第62話 付き合おうか

「か、可愛い。可愛いわよ、真理音。頑張って」


 斑目がテンションを上げている理由は人生初タピオカドリンクに真理音が挑んでいるからだ。

 真理音が購入したドリンクは女の子に人気で有名なタピオカ入りのやつだった。

 ただ、苦戦しているのかプラスチック製のコップを両手で掴み、透明なストローを必死に吸ってタピオカを口に含もうとしている。


 その姿は斑目ほどではないがずっと見ていたくなるような愛くるしさだ。


 斑目はキャーキャー騒ぎながら俺のスマホでそんな真理音を連写している。今、俺のスマホのアルバムの中には沢山の真理音がいることだろう。容量が心配だ。


「いい、星宮。この写真、後で必ず送りなさいよ……全部だからね」


「分かったって……しっかし、女の子って写真好きだよな」


「大事な思い出を残しておきたいのよ。あ、もちろん、心のレンズにも残してるわよ? でもね、手元にも残しておきたいのよ。分かる?」


「そんなの知らん」


 斑目の名言みたいなものを適当にあしらうとふと疑問が浮かんだ。


「なぁ、真理音。ちょっと、いいか?」


 ちょうど、タピオカがすぐそこまできていたのに呼んでしまったせいでむなしく底まで落ちてしまった。

 あからさまに落ち込んでいる姿には少し申し訳なくなる。


「わ、悪い……」


「いえ、タピオカよりも真人くんのお話の方が大事ですから。それで、なんですか?」


「この前、ゲームした時の写真……どうした?」


 俺と真理音の仲良し度を知るために撮ったツーショット写真。ただのツーショットならまだしも、あれは真ん中にハートがあり200という数字も写っている。

 誰かに見られでもしたら凄く後悔するやつなのだ。


 すると、真理音は少し間を置いてからそっぽを向くと


「……消しましたよ?」


 と、嘘丸分かりの嘘をついた。


「今の間はなんだ?」


「間、なんてありません。真人くんの気のせいです」


「じゃあ、どうして俺の目を見て言わないんだ? なんだっけ? 確か、人と話す時は目を見てじゃないといけないんだろ?」


「と、時と場合によります。この場合は無理ですのでそっとしておいてください」


「真理音はズルいなぁ」


 少し、皮肉っぽく言うと真理音はやや涙目になってこっちを振り返った。


「ま、真人くんがいじめてきます。九々瑠ちゃん、助けてください」


「任せて、真理音。星宮、それ以上ごちゃごちゃ言うとあんたのスマホ調べるわよ。今、あんたの大切なものは私の手中にあるってこと忘れないでね」


「ひ、卑怯だぞ。返せ!」


「ふん、あんたがごちゃごちゃ言ってるからよ。いいでしょ、真理音が残しておきたいんだったら残しておいても」


 俺のスマホをひらひらとはためかせ、勝ち誇ったような斑目。くっ、こんなことならスマホを置いてきたからって簡単に渡したりしなきゃよかった。


「別に残しとくだけなら……ただ、SNSのアイコンとかにはしないでくれ。恥ずい」


「あ、それは、大丈夫です。ひとりで楽しみたいので。……あ」


「墓穴、掘ったな」


 しまった、という風に焦った真理音は誤魔化すためか下手な口笛を吹き出した。どこにも流通しないなら、真理音が残しておきたいらしいし退こう。

 追及を止めると真理音は安心したように胸を撫で下ろした。


「く、九々瑠ちゃん。プール入りませんか?」


「ごめんね、真理音。またつると嫌だから遠慮するね」


「そうですか……」


「落ち込まなくて大丈夫よ。代わりに星宮がついていくから」


「本当ですか!?」


 急に話を振られ、思わず頷きそうになるのをなんとか堪えて冷静を保つ。


「待て。今日の俺は用心棒だ。プールになんて入らん」


「真理音がプールに入りたいって言ってるの。あんた、用心棒なんでしょ? じゃあ、守る必要があるでしょ」


「いや、だから――」


「汚いって理由はなしよ。洗えば済む話なんだから」


 対応に困る。言い返しても、言い返せないような返答ばかり。


「それに、真理音を見なさい。あんなに目をキラキラ輝かせてるのよ? 叶えてあげようとは思わないの?」


 確かに、真理音の目は宝物を見つけたみたいに輝いている。そんな眼差しを向けられて、他の誰でもない真理音が俺に期待しているのだ。出来ることなら叶えてあげたい。けど。けども!


「ねぇ、どうしてそこまで渋るのよ? 泳げない訳じゃないでしょ?」


 その言葉を聞いて、反射的にびくっと反応してしまった。それを見て、斑目は何かを察したようにいやらしい笑みを浮かべた。


「ははーん。星宮、あんた泳げないのね?」


「そ、そそそんな訳あるはずないだろ?」


「確かに、目だけは立派に泳げるみたいね」


「ぐっ。そ、そうだよ。俺は泳げねーよ。だから、プールに来たくなかったんだよ!」


 やけになった俺は自白した。本当は、プールが汚いとかどうでもいい。洗えば済む、斑目の言う通りだ。ただ、泳げないことを知られたくなかった。だから、嘘をついた。


「あんたってほんと変人よね」


「うるせー。男のプライドってもんがあるんだよ」


「男のプライド……星宮が?」


 すると、大爆笑された。涙が出る程笑われ、馬鹿にされた。屈辱だ。本気で腹が立つ。

 真理音は両手に顔を埋めて小さく震えている。


「真理音……笑うなら斑目みたいに盛大に笑ってくれ。小さく笑われる方が傷つく」


「ち、違います……泳げないことを隠そうとして必死に嘘をついていたんだと思うと可愛くて」


 真理音の理由が一番恥ずかしかった。男のプライドとか言って後悔していることよりもよっぽど穴があったら入りたくなった。


「あー、笑った笑った。こんなに笑ったの久しぶりだわ。あんがと」


「……お前、マジで性格悪いな」


「ふふ、痛くも痒くもないわ。さ、男のプライドがある星宮くん。そのちっぽけなプライドで真理音を楽しませてあげなさい。あ、私でも底に足がつくから安心していいわよ?」


「うぐぐぐ……わーったよ。真理音、行こう」


「は、はい」


「楽しんできてねー」


 プールに入れば全身が冷たい水に包まれ、今日みたいな暑い日にはとても気持ちがよかった。

 足もつくし、そもそも市民プールなんかで本気で泳ぐ必要ない。こうやって歩けばいいだけ。


「冷たくて気持ちいいですね」


「だな」


 突然立ち止まった真理音がすっと手を差し出してくる。真っ直ぐに俺を見上げて、少し頬を赤らめながら。


「真人くんが溺れるといけないので……その、よかったら手を繋ぎませんか?」


 そんなことを言って真理音が繋ぎたいだけなのはすぐに分かった。だから、俺も真理音の手をとった。


「真理音が溺れないようにしないとだからな……」


 そっぽを向きながら答えると真理音はクスクスと嬉しそうに笑う。


「私はずっと真人くんに溺れっぱなしですよ」


 手を繋ぐ力が強まり、ふわりと真理音が寄り添ってくる。肩と肩が触れ合いながら俯いている。かと思いきや、見上げて目が合えば優しく微笑んでくる。


「なぁ、真理音。俺達、付き合おうか」


 そんな姿を見ていたら口が勝手に先走っていた。

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