第60話 好きになるのに理由はいらない

「大丈夫かよ」


「うう、しくじったわ……完全にやっちゃったわ」


 あれだけはしゃいでいた斑目は途中で足をつったらしく真理音に支えられながら俺の所にまでやって来た。真理音は俺に斑目のことを任せ、飲み物を買ってきますといって行ってしまった。


「真理音みたいにちゃんと準備体操してから入れよ」


「しょうがないでしょ。とっとと入りたかったんだから」


「斑目って案外子どもっぽいよな。普段はしっかりしてるだろ?」


「何よ、悪いの?」


「いや、真理音とどっこいどっこいだと思ってさ。お似合いだよ」


「ふん、そんなこと言われなくても分かってるわよ。真理音の隣は私が一番似合うってね」


 どや顔を作って腰に手を当てる斑目。その表情はさぞかし当然だと言わんばかりだ。


「それより、大丈夫かしら……」


「流石に知らない人についてったりはしないだろ。迷子にはなるかもだけど」


「迷子も心配だけどそうじゃないわよ。今、真理音はひとりでしょ。光に集まる蛾みたいに醜いクソ男共がむらむらと寄ってこないか心配なの」


「確かに。それは、心配だな……」


「あんたがついてってあげればまだ安心出来たってのに」


「睨むなよ。しょうがないだろ。真理音にああ言われたんだから」


 普段、ひとりは寂しいと言い張る真理音も流石に親友のピンチにはひとりで行動できるようで「私はひとりで大丈夫ですから」と耳を疑うようなことを口にした。そこまでの強い覚悟を見せられては頷くしかなかった。


「そうよね……ねぇ、星宮。今日はありがとね」


「なんだよ、急に」


「あんたとのプール、真理音はスッゴク楽しみにしてたのよ」


「別に、ただの用心棒だし。礼なんていらねーよ」


「それでも、嬉しいのよ。あんたに可愛いって思われたいって言いながら露出の多い水着を選んだりしてね。真っ赤になりながら、一生懸命悩んでる姿は思わず鼻血が出そうになったわ。去年まではもっと地味で暗い水着だったのよ? それが、今年はビキニだなんて……ほんと、変わったわ」


 そんな話を聞くと身体が熱くなってしまう。あの水着を選んだのは俺のためで、俺に可愛いって思ってほしかったって……そんなの、意識しない訳ないじゃないか。


「で、この話を聞いてあんたはどう思うのよ?」


「そりゃ、嬉しいよ。嬉しいに決まってる」


「じゃあ、さっさと真理音の気持ちに応えてあげなさいよ」


 ……え、どうして、斑目が知っているんだ? 例え、真理音の好き好きオーラというやつを見ていたとしても告白した、とは思わないはず。


「なに驚いた顔してるのよ? 知ってるわよ。真理音があんたのことを好きなことくらい。誰が今まで相談に乗ってきたと思ってるの」


「じゃあ、真理音がそれを伝えてくれたってことも知ってるのか……?」


 出来ればそうであってほしくなかった。

 だが、斑目は無情にも首を縦に振った。


「当然でしょ。あんたがトイレに逃げてる間に悶えた真理音から言われたわよ。だから、どんな状況なのかも知ってる」


 好きと言われたが返事は先延ばしにしてもらえた。

 これは、真理音の優しさなのだろう。本当は今すぐにでも返事がほしいはずだ。それでも、俺のことを思って自分のことを後回しにしてくれている。

 そんな状況を斑目は知っている。斑目は真理音絶対主義者。そんな、斑目からしたら今の俺は心底呆れる……それこそ、彼女の言うクソ男のひとりだろう。


「まだ、皐月さんのことで恋愛するのが怖いの?」


 斑目は俺と琴夏の件を知っている。いったい、神様はどうしたいのか分からないが例の件を俺達に目撃させた。委員会終わり、一緒に教室に戻ってる時にだ。


「……ああ、俺は怖いって思ってる。真理音は浮気なんてしないって信じられる。でも、もしまたって思うとどうしても怖い」


「まぁ、あんたとはなんだかんだで付き合い長いし幸せそうにしてたのも知ってるから強くは言えないけど……真理音は大丈夫よ。あの子はあんたが大好きなんだから。皐月さんと付き合ってる間もずっとね」


「……なぁ、どうして真理音はそこまで俺を好きでいてくれるんだ?」


「そんなのあんたが真理音にとってそういう人間だったってだけでしょ」


「そういう曖昧なもんじゃなくて理由を知りたいんだよ」


「理由なんてなんでもいいでしょ。人が人を好きになるのに理由なんて必要ないわよ」


「……そういうもんか」


「そういうものよ。だから、時間がかかってでもちゃんと応えてあげなさいよ。逃げるなんてことだけはダメだからね」


「それだけはしねーよ。知ってるからな。告白する方の気持ちがどんなものか」


「なら、今すぐにでも応えてあげなさいよ。あんまり遅いと私が真理音のこと幸せにしちゃうからね!」


「……やっぱり、お前ってそっち系の――」


「どうしてすぐそっちの話にもっていくのよ。同居とかシェアハウスとか色々あるでしょ。友達でもずっと一緒にいる方法が!」


「その方法を考えてる時点で結構だと思うんだが……」


「いいでしょ。大好きな友達とずっと一緒にいたいって思うことの何が悪いの?」


「悪くはねぇよ。そもそも、ずっと気になってたんだけどふたりはどうやって友達になったんだ?」


 すると、斑目はさぞかし嬉しそうな表情になった。


「え、気になる? 気になっちゃう? どうしても気になる、教えてください斑目様って言えば教えてあげるわよ!」


「いや、そこまでじゃないから別にいい。それに、真理音に教えてもらえばいいだけだし」


「私と真理音はね――」


「聞けよ!」


 そのまま、斑目は俺のことを無視して昔話を語りだした。

 真理音と斑目は中学生の三年間、ずっと同じクラスだったらしい。初めは斑目も真理音のことを地味で暗いやつ、と決めつけ関わりはなかったとのこと。


「私もね、こんな性格だから周りから避けられてぼっちだったのよ。全然気にしてなかったけどね」


「あー、なるほどな」


「ちょっと、どうして納得するのよ。まあ、いいわ。それでね、ある日ね、ひとりで掃除してたら真理音が手伝ってくれたのよ。最初は気持ち悪いしお礼なんて言わない、って思ってたの。それにね、どうせ誰かと一緒にいたいためだけに近づいていきたんだって思って無視したの」


「酷いな」


「ほんとよね。昔の私は大馬鹿だわ。でもね、それでも真理音は何かと声をかけてくれたのよ。普段は何も言ってこないくせに、私達がお互いに余ったりする時は必ず声をかけてくれたの」


「……それって、結局、真理音が寂しかっただけなんじゃないか?」


「まあ、そうかもね。でも、私にはそれが嬉しかったのよ。嫌われ者の私にも声をかけてくれる真理音の勇気がね。で、そこからはもう大の仲良しってわけ」


「良い話だな」


 なんとなく、ふたりがあれだけ仲が良い理由が分かった気がした。


「そうでしょ。なのに、ドラマ化の話が全然こないのよ。世の中可笑しいわ!」


「それは、お前の頭だ」


「私が主人公で真理音がヒロインの熱い友情話よ。大人気ね!」


「はいはい……」


「あー、なんか話してたら治ったかも。星宮、私のことはもういいから真理音のことを探してきてあげて」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。だから、早くいってあげて」


 真理音を探しにいこうと席を立つと「あ、そうだ」と斑目が呟いたので立ち止まる。


「真理音が気にしてたわ。ここ最近、あんたの様子が可笑しいって。告白しちゃったからあんたを困らせてるんじゃないかって。だから、今日は楽しんでもらってほしいって」


「そうか」


「真理音とはちゃんと向き合ってほしいわ。でも、あの子が気にするようなことはあんまりしないであげて。難しいってことは分かってるけど……よろしくね」


 それに、ちゃんと返事することが出来なかった。頷くことしか出来なかった。ただ、しっかりしようとは思った。真理音が気にすることのないように、ちゃんと。

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