第61話 好きな人だよ

 ううっ、どうしてこんなことに……。


 真理音は困っていた。九々瑠のためにひとりでドリンクを買いに行ったがやはり真人についてきてもらえばと思った。


 でも、九々瑠ちゃんは足を痛めていて心配ですし私がどうにかすればいいだけですし。


「ずっと、俯いたままでどうしたんですか?」


 真理音の頭上から声が降ってくる。


 ううっ、それでも、やっぱり、怖いです。


「あっちで休みましょうよ」


 真理音は二人の男子高校生に囲まれていた。

 ドリンクを買いに向かった道中で声をかけられたのだ。


「気分が良くなったら俺達と一緒に遊びましょうよ」


「だ、大丈夫ですから……」


「え~、心配ですよ。震えていますし」


 真理音は真人以外の男が苦手。それは、年下であっても変わらない。自分に向けられる視線が怖いのだ。何を思われ、影でどんな酷いことを言われるのかと思うと自然と震えてしまうのだ。


「ほ、本当に大丈夫ですから……」


 特に自分勝手な男も苦手だ。人の話を聞かず、自分の話だけをしてくる。自己中心的だけの思考の持ち主。

 今も真理音の話は聞いてもらえない。

 真理音のことをナンパしようといかに言いくるめようかと次々と言葉が飛んでくる。


 それが、真理音にとってはただ怖かった。

 早く、誰かに助けてほしい。警備員さんでもいい。出来れば、真人がいい。そう思いながらふたりが諦めて去るまで目をきゅっと瞑った。


「ひとりでそんな風に震えていると心配ですよ」


「ひ、ひとりじゃないですから……好きな人と来ていますから」


 震えた声で返事をした時、ふわりと真理音の頭に何かが乗せられた。驚いて目を丸くしながら見上げると真人がいた。



 ◆◆◆◆


 完全にミスだった。そもそも、ドリンクを買いに行く役を俺が担い、真理音を斑目の見守りにすれば良かった。

 そうすれば、真理音を怖い目に合わせずに済んだのに……。


「真人くん……」


「それ、羽織ってろ」


 真理音の頭に乗せたパーカーに身を包んだ彼女は俺の後ろに隠れた。前を向けば、真理音に絡んでいた高校生くらいに見える男二人。


「あんた誰ですか?」


「見て分かんねーか? さっき、言われた通り好きな人だよ」


 そう答えると後ろの真理音がびくっと反応した。


「分かったら、消えろ。ガキ」


 一度、睨んでみせると二人は何も言わずに去っていった。


「……ふぅ。大丈夫か?」


「は、はい……」


 真理音をよく見るとカタカタと震えている。きっと、怖かったのだろう。少しばかりの涙も目に浮かんでいる。


「ごめんな、俺の判断ミスで嫌な思いしたよな」


「は、はい……でも、真人くんが助けてくれましたから」


「用心棒だからな」


「ふふ、今日は、ですけどね。真人くんは今日が終わっても、もしまたああいうことになっていたら助けてくれますか?」


「……真理音が困ってる時は駆けつけるよ」


「期待が膨らんじゃいますね。あ、パーカーありがとうございます。お返ししますね」


「いいよ、着てて。ていうか、むしろ着ててくれる方が助かるっつーか」


 目のやり場に困らなくて済むんだよな。


「わ、私の水着姿を見るのは嫌いですか……?」


「ち、違っ。その、真理音のこと他の奴にやらしい目で見られたくないって思ったんだよ……さっきのあいつらだってずっとやらしい目で見てたし……ムカついたんだ……」


 何を馬鹿正直に大っ恥じかくようなことを言ってるんだ、と後悔していると真理音が腕に抱きついてくる。柔らかい胸が存分に押しつけられ左腕を通る血がグツグツと煮えたぎるのを感じた。


「ま、まま、真理音さん……?」


「ま、まま、真人くんにしっかり守っていただかないといけませんので……」


 真理音のことを見ると顔は真っ赤である。

 恐らくは俺もそうなっているのだろう。柔らかさを感じる度にカッとなるのが分かる。


「と、とにかく、飲み物買いに行くか……まだ、買ってないだろ?」


「そ、そうですね……行きましょう」


 歩き出すもお互いに身体がカチコチで上手く進めない。


「そ、そう言えば、九々瑠ちゃんはどうしたんですか?」


 そんな空気を壊すためだろう。わざと明るく真理音が振る舞う。それに、乗っかかって気にしないように俺も振る舞った。


「あ、ああ。もう、完全復活したから早く真理音のとこへ行ってあげなさいって言われてさ」


「そ、そうなんですね。九々瑠ちゃんに感謝しないといけませんね」


 再び沈黙になる。

 何か話題を。何か話題を。

 必死に頭を働かせても脳内にあるのは真理音の胸の柔らかさがどれくらいのものなのかが浮かんでくるだけ。


「……ぷるぷるプリン」


「プリンがどうしたんですか?」


「な、なんでもない! プリンあるか気になっただけだ」


 危ない危ない。思わず、呟いてしまった。咄嗟に誤魔化したけど上手くいったか?


「あるといいですね」


 ほっ。よかった、真理音がポンコツで。真理音のおっぱいのことを言っていたと知られたらきっと軽蔑されていただろう。


「あの、真人くん。私、とんでもないことに気づきました」


「何?」


「真人くんが羽織っていたパーカーを私が羽織っているということは実質真人くんから抱きしめられているということではありませんか?」


「……真剣な表情のとこ悪いけど、なんで言ったんだ?」


「……すいません、私も今絶賛後悔中ですので見ないでくれると助かります」


 自滅したお馬鹿な真理音が傍にいるのはやはり楽しい。

 こういう、自分で言って自分で後悔する姿もついついもっと見たいと思ってしまう。


「真理音」


 意地悪したくなって呼べばぐぐぐっと首を背けて逃げる真理音。見られたくないのなら、離れればいいだけなのにそれは意地でもしないらしい。


 今度は反対側から見ようとしたら瞬時に逆方向に逃げていく。そんな遊びを数分楽しんだ後、冷静になってドリンクを買いに向かった。


 適当にドリンクを購入し斑目の元へと戻る。真理音はまだ引っ付いたままで、ドリンクを持つ手が震える。


「なぁ、真理音。そろそろ、離れてもいいんじゃないか? 店員さんも驚いてただろ?」


「生暖かい目が凄かったですね……優しそうな店員さんでよかったです」


 と言いつつも離れる気配が一向にない。

 ただ、それも僅かな時間だった。斑目の姿を見た真理音は駆けていった。そのまま、斑目の足を触り「大丈夫ですか?」と心配している。

 肝心の斑目はと言うとびくんと身体を反応させてこしょばく感じているようだった。


「んっ……ま、真理音……ちょっと、止めてっ……」


 いつもはキツい言葉ばかりを吐く憎まれ口から出る艶かしい声に不覚にもドキッとした。


「ほ、星宮。こっち、見んじゃないわよ。変な気になるんじゃないわよ!」


「な、ならねーよ。馬鹿なこと言うな!」


「そ、そうですよ、真人くん。真人くんがそんな気になっていいのは……わ、私だけですからねっ!」


「……真理音はちょっと黙ってろ」


 また自爆して等身大からきゅーっと縮こまる真理音。

 そんな姿に胸がキュンとした。

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