知られたくない。


「そんな顔していましたからね」、などと付け加える真理音。憎たらしいけど、強がっているのだと思うと怒る気には当然ならない。

 むしろ、可愛くてしょうがない。

 知られたくないのに、真理音を抱き寄せたくて距離を縮めた。

 すると、彼女は一度肩を震わせて黙り込んだ。


 目の錯覚か、真理音の頭から湯気が出ているように見える。そう見えるのは、俺ものぼせてきている証拠だからだろうか。



「あー、ちょっと浸かりすぎたな……」


 冬で寒いとはいえ、少しばかり身体を温め過ぎてしまったようだ。さっき、鏡で自分の顔を確認した時、赤く色づいていた。

 断じて、真理音と長い間くっついていたからではないと言っておきたい。


 手で風を送りながら、ソファに座ってだらける。頭は何も働かず、身体全身から力が抜けての脱力。ダメ人間にでもなった気分だ。


「お待たせしました」


 しばらく、呆けているとドライヤーを片手にモコモコのパジャマに身を包んだ真理音がやって来る。今日もピンク色のパジャマが似合っている。どうやら、ピンク色が好きらしい。


「髪を乾かすのに時間がかかって……真人くんは冷えてないですか?」


「大丈夫。暖房つけてるし」


「よかったです。では、これから真人くんの髪の毛を乾かしますね」


 どうやら、真理音は俺の髪を乾かしたかったようで待っててくださいと先に出る時に言われた。暖房のせいで少しは乾いてしまっただろうがそこは目を瞑ってもらいたい。


 ドライヤーからほどよい暖かな風が放出され、優しい指つかいで髪を乾かされる。


「こうやって、真人くんの髪の毛を乾かしたいってずっと思ってたんです」


「……真理音って俺のこと子供と思ってるのか?」


「いえいえ、ちゃんと同い年の素敵な彼氏だと思ってますよ」


「……じゃあ、母性が芽生えた?」


「ぼ、母性だなんて……真人くんのえっち」


「俺には真理音が分からない……」


 今のどこにそう言われることがあったのだろうか。ほどよい暖かさからはっきりと熱いに変わった風を受けながら考えても分からなかった。



「乾杯」


 缶ジュースを当て、互いに中身をゴクゴクと飲む。お酒でもよかったがこの後一緒の布団で寝るのだから何となく互いにジュースを選んだのだ。

 それに、お菓子と合わせるのはジュースの方がいいだろう。


「この前といい、今日といい、夜にお菓子を食べるなんて太りそうで怖いです」


「さっき見たけど真理音は太ってなんかないぞ」


「ですから、太ったらと考えると怖いんじゃないですか」


「太ったらダイエットに付き合うから気にするな。それに、人間冬は大抵太る生き物だからな」


「……真人くんがそう言うなら」


 少しばかり、まだ不満があるような真理音だがミカンのお菓子を口に入れると頬を緩ませた。


 きっと、夜にお菓子を食べることを真理音はしたことがほとんどないのだろう。根が真面目なのだ。今日もお菓子を食べていなければ今頃はもう布団の中にいたかもしれない。


「真理音ってひとりで家にいた時はどう過ごしてたんだ?」


「そうですね。やらなくちゃいけないことを済ませるとさっさと寝ていました。寂しいなら寝ればいい、です」


 まるで、どっかの国の女王様みたいなことを得意気に言いながらふふんと鼻を鳴らす。


「……これからは真理音が家で寂しくならなくなるまでいてくれていいからな。俺が真理音の家に行ってもいいし」


「真人くんと一緒にいるようになってとても寂しさは解消出来ているので大丈夫ですよ。それに、今日は寂しくなんてなりませんし」


 そう言いながらこてんと自分の肩を肩に当ててくる。

 そして、もじもじと身体を揺らしながら上目遣いで見上げてくる。


「そ、そろそろ、ベッドにいきませんか?」


「そ、そうだな。そろそろ、寝ようか」


 ジュースとお菓子を片付け、寝る用意を済ませる。


「マナトくんも今日はマリネちゃんと一緒ですよ」


 わざわざ、家から持ってきていた俺がプレゼントしたウサギのぬいぐるみを部屋に置かれているぬいぐるみの隣に置く。


「で、では、私達も」


 真理音が壁側にまでつめて、俺がその隣に横になる。

 何だか、この光景はマナトとマリネに見せてはいけないもののような気がした。

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