第167話 お祝いしたい寂しがり 後

 スーパーに着き、真理音が必要とするものを購入し終えた。

 もう帰るのかな、と荷物を抱えながら思っていると。


「少しだけ寄り道してもいいですか? 他にも買いたいものがありまして」


 ――あ、それは、私が持ちますのでこれ以上真人くんに負担は抱えさせません。と、付け加えられる。

 別に、気にしなくてもいいんだけどな。荷物持ちくらい、喜んでやるのに。


「分かった。でも、気なんて遣わなくていいからな」


「いえ、気を遣ったと言いますか……崩れると困りますので」


 真理音が何を買いたいのか分からないまま黙ってついていくこと数分、言っている意味に気付いた。


「確かに、崩れると嫌だな」


「はい。ごちゃごちゃになられても困りますので」


 真理音が追加で買いたいものとはケーキだったらしい。


「真人くんは何がいいですか?」


「ショートケーキかな」


「分かりました。では、ここで少し待っていてください」


 荷物を両手に抱えたまま店内に入るのは邪魔になって迷惑だろう、とお願いされた通りのまま、店先に立てられてある看板近くで足を止める。


 しかし、どうしていきなりケーキなんて。


 嬉しそうに店員さんと話している真理音を見ながら疑問が浮かぶ。

 その疑問に対しての答えは一つだけ思い当たるものがあるものの、真理音が知るはずもないだろうと決めつけた。


 ただただ、ケーキが食べたくなった。新年度の記念に、といったところかな。


 真理音を食いしん坊にして待つこと数分。

 買いたいものが買えた、といった様子でホクホク顔の食いしん坊が出てくる。


「お待たせしました。帰りましょう」


 大事そうに小箱を抱える真理音を横にして帰路についた。



 購入した物の中に俺の家に置かれる物はない。

 ということで自然と真理音の家に寄ることになる。


 真理音の後に続いて中に入り、玄関で購入した物を手渡していく。いくら、付き合っているからと言っても俺は真理音がどこに収納しているかを把握していない。女の子には知られたくないこともあるかもしれないし、一緒に住んでいない限りは知ろうとも思わない。

 まあ、真理音はその辺り、よく知ってくれているから家を出る前みたいなやり取りが出きるんだけど。俺は知られて困るものなどないし、助かってるから実にありがたい。


「お手伝いありがとうございました」


「ううん、恩返しとでも思ってくれたら。それで、どうする? 俺の家に帰るかここでゆっくりしていくか」


「折角ですし、少し上がっていってください」


 お部屋にどうぞ、と言われたので中に入れてもらう。閉められていた扉を開けて、思わず佇んでしまった。


「真理音、これ……」


 その瞬間、隣から銃声のような音が聞こえた。少しばかりの焦げ臭さと共に五色程の紐が宙を舞う。


「真人くん。お誕生日、おめでとうございます!」


 暫く、ちゃんとした反応が出来なかった。

 ありがとう、と正面に立って笑顔を浮かべている真理音に伝えたいのに俺は死んだように動けなかった。


「あ、あれ……真人くん?」


「えっ……あ、ああ。どうした?」


 手を振られ、ようやく我に戻ってくることが出来た。


「て、てっきり、音に驚いて心臓が止まっちゃったのかと……うん、ちゃんと動いてる。良かったです」


 耳を胸に当てながら、安心したように呟かれる。

 音にはびびってないっての、と言って引き離したかったが多分、加速している鼓動を聞かれているので意味がないだろうとやめた。


「いや、色々と驚いているから……これ、どうしたんだ?」


 真理音の部屋には折り紙で作られた輪っかや誕生日おめでとう、と書かれた紙などが貼られていて、この前見た時よりも随分と様変わりしている。


「どうしたもなにも……用意したに決まってるじゃないですか」


「だよな……そうだよな。でも、なんで?」


 俺は今日が誕生日だということを言っていない。


「お母様に教えてもらいました。真人くん、教えてくれる気配がありませんでしたし」


「大学生にもなって誕生日教えるとか恥ずかしいだろ」


「恥ずかしくないです。お誕生日は年に一度しかない大切な日、なんですから。お祝いしたいじゃないですか」


「……そうだな。今まで、こういったことされたことないからどう反応すればいいのか分からないんだ」


 家族から祝われた時もこんな物語の中でしかないであろう部屋の準備とかされたことがない。


「真人くんが感じていることを口にすればいいんですよ?」


「じゃあ……ありがとう、真理音。すっごく嬉しい……!」


 二十一にもなって子供っぽい誕生日に何を感動してるんだ、と誰に言われようが俺にはとても嬉しいことだ。写真に撮って残しておきたいほどに。



「準備、大変だったんじゃないか?」


「昔、お母さんと毎年一緒に作っていたのでその時の習慣で大変ではなかったですよ」


「そっか。楽しそうだな」


「はい、とっても楽しかったです。お母さんとお父さんにしかお祝いしてもらえなくても充実でした」


「俺、家族以外に祝われたの真理音が初めてだよ。春休みだし、言っても周りは誰も信じなかったからさ」


「今日は嘘をついてもいい日、ですもんね」


「そう。せっかちだよな。後一日、出てくるのが遅かったら信じてもらえたのに」


「私は真人くんが今日生まれてくれて嬉しくてしょうがないですよ。だって、後一日遅かったら出会えてなかったんですから」


 寂しそうに袖をつままれ、考えを改めさせられる。


「……確かにな。そう考えたら今日でよかった」


 真理音に出会えてなかった、なんてもしものことは考えたくない。今まで、誰からもこういった祝いをされていなかったとしても、こうやって真理音が祝ってくれただけで帳消しだ。


「真人くんにプレゼントがあるんです。ちょっと待っててくださいね」


 普段、持ち歩くカバンの中から小袋が取り出され手渡された。

 開けていい、の確認のために目を見ると微笑んでいる。


 こういうの初めてなんだよな。サンタクロースから貰ったプレゼントの包装も雑に開けてたし。


 そんなことを考えながら開けて、中の物を手に乗せた。


「キーケースか」


「実用性があるかなと思いまして。真人くんも色鉛筆くれましたしどうせならって。それに、私とお揃いなんですよ」


 嬉しそうに見せられる色違いのキーケースはまだ新品のようで、一緒に買ってきたんだなということが分かる。


「ありがとう。早速、使ってもいい?」


「はい。私も今日からこれにします。一緒のタイミングで使おうとずっと待ってたんですよ」


 俺が主役であるにも関わらず、嬉しそうにされるとこちらまでお祝いしている気分になる。


 今、使っているキーケースから家と実家の鍵を取り外し、真理音がくれた方に付け替える。真理音も同じようにして、二人で見せ合った。

 俺の方には鍵が二本、真理音の方には鍵が三本ついている。


「大事にするな」


「まだ、終わりじゃないんです。もう一つ、プレゼントと言いますか……真人くんに貰ってほしいものがあるんです」


 そうやって差し出されたのは何度も目にしているようで確実に違う鍵だった。


「この家の合鍵です。受け取ってください」


 緊張しているのだろう。手が震えている。

 俺だって、そうだった。

 あの時、同じような強ばった表情をしていたのかもしれないな。


「うん、もちろん」


 優しく受け取ると真理音は安心したような柔らかい笑みを浮かべた。

 空いていた所に合鍵を付ける。


「これで、お揃いだな」


 二つのキーケースには鍵が三本と空きが一ヶ所ずつある。


「……真人くん、気付いてくれてますか?」


「大丈夫。ちゃんと気付いてるよ。だから、正直言うと先越されたなって戸惑ってる」


「先?」


 どうやら真理音には伝わっていないようである。

 でも、その方が助かるからそれでいい。

 後、数日……気付かないでいてほしい。


 首を可愛らしく傾げている真理音を見て笑うと笑い返された。


「それでは、お誕生日パーティー始めましょうか。今日は真人くんの好きなもの、沢山用意していますよ!」


「ありがとう。お願いします」


 その後、真理音主催の真人くんお誕生日会が開催された。

 参加メンバーはふたりだけ。


 けど、真理音となら他のどんな時間よりも楽しくて温かくて幸せだと感じる……そんな時間だった。

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