第127話 男のトナカイコスも少しは需要がある

 バイトを切り上げ、頼まれたものを無事購入して家へ向かう。余計な荷物が一つ増えたことだけが気がかりだがそこには触れてくれるなよ、と願いながら玄関を開けた。


「ただいま」


「おかえりなさい、真人くん」


 帰りを待っててくれる人がいるってのはやっぱり良い。しかも、それが好きな人なのだからなおさら嬉しくなる。疲れが吹き飛ぶったらありゃしない。


「はい、これ。チキンとケーキ」


「ありがとうございます。大丈夫でしたか?」


「チキンの方は並んだけど、店前に置かれてるおじいさんに寒空の下ご苦労様って思ってたらすぐだった」


「ふふ。なんですか、それ」


 真理音が笑ってくれるだけで心と家の中が温かくなる。


「ケーキの方は予約してたし並ばなかったよ」


「予約して正解でしたね。じゃあ、手を洗って身体を温めてあげてください。もう少しでシチューも出来ますから」


「分かった。斑目は?」


「九々瑠ちゃんなら――」


 真理音の視線を追いかける。

 その先にはコタツで丸まりながら、テレビを見て笑っている斑目がいた。肩には、私が主役、と書かれている紙がかけられている。

 そんな彼女は俺に気付くといかにも自分の家みたいな感じで片手をあげた。


「あー、おかえりー」


「……ちょっとは真理音を手伝う気とかないのか?」


「あるけど、真理音のご飯に私が余計な邪魔しても迷惑でしょ。だから、大人しく待ってるのよ」


 流石は主役だ。動かない最低な理由でも正当なことを言ってるように聞こえる。


「九々瑠ちゃんは今日の主役ですから。私に任せてください」


「あーん、真理音大好きー」


 母親と娘か。いや、俺と真理音も似たような感じか。


 まあいいや。余計なものに気付かれない内に洗面所にいって隠してしまおう。

 忍び足で動くと目ざとい主役の目がきらーんと獲物を見つけたみたいに光った……気がした。


「星宮、何よそれ」


「……何のことだ?」


「だから、床に置いてる袋の中に入ってる茶色い塊よ」


「……見間違いじゃないか?」


「そんなことあるわけないでしょ。真理音、星宮を捕まえて」


「はい」


 逃げる前に真理音から抱きしめられる。

 きっと、こんなにも身体を張る警察官がいれば犯人はすぐに逃亡を諦めることだろう。

 ……いや、単に真理音が抱きつきたいだけなのかもしれない。すごく嬉しそうだ。


 泣く泣く動けなくされている間に主役が袋の中を取り出して広げる。そうして、現れたのは洗濯してから返そうと持って帰ってきたトナカイの着ぐるみだ。


「星宮くーん、これは何かしら? ていうか、いつまでそうしてるのよ」


「真理音が離れないからな……俺のせいじゃない。んで、それには触れるな」


「ふーん」


 主役の目が一際輝いた気がした。


「ねえ、真理音。星宮のトナカイ姿見たくない?」


「真人くんのトナカイさんですか?」


 ぴょこっと顔を上げた真理音。目が斑目とは違う意味で輝いている。


「うん。でも、姿、をつけようね。星宮のトナカイなんて私見たくないからね」


 そこに関しては……って、うっさいわ。俺だって見せたくねーよ。まあ、真理音に言うだけ無駄だ。ほら、きょとんとして分かってない。


「さ、星宮。着なさい。着て、四つん這いになりなさい」


「お前、ふざけんなよ。ここは、怪しいお店じゃないんだぞ」


「はあ? トナカイは四つん這いになってソリを引くでしょうが」


「それで、お前は俺の尻叩いてうはうはってか。恥を知れ」


 俺にそんな特殊性癖なんてない。


「いや、普通に四つん這いになってる姿を爆笑しようと思っただけだけど? あんた、随分とヤバいわね。真理音が心配だわ」


「う、うるせー!」


 お、俺には本当に特殊性癖なんて……特殊性癖なんてないんだ!


「お、落ち着きましょう、ふたりとも」


 真理音の救済により一旦、息を整える。まあ、この場で冷静じゃないのは俺だけだったけど。


「では、真人くん。着てください」


「え?」


 真理音の目から真人くんのトナカイ姿を見たいです、という無言の圧力が襲ってくる。


「しゃ、写真でご勘弁を」


「無理です。生がいいです。九々瑠ちゃん、お願いします」


「任せて。着なさい、星宮」


「え、いや……」


「しゅ・や・く・め・い・れ・い」


 どうやら、着る以外の選択肢はないらしい。悪魔のようなふたりを前にして俺は弱々しく返事して着ぐるみに身を通した。


 くそ。どうして一日に二度もトナカイにならないといけないんだ……。


 四つん這いだけは許してもらい直立する。

 斑目は目から涙が出るほど大爆笑だ。店長もだけど酷くない? させたんだから笑うなよ。腹抱えて笑うなよ。

 真理音は無言でスマホのシャッターを切り続けている。さっきから、パシャパシャという音が途切れなくて、俺の醜態が何枚も保存されている。


「はー、似合わなさすぎ。ま、笑えたからいいけどね」


「そいですかそいですか。もうなんでもいいですよ」


「てか、男のトナカイ姿なんて誰が得するのよ」


「ほんとにな。店長に言ってくれ」


「店長さん、ありがとうございます!」


「ひとりだけいたわ」

「ひとりだけいたわね」


 真理音って、絶対俺に甘い気がする。

 その後、斑目の提案で真理音とのツーショット写真を撮られた。新しき黒歴史の誕生だけど……まあ、真理音が喜んでるしいいだろう。今日はイブなのだから。俺からの一個目のプレゼントってことで。

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