第78話 強がりは寂しがりを笑顔にしたい

 真理音の昔話を聞いてから三日が経った。

 父親にぶたれたことがよほどのショックだったようで未だに元気がなかった。それにも関わらず、真理音は毎日家に来てご飯を作ってくれた。


 強がって無理に笑う姿は痛々しく、見る度に胸が苦しくなる。


 俺は真理音に何をしてあげられるんだろう。寂しくならないように一緒にいるだけじゃ意味がない。

 一緒にいることは俺でなくても出来る。

 斑目だと女の子同士だから、それこそ文字通り四六時中一緒にいることが可能だ。風呂も寝る時も斑目なら真理音といられる。


 だが、俺にはそれはまだ出来ない。

 だからこそ、今の俺にしか真理音にしてやれないことはなんだろうか。



「わっぷ……ま、真人くん?」


 翌日、朝から真理音の家の前で出てくるのを待っていた。まるで、一年前の彼女に戻ったように俯いていて俺の存在に気づくことなくぶつかった。


 額を擦りながら、目を見開いたままきょとんとする真理音。

 そんな彼女の目を真っ直ぐに見つめ口を開く。


「これから、デートしてくれないか?」


「でえと……?」


 一晩中考えた結果、思いついたのは結局その程度の誰もが考えることが出来る内容だった。


「真理音と行きたい場所があるんだ。ダメかな?」


「い、良いですけど……準備に時間がかかってしまうかもしれませんよ?」


「大丈夫。待ってるから。むしろ、遅くなれば遅くなるほどいいんだ」


 その言葉に首を傾げた真理音だったが詳しくは言わなかった。


「では、着替えてきます」


 元気がなくてもちゃんとおしゃれはしたい気持ちがあるようで意地らしい姿に思わず微笑みそうになる。


「……あの、中で待ちますか?」


「いや、ここで待ってる。見られたくないこととかもあるだろうから」


「分かりました。なるべく早く済ませます」


「ゆっくりでいいよ」


 そう言うと真理音は小さな笑みを残して家の中へと入っていった。


 三十分ほど時間が経ち、可愛さが増した真理音が出てきた。相変わらず服装のセンスが良い。


「よく似合ってる」


「ありがとうございます……」


「じゃ」


 真理音のよりいっそう小さく見える手をとると彼女は驚いたように見上げてきた。


「ど、どうしたんですか?」


「今日はデートだからな。嫌なら止める」


「嫌ではないですけど……いつもより大胆というか」


 そう口にしながらもしっかりと手に力を入れてくる。離さないでください、と手が勝手に言っているのだろうと決めつけた。


 そのまま、駅に向かい電車に乗り込んだ。


 ドアの近くに立っているとこの前自分がしでかしたことを思い出す。泣いている真理音を見られたくないからとあれは我ながら大胆な行動だった。

 と、あの時のことを鮮明に思い出すと頬が熱い。


 真理音も同じことを思っているのだろうか。白い頬が前回とは違うことで紅潮していた。


「きょ、今日はどこに行くんですか?」


 無言の空気を変えるため、明るく振る舞う真理音。

 俺はなるべくいつもの調子で答えた。


「どこだと思う?」


「分からないから聞いてるんですよ」


 むっ、と頬を膨らませた彼女が見上げるように拗ねた口調で口にする。


「内緒。お楽しみは先の方がいいだろ」


 ニヤッとしながら答えると真理音はますます頬を膨らませ一歩詰め寄ってきた。


「もう、真人くんの意地悪――」


 いつものように意地悪と口にしたその時、電車が大きく揺れて前のめりに倒れそうになる。

 そんな彼女を抱きしめるような形で咄嗟に受け止めた。


 つい、この間と同じ状況。

 だが、あの時と心の中の状況は同じではなかった。あの時は真理音を誰にも見せたくない思いが強かったからどうにかなっただけ。今は違う。真理音が近くにいて、抱きしめているように腕を背中に回している。


 こんなのただのハグしてるみたいじゃないか。


「だ、大丈夫だったか?」


「……は、はい」


 しかし、いくら待っても真理音が離れる気配がない。額を胸に預けたまま、赤く染まった顔を隠すように俯いている。


「……このままでいいですか?」


「……いいよ」


 それを最後に俺達は無言になった。

 真理音を支えようという気持ちとほんの僅かに芽生えた羞恥心が体内を駆け巡りながら早く着いてくれと切に願った。



「真人くん、ここ……」


「そう。誰もが分かる動物園。今日はここに来たかったんだ。真理音と一緒に」


 電車を降りて、暫く歩いた後、目に飛び込んできたのは色々な動物が描かれている大きな看板だった。


 俺に出来るのは精々真理音と楽しんで少しでも元気になれるよう行動することくらい。なら、それを実行するに他はない。


「真理音は動物園、来たことあるか?」


「小さい頃に何度か……お母さんが亡くなってからは一度もないです」


 真理音は俺の方を向きもせず、心を奪われたみたいに看板を見上げている。


「ま、真人くん。早く入りましょう!」


 走り出す真理音に手を引かれる。

 興奮気味に見せた表情から多少は元気になってくれたことが読み取れた。


 でも、まだ足りない。もっと。もっともっともっとだ。

 俺が真理音のことを笑顔にしてみせる。

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