第6話 ふたりで二次会

 二条さんの案内によって近くの喫茶店にまでやって来た。店内には閉店までもう少しということもあってか俺達しかいない。


 向かい合う形で座った俺達。二条さんは注文したサンドイッチを口にしていた。


「ほんとに何も頼まなくて良かったんですか? コーヒーくらい、奢りましたよ?」


「いいよ、満腹だし。水だけで十分。それより、二条さんこそサンドイッチだけでいいのか? ほとんど食べれてなかったし腹空いてるんだろ?」


「そうですけどいっぱい食べちゃうと太ってしまうので」


「気にする必要ないと思うけどな」


 ある部分を除いて、どこを見ても二条さんが太ってる印象なんてない。むしろ、もう少し食べた方がいいんじゃないかと思うくらいには細い。


「あ、ありがとうございます……」


 少し頬を赤くして俯いた二条さん。どうしたのだろうか?


「にしても、人気だったな。今日でいっぱい仲良くなれたんじゃないか?」


「他人事のように言いますけど緊張してたんですからね?」


「まぁ、他人事だし。でも、良かったじゃないか。目的、達成出来ただろ?」


「そうですけどまだ仲良くなれたかは分かりません。正直、どうしてみなさん私に絡んでくるのか分かりませんでした」


「そりゃ、二条さんがみんなにとって仲良くなっておきたいって人だったからだろ」


「そんなに私が良い人に見えたんでしょうか?」


「良い人って……」


 この子は自分の顔レベルが高いことに気がついていないのか?


「そうじゃなくて。二条さんが可愛いからだろ」


「可愛っ……!」


「男は単純だから可愛い子にはすぐメロメロになるんだよ……って、どうした?」


「な、なんでもないです……」


 二条さんはさっきよりも赤くなった頬を隠すように両手を頬に当てている。ふむ。もしかして。


「二条さん」


「な、なんですか?」


「可愛いな」


「……っ!?」


 やっぱり、そうか。可愛いって言われて照れてるんだ。可愛いなんて言葉、言うのはこっ恥ずかしくて中々言いたくないけど二条さんをからかうのにはちょうどいい。


「か、からかうのはやめてください!」


「別にからかってないけど」


「う、嘘です。星宮くん、意地悪な顔してます」


 おっと、いつも迷惑かけられてる仕返しが出来て楽しんでたのがバレそうになってる。危ない危ない。ここは真剣な表情を作って。


「嘘じゃないって。二条さん可愛いなーって見かける度に思ってる」


 因みに、これは本当のことだ。俺だって男。興味はなくても可愛い子に視線が惹きつけられることくらい度々あることなのだ。


「ほ、本当にもうやめてください……溶けてしまいます……」


 どうやら、本当に限界らしく若干涙目になっている。これ以上続けるほど俺も鬼ではないし馬鹿でもないので言わないことにする。


「ごめんごめん。ちょっと、やりすぎた」


「星宮くんは優しいくせに意地悪です」


 じとーっと睨みながら口を尖らせる二条さん。すると、机の下で靴裏がコツンと弱々しく蹴られた。


「仕返しです」


 拗ねてしまったのだろうか。

 そっぽを向きながらコツコツと靴裏に自分の爪先を当て続ける二条さん。普段は、よく分からない二条さん理論を突きつけてくる彼女がたった一言――「可愛い」と言われただけでここまで子どもっぽくなるのは見ていて面白い。


「どうして笑っているのですか?」


「いや、面白いなぁって」


「面白がっていないで反省してほしいです」


「はいはい。反省するよ」


「はい、は一回です」


 怒っているようにも見えるがこのくらいどうってことないのだろう。その証拠に今ではすっかり染まった頬も元に戻り、人差し指を立てながら「いいですか」と何かを一生懸命説明している。聞く気もないからスルーしてるけど。


「聞いてますか?」


「聞いてるよ。それより、話戻そう」


「何を話してましたっけ?」


「ご自慢の記憶力はどこにいったんだ?」


「星宮くんがからかうので忘れてしまいました。星宮くんのせいです」


「そりゃ、悪い。どうして二条さんに人が集まったのかってことを話してたんだ」


「そうでしたね」


「ま、二条さんが可愛い可愛くないは置いておくとして男ってのは可愛い子と美人に目がないんだよ」


 そして、痛い目みるんだよな。過去の経験からして。


「星宮くんもですか?」


「……そこは、ノーコメントだ」


「気になります」


「気にしなくていい。とにかく、二条さんは天性の人を集める才能があるとでも思っとけばいいんだよ。俺と比べるとそういう才能あるなって思えるだろ?」


 まぁ、それは、才能というよりは人を集めるためにした努力の結集ともいえるが。


 二条さんはみんなと仲良くなりたいと言っていた。対して俺は特にそんな気がない。どちらに人が集まるかは一目瞭然のことだ。


「そうですね。一人の方としか話していませんでしたもんね。一人の女性の方としか」


 あれ、気のせいか? 急に言葉にトゲがついた気がする。


「楽しそうにスイーツ巡りがどうとか話してましたもんね」


「別に楽しくはなかったけど……楽しそうに見えた?」


「知りません。顔、見えてなかったですし」


 うーん、やっぱり、気のせいじゃないような気が……。


「一つ教えてほしいんだけどさ、あの子なんて名前なんだ? 聞いてなかったから覚えてないんだ」


「私だって覚えてません」


「えー……」


「星宮くんがからかうので忘れてしまいました」


「またそれかよ……」


 どうも理不尽な気がする。都合よく忘れすぎだろ。


「あの」


「ん?」


「スイーツ巡り……行くんですか? 二人で……」


 チラチラと俺のことを見ながら不安そうに口にする二条さん。


 そういえば、どうしてかあの時掴まれてたんだよなぁ。


「行かない。そもそも、俺そんなにスイーツ好きじゃないし……って、どうした?」


「何がですか?」


「いや、なんか凄い嬉しそうにしてたから」


「そ、そんなことありません。星宮くんの見間違いです。……でも、そうですか。行かないんですね」


 両手で口を隠しながら俯いている姿はさながら必死に上がってしまう口角を見せまいとしているようだった。


「星宮くん。サンドイッチいりませんか?」


「いりません」


「コーヒー、飲みませんか?」


「飲みません」


「パフェ、食べませんか?」


「食べません。てか、急にどうした?」


「気分が良いので奢ろうかと」


 さっきまでとは確かに気分が違っている。ローテンションからハイテンションに急変してちょっと怖い。


「あのさ、親睦会で俺の服掴んでたけどあれはどういう意味だったんだ?」


「はて、なんのことでしょう。記憶にないですよ?」


「いや、がっつりって程じゃないけど掴んでたよね?」


「気のせいです」


「いや、でも……」


「気・の・せ・い、です」


 二条さんの目が絶対に譲らないと告げていた。


「もういいよ。俺の気のせいで」


「はい。そうしてください」


 納得いかない。楽しそうにしてるから折れるけど納得いかない。言わないけどさ。

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