第10話 寂しがりにとって興味をもたれないことは嫌われていることらしい。嫌い、ではない

 二条さんをからかい過ぎた翌日。二条さんが「今日は友達がいないので一緒に受けていいですか」と言って隣にきた。昨日のことが原因で来ないかと思っていたが、やはり、ひとりは寂しいようだ。どうして、一緒にいる相手を俺なんかに絞っているのかは知らないが。


 昨日のこともあるので、「いいよ」と答えると嬉しそうに微笑んで二条さんは座った。


 それから少しして、二条さんはやたらと俺に絡んできた。「星宮くん。星宮くん」としつこく呼んでくるので振り返ると飴をくれたり、「今日のラッキーカラーは赤なんです。今日一日、赤色の物を持っていたら週末良いことがあるってテレビで言ってたんです」と、赤色のハンカチを見せながら言ってきた。


 その話を聞いて、俺にどう返せと?


 今日の二条さんは少し可笑しかった。テンションが高いというか何ていうか……とにかく、二条さんなりのハイテンションだった。


「今日、どうした?」


「何がですか?」


「いや、いつもより元気っていうか……良いことでもあったのか?」


「良いことですか……ふふ。そうですね。ありました、良いこと」


「へー」


 クスリと笑う二条さん。その表情は本当に嬉しそうなものだった。


「知りたいですか?」


「別に、興味ない」


「もう少し興味もってくださいよ」


「えー、本当に興味ないし。元気な理由も知れたし問題ないんだけど」


「私には問題多ありです。そんなに興味がないようにされると傷ついちゃいます」


「なんでだよ……」


「だって、星宮くんと仲良くなりたいのに嫌われてるかもと思うじゃないですか」


 うるっとさせながらそんなことを言わないでくれよ。


「嫌い、じゃない」


「では、どうしてですか?」


「単に無関心なだけだ。二条さんに対してだけじゃない。誰に対してもそんなに関心ないんだよ」


 関心を持てばそれだけ相手のことを知りたくなる。それは、良い部分も嫌な部分も知ってしまうということだ。知らなくてもいい部分も知ってしまい、ギクシャクしたり傷ついたりするのは面倒だ。なら、最初から関心なんて持たなければいい。上辺だけの関係で十分なんだ。


「私は……関心、持ってほしいですよ。持てばそれだけ仲良くなれますから」


「言ってから照れるのはなしだろ……」


「しょうがないじゃないですか……恥ずかしいんですから」


「なら言うなよ」


「言わないと星宮くんは理解してくれそうにないので」


 二条さんは俯いたまま「言ってもわざと理解してない風に装られそうですけど」と付け加えた。


「そ、そんなことねぇよ」


 と言いつつも内心はドキリとした。多分、俺はそうする。いや、多分じゃなく確実に、だ。それを、二条さんは見事言い当てた。やはり、エスパーなんじゃなかろうか。


「なら、少しは関心持ってくれますか?」


「持つよ。ほんのちょっとだけな」


 二条さんは良い人だ。しつこいし面倒だしよく分からない。けど、人として良い人だってことくらいは分かってる。じゃないとこんな俺なんかにこうも話しかけたりはしないだろうから。


 だから、ほんの少しは二条さんをちゃんと相手してもいいのかもしれない。


「で、良いことってなんだったんだ?」


「はい。実はですね、私が集めているマンガがアニメ化決定したんですよ!」


「へっ……それだけ?」


「そうですよ?」


 俺は天井を向きながらはぁ~っと長いため息をついた。

 そして――


「アハハハハ」


 久し振りに大きな声を出して笑った。


「ど、どうしたんですか? 私、変なこと言いましたか?」


「いや、マンガがアニメ化って」


「マンガからアニメになるのは凄いことなんですよ? キャラに声がついて動くんですから!」


「確かにそうだけどさ……てか、二条さんの口からマンガとかアニメの単語が出てきたのが意外で可笑しい」


 見た目だけならそういう文化とは程遠い世界にいるからな。


「偏見です。偏見はいけません。私だってマンガを読んだりアニメを見たりすることくらいありますよ。それに、私が描いていた絵を思い出してください」


 青い猫型ロボットに電気ネズミの小さな怪物、あんパンのヒーロー、だったか。


「なるほどな。言いたいこと分かった」


「お分かりいただけたようで良かったです」


「二条さんの意外な一面を知れて良かったよ。結果的に、だけど」


「ふふ、関心を持てばこういうことがあるんです。だから、これからも私には関心持って接してくださいね」


「……ま、ちょっとだけは」


「はい、ちょっとでも構いませんので」


 先生が来た、という理由で二条さんから顔を逸らして前を向いた。二条さんの笑顔に惹き付けられそうになったのを無理に耐えた、とかではない。




 土曜日。唐突にコンビニに行こうと思い立ち、扉を開けると向かいの方に二条さんともう一人、女の子がいた。


「あ、星宮くん」


 俺に気付いた二条さんが手を振ってくる。そんな二条さんに、わざわざ誰かといる時まで手を振ったりしないでいいのに、と思いながら片手を上げた。


 すると、もう一人の女の子が振り返った。


「げっ」


 と声が出てしまったのは彼女のことを知っていたからだ。整った顔つきによく見覚えのあるツインテールが揺れている。


「星宮くんはお出掛けですか?」


「え、あ、うん」


 いつの間にか近くまで来ていた二条さん。質問に答えているともう一人まで近くに寄ってきた。


「真理音」


「あ、九々瑠くくるちゃん。すいません、お話の途中だったのに」


「いいわよ。真理音のすることはなーんでも許してあげるから。よしよし」


「ちょ、ちょっと、九々瑠ちゃん……恥ずかしいです」


 俺は何を見せられてるんだろう……?


「じゃあ、俺はこれで――」


「ちょっと、待ちなさい。星宮」


 とっとと去ってしまおうとしたのに!


「なんだよ、斑目まだらめ。そのまま、二条さんの頭撫でてろよ」


 斑目九々瑠――彼女とは高校一年、三年と同じクラスで何かとよく俺に絡んできた。そう、二条さんが俺に絡んでくるように彼女もまた俺に絡んできていたのだ。二条さんに接する態度とは大違いだったが。


「あれ、ふたりは知り合いなんですか?」


「高校で同じクラスだったんだよ。で、大学も一緒。ま、接点はないけどな」


「へぇ、そうなんですね……」


 今、一瞬だけど二条さんの表情が曇ったような……気のせいか?


「てか、ふたりこそ知り合いだったんだな」


「私が言ってた友達は九々瑠ちゃんのことです。今日は私の家でおしゃべりしようって約束で」


「じゃあ、これ以上邪魔するのも悪いし俺は行くよ」


「行くって、どこに行くのよ」


「コンビニだよ」


「じゃあ、私達に付き合いなさい」


「嫌だよ。俺がいても邪魔なだけだろ」


「それは、真理音が決めることよ。ねー」


 本当、俺と二条さんで態度違いすぎるだろ。なんだよ、その笑顔。俺にはめっちゃ鋭いじゃん。


「えっと、そう、ですね……私は星宮くんも一緒がいいです」


 ま、マジか……いや、なんとなく嫌な予感はしてたけど……マジかぁ……。


「でも、ほら。俺、コンビニ行きたいし」


「コンビニくらい私が帰る時に一緒に行ってあげるから後にしなさい。なに? もしかして、真理音のお願いを断るつもりなの? もしそうなら重罪なんだけど?」


「お前にとって二条さんってなんなんだよ! 怖えーよ!」


「大切な友達よ。友達のお願いは叶えてあげたくなるでしょ」


 どう聞いたって友達の域は越えてるだろ……。


「に、二条さんが俺なんかを家に上げていいって言うなら……」


「は、はい。私は構いません。むしろ、うぇるかむです」


「なら、決定ね。くれぐれも真理音の部屋で変なことしないでよ。したら消すから」


「分かってるよ。そんなことする気、さらさらないし」


 ほんと、最近の俺どうしたんだろ……前の俺なら絶対断ってたのに。


 俺は自分の変化に少し戸惑いながら、恐る恐る二条さんの家へと足を踏み入れた。

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